若年性認知症に就労支援の場 滋賀のNPOを訪ねて

「仕事の場」が入るJR守山駅前の藤本クリニック=滋賀県守山市

 若年性認知症や軽度認知障害(MCI)の人たちが、介護保険のサービスを受けるまでの空白期間に働き続けられるよう就労支援している滋賀県守山市のNPO法人の活動拠点「仕事の場」を見学した。行く前は、のんびりした作業を想像していたが、実際には「納期を守り、完成度を高める」という仕事としての強い自覚に驚き、「競争ではなく、仕事を分担する場」という考え方にも納得がいった。仕事の質にはトコトンこだわるものの、今のあなたを歓迎しますとでもいうような優しさに包まれていたからだ。こんな場が各地に広がっていけば、認知症の人や家族はもちろん、多くの人が暮らしやすい社会になるのではないだろうか。

働く自覚 優しい雰囲気

 訪問したのは6月初めの水曜日。「仕事の場」を運営するNPO法人「もの忘れカフェの仲間たち」の奥村典子デイサービスセンター所長による事前レクチャーを受けた後、正午からの作業に備えた。昼食をとって運営母体の藤本クリニックに併設されているデイサービスの作業室に戻ると、室内は若年性認知症や軽度認知障害のお年寄り、精神障害の人、家族やボランティアスタッフなど総勢40人ほどに膨れ上がっていた。それだけですごい熱気だ。だが、驚くのはもっと後だった。

1ミリの誤差も許されない細やかな注意が求められる

 午前中、レクチャーを受けた同じ席が空いていたので、周りの人に会釈しながら座ると、ちょうど、この日の作業に使うペット玩具のプラスチック部品と自動車の内装用マジックテープが配られ始めた。

 細い棒状のプラスチック部品と、お年寄りが薬の飲み忘れをしないよう考案された、中に間仕切りのある整理ケースに似たものが私の前にも置かれた。

 カットした細い棒を数え間違いしないよう10本ずつ揃えていく作業だと、隣の人が親切に教えてくれた。見学するより、実際に触った方がおもしろそうなので、隣の人と同じように始めた。そのうち、材料の補充や出来上がった分を受け取っていくスタッフの方が、私にあるネームプレートを手渡してくれたのである。

 そこで、私は別の作業参加者と間違えられていることに気付いた。その名前の方もまだ参加して日が浅いのだろう。そういえばみなさん私に親切だった……。

 スタッフの方は人違いを一所懸命謝ろうとするのだが、私は誰が認知症で、どの人が家族やスタッフなのか分からない渾然一体となったこの場の雰囲気に感心したのである。「ここは居心地がいい」と。

「納期を守り、完成度を高める」
「競争ではなく、仕事を分担する場」

紙と鉛筆という異なる形の袋詰め作業は、リレー形式で行う=滋賀県守山市のNPO法人の活動拠点「仕事の場」で

 「仕事の場」は午後4時近くまでの間に何度もお茶の休憩時間が入る。仕事は集中し、程よく休む、を繰り返す。今度は席を変えマジックテープ班に加わった。仕上がりをチェックし台紙に貼り直して数を数える作業だ。ここでも隣りの人が上手に台紙に張るコツを教えてくれた。「10本貼る場合、上から順に5本貼ったら6本目は一番下に貼ると途中の間隔を調整しやすい」。なるほど。私が差し出した台紙を見て、全部貼り直すものもあった。とほほ。

 真面目な人で、一度も手を休めなかったが、あとで認知症の患者と聞いた。

 皆さんの作業を私が邪魔しているのではと気にしつつ、全体を眺めると、まるで「人力オートメーション」とでも呼ぶような雰囲気。スタッフが的確に仕上がった半製品を運びだし、次の材料をまた運び込む。あるいは材料の山を適当に融通し合い、目の前に材料が無くてただ見ているだけというような作業時間のロスが発生しないように配慮する人。この人的配置も見事だった。

