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処方薬が3年間も変更されないのは考えられない
認知症相談室(大沼徹・順天堂大学先任准教授)が回答

大沼徹・順天堂大学先任准教授

 無料の電話相談「認知症110番」は1990年に設立された認知症予防財団(旧ぼけ予防協会)の草創期からのメイン事業だ。これまでに受け付けた電話は約2万4000件。そこにかかってきた1本の電話が、患者と家族の人生が変わるドラマチックなケースだったのでご紹介したい。

かかりつけ医と専門医をつなぐ

 その電話が「認知症110番」にかかってきたのは昨年だった。相談者は60代半ばの夫を介護する妻。彼女の話によると、3年前にかかりつけ医を受診し、認知症が疑われたため特定機能病院(専門医)に紹介された。そこでレビー小体型認知症と診断され、薬の処方も指示された。その処方をかかりつけ医から3年受けているが、「夜間トイレの中に人がいるので入れない」(幻視)と廊下で失禁を繰り返し、徘徊(はいかい)やベッドを蹴り続ける行為もあるため、妻は安眠できず、在宅介護の限界を感じているという。

 本財団は順天堂大学医学部精神医学教室と共同で、気軽にかつ無料で電話相談が可能な「認知症相談室」を2010年に開設している(まず財団の「認知症110番」=0120・654874に電話し予約が必要)。患者を直接診察していないので、診断や服薬指示、セカンドオピニオンのような回答はせず、認知症の医学的疑問・相談への回答が主で、後は家族の不安や介護疲れが軽減されることを目的としている。

 この相談を受けた相談員は、「認知症相談室」(同教室の大沼徹、黄田常嘉の両医師が担当)に回すべき内容と判断し、予約を勧め、彼女も承諾した。

 「認知症相談室」で電話を受けた順天堂大学の大沼医師は投薬内容を聞いて驚いた。幻視・徘徊に対しては、適量とされる少量の向精神薬が投与されていたが、認知症薬は通常4分の1の量、つまり初期の投与量をそのまま続ければいいと、このかかりつけ医は勘違いされていることが分かった。

転院、投与量改善で幻視、徘徊消え

 相談者に3年間も処方が変更されないのは、通常の診療では考えられないと大沼医師が伝えたところ、当院への転院を希望された。転院後に再検査した結果、レビー小体型認知症であることが確認され、その後本人と相談者の希望に沿い、徐々に認知症薬を増やし3カ月後に副作用もなく安定した投与量に達した。

 あれだけ著しかった幻視や徘徊は消え、足で蹴る動作が若干見られるだけで、夜間も夫婦共によく眠れるという。

 相談者の妻は「海外はまだ心配ですが、夜眠れるので、夫が大好きだった旅行を国内から始めようと思う」と明るく話し、先日、無事2泊3日の温泉旅行を終え、土産話を大沼医師に伝えてきた。患者と家族の最高の笑みを見て同医師は、「相談室につないでくれた電話相談員の方々をはじめ、認知症110番を長年にわたり開設・維持している毎日新聞社と認知症予防財団には患者さんに代わってお礼を申し上げたい。かかりつけ医と専門医との地域医療連携の懸け橋となったのですから」と話している。

地域医療連携の懸け橋に

 認知症の治療は最先端の医療のみならず、介護や福祉を含めた地域ぐるみでの取り組みが大切になっている。認知症薬の処方も専門医よりかかりつけ医が行う機会が増えている。薬の選択・投与量が認知症の人にとって的確であればいいが、時には物忘れがあるというだけで認知症薬を投与し、興奮を起こす副作用があることを患者や家族に知らせないため、認知症が進行したと誤診されるケースもある。また、幻覚や徘徊といった症状に対し、合わない向精神薬を投与すると患者の生活の質をさらに下げてしまう。

 かかりつけ医の重要性は大きくなっているが、近くにあって容易に受診できるため、疑問が生じてもかえって質問しにくいこともある。その点、電話相談は家族が自宅から電話をするだけであり、垣根も低く相談しやすい。「時にはこの患者の事例のように、医療連携の要ともなりうる大切な補完機能を持っていることを改めて教えてくれる」と大沼医師は強調する。

 この7年間で、相談員が「認知症相談室」に回すべきだと判断した件数は115例にも及ぶ。近年ではメディアの影響が大きく、テレビなどで正常圧水頭症などが特集されると、それにまつわる質問が一気に押し寄せてくる。また驚くべきことに相談者の半数は配偶者であり、老老介護の大変さが浮き彫りとなっている。

「認知症110番」の相談員が、電話内容によって「認知症相談室」に回すかどうか判断する

※レビー小体型認知症 認知症の中でアルツハイマー型に次いで多い。患者は男性が女性の約2倍と言われ、幻視や妄想などの症状が見られる。

※おことわり 掲載にあたり、個人が同定できずかつ臨床的な特徴を損なわないよう修飾し、患者と家族の同意、並びに順天堂大学病院倫理委員会の承認を得て掲載した。

2017年8月