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滋賀でモデル事業 取り組み3年 若年認知症ケアの現状

藤本クリニック 藤本直規さん、奥村典子さん 寄稿

400人を超える聴衆が集まった全国若年認知症フォーラムin滋賀=1月25日
400人を超える聴衆が集まった全国若年認知症フォーラムin滋賀=1月25日

 「若年認知症は認知症全体の課題を明らかにしている」。このように考えて若年認知症のケアモデル事業に先進的に取り組んできた滋賀県の藤本クリニックの藤本直規さん、奥村典子さんに、この3年間の取り組みが行われるに至った経緯と事業の中身について寄稿してもらった。その報告は制度や役割の壁を越え、認知症の人・介護家族を中心にして、様々な支援者や地域の人たちがつながることの重要性を強く示す結果となっている。

もの忘れクリニックの活動の背景にあるもの〜大切なことはいつも本人たちが決める

 1999年に開設したもの忘れクリニックでは、15年間にわたり、診断と薬物治療だけでなく、認知症の人や家族の声を真正面から聞き取ることによって、彼らの望む活動の場や新たな支援方法を模索してきた。具体的には、99年には診断後に仲間とともに過ごす居場所がなかった滋賀県内外十数人の50〜60歳の若年認知症の人のために、毎週水曜日に若年認知症精神科デイケアを開設した。一方、介護保険の認知症専用デイサービス(DS)では、試行錯誤の後、当事者たちが活動内容をその日の朝に決めるという方式に変えていった。大切なことはいつも本人たちが決めるというこれらの取り組みは、認知症のことを本人と真正面から話し合わなければならないことと、認知症の人のその時々の気持ちと変化していく認知機能に配慮しながら関わりの仕方を変えるという2点で、ケアスタッフと認知症専門医の筆者に、その後の支援の方向性を教えてくれるものであった。

ふじもと・なおき 1952年生まれ。90年に滋賀県守山市の県立病院に一般病院日本初のもの忘れ外来、99年から同市に「もの忘れクリニック」を開設。認知症早期診断・治療、家族支援、多職種地域連携の会、行政への支援など行っている。著書に「認知症の医療とケア」クリエイツかもがわ(2008)など多数。
ふじもと・なおき 1952年生まれ。90年に滋賀県守山市の県立病院に一般病院日本初のもの忘れ外来、99年から同市に「もの忘れクリニック」を開設。認知症早期診断・治療、家族支援、多職種地域連携の会、行政への支援など行っている。著書に「認知症の医療とケア」クリエイツかもがわ(2008)など多数。


おくむら・のりこ 藤本クリニックの認知症専門DSセンター所長として認知症専用DS、若年・軽度認知症社会参加型DS「もの忘れカフェ」、「仕事の場」、もの忘れサポートセンターしがの運営に携わる。著書に「若年認知症の人の“仕事の場づくり”Q & A『支援の空白期間』に挑む』」(共著)クリエイツかもがわ(2014)など多数。
おくむら・のりこ 藤本クリニックの認知症専門DSセンター所長として認知症専用DS、若年・軽度認知症社会参加型DS「もの忘れカフェ」、「仕事の場」、もの忘れサポートセンターしがの運営に携わる。著書に「若年認知症の人の“仕事の場づくり”Q & A『支援の空白期間』に挑む』」(共著)クリエイツかもがわ(2014)など多数。

 2004年には、受診者が軽度化したため、DSの参加を誘っても「できなくなったことをなんとかしたい」「誰かの役に立ちたい」などと話す若年・軽度の認知症者に応えて、自主活動をさらに徹底したDS「もの忘れカフェ」を始めたところ、ケアの工夫で年齢や重症度に関わらず、同じ場所で活動することができた。ところで、受診がさらに早期化して、若年認知症者が就労しながら受診するケースが増えてくると、退職後、「自分のしたことが仕事として評価され、少しでも対価をもらいながら何か社会の役に立ちたい」と、収益はわずかであっても働くことがかなう場所を希望された。そこで、退職したばかりの3人の若年認知症の人を対象に、内職仕事を探して、週1回半日を、内職を請け負う「仕事の場」として提供し始めた。

 その後、若年認知症の参加者は徐々に増え、若者サポートステーションなどと連携し、精神障害の人、社会とつながりを持ちにくい若者、高齢軽度認知症者、現役の介護者、医師などの参加で、15年3月末現在、総勢二十数人が毎週参加している。

 「仕事の場」は、働くことで少しでも社会とのつながりをもち、最終的に介護保険へスムーズに移行できることを目指したが、もう一つの大切な目的は、ごく軽度の認知症の人が、できなくなったことをケアの工夫でできることへと変えることであった。

 これらの活動を、滋賀県内へ広げるためのモデル事業へと後押してくれたのは、04年から行ってきた多職種地域連携の活動である「滋賀認知症ケアネットワークの会」と各保健所圏域で立ち上がった「地域版認知症ケアネットワークの会」、また、考え方の共有化を目指して新たに立ち上げた「認知症の医療と福祉の連携IN守山野洲」に参加した多くのかかりつけ医が、様々な認知症支援施策に積極的にかかわり始めたからである。

