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「診察室」8年連載--精神科医、下山敦士さん 4冊目のエッセー集

 「診察室」のタイトルで財団報「新時代」にエッセーを長期連載している精神科医の下山敦士さん(75)が、このほど最新刊「老いの昆布味 〜救い〜」を上梓(じょうし)した=写真。

 下山さんは2005年まで30年余にわたり岡山労災病院に勤務し、現在は岡山市や総社市の診療所、老人介護施設などで診療している。医療の傍ら、絵や文章を書くことが好きで、本紙でも約8年、健筆を振るい絵を描き続けている。

 今回が4冊目となる本書は、過去5年分の連載や、講演会から起こしたり新たに書きためたものをまとめている。

淡々と老いを生き抜く姿 故郷の里山賛歌をつづり

 下山さんは「老いとは昆布やスルメのようなもの。干からびているように見えても、あぶったり、だしにするなど、適切な調理により滋味にあふれてくる」と語る。そんな老いへの優しい目線から浮かび上がるのは、老人介護施設等で淡々と老いを生き抜く人々の姿や、自分を生かしてくれてきた故郷美作地方の美しい里山への賛歌だ。

 たとえば雨の日に施設の窓辺で外を眺めている上品で笑顔の絶えない90歳の女性に下山さんが「両親は今どうしていらっしゃるのでしょうね」と尋ねると、「まだ元気ですよ。家で私を待ってくれています」との返事。すかさず「あなたは今何歳になられましたか」と聞くと、「50歳です」。その彼女が内臓の病気で搬送された。大きな手術を受け、回復して介護施設に戻って来た。その間の記憶は全くなし。体調を尋ねられて、「どこも悪くないですよ。お父さんとお母さんに会いに行ってきました。お母さんは元気でしたよ」。少女に戻った女性は両親をどこかで見たのかもしれない。

 認知症の治療法を紹介する場面もユニークだ。被害妄想があり、誰かに盗聴器で監視されていると主張する患者に「仕掛けられている場所が分かれば安心できますか」と尋ねる。「多分……」と相手。そこで火災報知機を指して、「あれが盗聴器です」と告げると、患者は「ばかな」とあきれかえる。アメリカの精神科医が見つけた技法で、自分より相手の方が現実判断ができずにばかなことを言っていると判断できた時、脳が活性化するという。

 下山さんは高校時代の夏、津山盆地を見下ろす長法寺で寝泊まりしたことがある。晩年の大阪毎日新聞学芸部長時代に芥川龍之介を世に送り出した、詩人で随筆家でもある薄田泣菫(すすきだきゅうきん)が若き日にこの寺に立ち寄り、「公孫樹下にたちて」の詩を書いて世に認められたというゆかりの名刹(めいさつ)である。

 この寺で泣菫と同じ体験をし、美しく、偉大で、静かなものへの尊敬の念が起こり、同時に孤独感にも襲われたという。文字通り自然の中に深く溶け込むという体験は今の自分の生き方の一部になっているという。

 A5判、298ページ。2160円。問い合わせは丸善書店出版サービスセンター(岡山市)。電話086・233・4640。

2017年1月