 作業中は無駄口をたたかないが、休憩時間には話に花が咲く。

 こんなこともあった。スタッフのある説明に、参加者の一人が「そんな難しいことを認知症の俺に言われても」と混ぜっ返し、大爆笑。本人が認知症を自覚しつつも明るく振舞い、周囲もそれを認めている。当日の段取りはもちろん、ここまで持って来られたスタッフの数々の苦労には頭が下がる。

 協力する企業の理解も大きい。当初は仕上がりにバラつきも見られたが、「作業をする人がどういう人たちかということは関係ありません。納期を守っていただけるか、仕上がりがきちっとしているかどうかだけです」という企業側の反応をスタッフが患者らに伝えると、つい最近まで現役だった若年性認知症の人たちは「仕事なんだから当然」と話し、要求に応える努力を見せたという。

大切なことは本人が決める

 全ての作業が終わった後、奥村さんからうかがった「仕事の場」の“卒業生”の話が強く印象に残った。若年性認知症で「仕事の場」に通っていたその男性は、認知症が進んだため「仕事の場」で作業を続けることができなくなり、同じビル内にあるデイサービスに通うことになった。ところが本人は次の水曜日に「仕事の場」にやって来て、「なぜ自分はデイに行かなければいけないのかもう一度説明してほしい」と訴えた。そこでスタッフが本人が納得するまで時間をかけて説明し、最後は分かってもらえたという。そんなやり取りを見た「仕事の場」の参加者が、「彼は仲間だから一緒にいてもいい」と答えたという話も泣かせるエピソードだ。

 同クリニックやNPO法人「もの忘れカフェの仲間たち」では、「仕事の場」がデイサービスにつながるまでの移行期間という位置付けがしっかりしている。だからこそ、交わされた極めて大事なやりとりということだろう。また、大切なことはいつも本人たちが決めるという、デイサービス発足以来の伝統が、ここでも生かされている。

 医療や介護の連携にとどまらず、家族や企業、行政を巻き込んだ「仕事の場」の試みは、認知症ケアだけでなく社会のあり方をも変えることになるかもしれない。(紀平重成)

2011年開設「仕事の場」
20人超が通所

 「仕事の場」は65歳未満で発症する若年性認知症の人の「自分のしたことが仕事として評価され、少しでも対価をもらいながら何か社会の役に立ちたい」という思いに応えようと2011年に同クリニック内に開設された。

 運営はクリニックを母体とするNPO法人「もの忘れカフェの仲間たち」。週1回、2社(当時)から受注した仕事を3人の若年性認知症患者が始めた。その後、対象を軽度の認知症の方や精神障害の人、学校や社会に適応しにくい若者にも広げ、現在は20人を超えている。

 同クリニックの藤本直規院長や奥村典子デイサービスセンター所長らのスタッフは、若年性認知症の人の症状がまだ軽い段階では勤務先の人に打ち合わせの場に来てもらい、仕事の内容や職場の対応を提案もした。

 また病状が進み、勤務先での仕事の継続が難しくなった人たちには「仕事の場」を提供する。給料は月額数千円とわずかだが、それが自信につながり、また仲間と一緒の仕事で心も安らぐ。「まだ介護保険のお世話になりたくない」という人たちの格好の居場所になっている。

活動DVDを発送

 藤本クリニックの試みは滋賀県の「若年認知症地域ケアモデル事業」として14年度まで3年間続けられ、医療と介護、行政、企業、地域、家族が制度や役割の違いを乗り越えて連携を深めている。その活動の映像資料(DVD)がこのほど完成し、滋賀県より厚生労働省、各都道府県、国立長寿医療研究センター、認知症の人と家族の会ほか介護研究機関等に発送されている。

 「滋賀県若年認知症地域ケアモデル事業を取りまとめた映像資料」(15分)、「滋賀県広報番組『テレビ滋賀プラスワン』 テーマ『若年認知症ってなに?〜みんなで理解し 支えていくために〜』」(20分)の2本。

 問い合わせは滋賀県 健康医療福祉部 医療福祉推進課 認知症対策係(〒520-8577 大津市京町四丁目1−1 電話:077−528−3522、FAX:077−528−4851、E-mail:ed00@pref.shiga.lg.jp

2015年8月