 若年認知症ケアモデル事業は、図1のように、五つの事業で構成されており、事業の始まりの時に、全体の仕組みを支える「ネットワーク会議事業」で事業の方向性を決めた

図1
図1

 ここで、若年認知症地域ケアモデル事業の3カ年のまとめとして、五つの事業を通じて確認できた3つの視点から全体を考察したい。

Ⅰ 本人・家族を中心にして、関係者それぞれが支援の枠組みを超えて参加する場を 〜支えること、支えられることの垣根をなくす

若年認知症の人への支援を考えるとき、若年認知症特有の課題も多い一方で、支援の対象者を、若年認知症の人だけでなく、高齢の軽度認知症の人、障害を持つ人や、社会とつながりが持ちにくい若者、それらの介護家族など、数多い制度からこぼれ落ちてしまう人、すなわち、制度の挟間にある人にも広げていくと、お互いが相互補完的に支え合う場となった。そして、それらの人たちへの支援には、医療機関や介護サービス事業者だけでなく、ときには介護家族同士が、さらに企業が、行政が、ボランティアの人たちが、そして、高齢者や認知症者への支援者だけでなく、障害関係の支援者、産業関係の担当者などが参加することで、関係者それぞれが支援の枠組みを越えて支えあう場となった。

若年認知症の診断後、介護サービス利用に至るまでの空白の期間をなくすために、当事者・関係者という分け方、支える・支えられるという垣根をなくして、それぞれが若年認知症の人および家族への支援の主体者として参加する場こそが、この事業が目指した「仕事の場」とそれを側面的に支える家族支援、実践報告、研修会、ネットワークなどの取り組みなのである。「仕事の場」が県内3か所と県外2か所のブランチが出来たことは、各保健所圏域に出来たかかりつけ医を中心に行政・介護事業所の参加した多職種連携のネットワークの力が大きい。また、認知症支援者だけでなく、他の障害支援者、企業なども含めた関係者の工夫次第で「どの地域でも出来る」ことを明らかにできた。

Ⅱ 企業とのつながりを強固なものに 〜職場での就労継続と退職後の就労支援を

五つの事業それぞれにおいて、企業との関わり・つながりは欠かせないものであった。「仕事の場」にとって、仕事の発注者である企業との関係は第一に考えるべき課題であり、研修会事業では、企業研修に多くの検討と工夫を重ねた。また、支援ネットワーク事業では、関連する基礎資料として、県下企業に対するアンケートを実施した。

企業が若年認知症に対して理解を深めることは職場での就労継続にとって重要な働きかけになることは間違いなく、一方で、退職の先に利用することになる医療・介護サービス側が企業の側の事情を共有することも必要である。

仕事の場の継続発展、さらには拠点拡大に向けて、3カ年の下地作りへの積み重ねとして、企業や職場に向けての研修を継続的に実施しなければならない。そのためには、若年認知症の人および家族の立場のみならず、企業や職場の目線に立てる研修講師・人材の育成が不可欠である。もっとも、医療、福祉の現場にあっても若年認知症に関わった経験は必ずしも多くはなく、企業への啓発研修の講師として当面は認知症サポート医に担ってもらいつつ、若年認知症の人と企業それぞれが当事者として参加できる体制作り、すなわち、それぞれがメリットのある支援を目指して(同じ目標を持って)、つながりを強固なものにしていきたい。

Ⅲ 認知症ケアのレベルアップ 〜横への広がりから上への積み上げへ

ケアの現場においても、認知症ケアの重要性への理解が急速に進んできたが、これまでは、若年認知症の人へのケアの難しさばかりが強調されて、ケアの受け皿が広がってこなかった。しかし、仕事の場で、若年者と高齢者が同じ場で活動をともにしている姿からは、高齢認知症ケアと若年認知症ケアは、対象者に違いこそあれ、本来的に異なるところはないことがわかる。だからこそ、若年認知症へのケアだけでなく、高齢者へのケアも含めた、認知症ケアそのものの底上げが急務と考える。

 具体的には、今ある各地の(認知症高齢者を対象とした)デイサービスを若年認知症の人たちが利用できるようになれば、その受け入れ先は飛躍的に増えるのである。若年認知症の人へのケアを困難にしているのは発症年齢による違いが原因ではなく、認知症ケアの全体の質の問題ともいえるのである。

そのため、この事業において、質的また量的な発展を遂げた「仕事の場」におけるケアの取り組みを、若年認知症の人および家族への支援の専門職に対して、若年認知症だけでなく、高齢者も含めた軽度認知症の現場研修という形で継続的に実施していく予定としている。

 ※「(平成24年度〜26年度)滋賀県若年認知症地域ケアモデル事業報告書」(平成27年3月、医療法人 藤本クリニック<認知症疾患医療センター 診療所型>もの忘れサポートセンターしが/滋賀県若年認知症コールセンター)から、一部引用

2015年4月