認知症と尊厳死 映画「ハッピーエンドの選び方」公開

 認知症の人をありのままに描いた感動的な夫婦愛の物語がいま全国で順次公開中だ。ベネチア国際映画祭観客賞に輝いたイスラエル映画「ハッピーエンドの選び方」。認知症と尊厳死という重いテーマをコメディの味付けで包み込み、生きることの意味や家族、友情などを考えさせる。

ヨヘスケル(右)と妻のレバーナは深い愛で結ばれている (C) 2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION.

 認知症の人が出てくる映画というと、病気の進行が速すぎたり、時には感情のない廃人のように描かれることがある。脚本を書く際に劇的効果を狙うあまり、暗く悲惨に書いてしまうからだろう。

 それでも最近は認知症への関心の高まりから、病状の進行速度だけでなく、人間としての喜怒哀楽や思考の正常なところがたくさんあるというふうにキチンと描く作品も増えている。本作もまさにその流れに沿う作品だ。

 イスラエルの老人ホームに夫婦で暮らすヨヘスケルは、末期の病で入院する友人とその妻から「もう延命治療はいい。楽になりたい」「夫を苦しみから解放してほしい」と懇願される。そこで病人が自分でスイッチを押し苦しむことなく最期を迎えることができる安楽死装置を作る。友人たちが見守る中、依頼主の本人は静かにスイッチを押し……。

 予定通りにことは運んだが、噂がたちまち広がり安楽死を望む人からの依頼が殺到。その応対に振り回される中、今度は愛妻のレバーナに認知症を疑わせる症状が出始める。

 やがて妻は下着のまま食堂に現れ、先に行っていたヨヘスケルが大あわてで自分の服を着せかけるショッキングな場面も出てくる。「私は消えかかっている」「毎日何かが失われている」とため息をつく姿は認知症の厳しい現実を余すところなく見せている。

 妻の病気をなかなか認めようとしないヨヘスケルの姿はまさに我々自身を投影しているように見えるし、妻のレバーナが孫娘とクッキーを作っていてしょっぱい味に孫がしかめっ面をする様子や、帰宅した妻がおしゃべりしながらバッグを冷蔵庫に入れるのを見て夫が驚く場面など、まさにこの病気によく見られる症状が次々と描かれる。監督が認知症のことをよく調べていることがわかる。

夫と親友に囲まれてレバーナは心安らかだ (C) 2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION

 しかし、この作品が優れているのは、認知症のマイナス面ばかりを強調するのではなく、人を愛したり感動する心が認知症になっても残っていることを伝えていることだろう。レバーナは徐々に認知症が進行し自身が崩れていくような不安と戦いながらも、なお愛する夫のために自分らしい生き方を模索する。その強く凛(りん)とした美しさを保つ女性をレバーナ・フィンケルシュタインが見事に演じ、夫役のゼーブ・リバシュも時にコミカルに演じて場面を前進させるリズムを作り出した。

 重いテーマを扱いながら随所に笑う場面を散りばめた両監督の手腕も素晴らしい。お別れの記念写真を撮る際に「私はこちらの角度から撮った方がいいの」とカメラの位置を注文する女性や、ヨヘスケル演じる神さまに電話して「天国に空きはできたかしら」と尋ねる女性の姿にも思わず笑わってしまう。「コミカルな要素をいれることによって、単に感情的でシリアスなドラマになることを避けるようにしました」と両監督も語っている。

(紀平重成)

2016年1月