認知症の第一人者 長谷川和夫さんが認知症公表

 「長谷川式認知症スケール」と呼ぶ認知症チェックシートを開発し、日本の認知症研究の第一人者の一人である長谷川和夫さん(89)が認知症になったことを新聞や雑誌で公表した。その勇気にも賛辞が寄せられているが、自身の認知症について、専門家ならではの分析と高齢者の生き方についての貴重な提言はシニア世代を励ます内容になっている。3月末に行われた本財団臨時評議員会でのウイットに富む発言をご紹介する。

長谷川和夫さん

 3月23日に東京都千代田区のパレスサイドビル内で開催された評議員会で、最近の様子を問われ、長谷川さんは語りだした。

●晩節期に発症の病

長谷川和夫さん 私、実は認知症になりましてね。専門病院で診断を受けたら、嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症、これは80代、90代の人に発症するものなんですね。晩節期、つまり80歳以上になると発症する認知症なんですが、私はそれになったんですね。たまたまかかりつけ医の先生から、専門病院で1回診てもらったほうがいいんじゃないですか、あなたの息子さん(長谷川洋さん=精神科医)の診断でアルツハイマーといわれても、みんな信用しませんよ、ちゃんとした、まったく関係のない専門病院で診てもらったほうがいいですよといわれました。たまたま近くに専門病院がありましてね。そこの院長を知っていましたので、そこでいろいろ検査してもらって、MRIとかCTとかを撮って、心理テストもしたら、結果嗜銀顆粒性認知症ということだったんですよ。

 だからこのごろ、時間的なことがはっきりしないんですね。それから自分の体験したことの確かさというのがあやふやになる。具体的にいうと例えば鍵を閉めて家を出たとすると、「鍵を閉めたかなあ。あ、閉めた、閉めた、大丈夫」と行っちゃうのが普通なんです。だけどやはり確認して「あ、大丈夫だ」となるならいいんですが、それを何回も繰り返すとなると、僕のような嗜銀顆粒性認知症ということになるんですね。高齢者で90、100歳まで長生きする人が増えてきた。いま私はここにおいでになる新井平伊教授(順天堂大学大学院教授)にご指導いただいて、ご一緒に認知症のことに取り組んできましたけれども、その昔、長谷川式スケールというのを開発したんですけども、あれは僕が作って答えを暗記しちゃってるから役に立たないんです(笑)。その病院には特別に強力な心理テスト部門があって、そこで検査をしてもらって、嗜銀顆粒性認知症ということになったんです。

●もの忘れと近接して

 普通の人のもの忘れと近接しているんですね。行ったり来たりしているみたいなんです。例えば朝は割合はっきりしているが、夕方になって疲れてくると認知症的になる。時間的なことと確かさが失われるということがあるんですよ。だから今日もここへ伺うときに何時だったかと何回も手帳を見たり、資料を見るわけですよ。情けない話ですけれど。

 ただいえることは嗜銀顆粒性認知症になった人は長い過去をもっていて、それは専門の知識をいっぱいもっているわけですよ。私自身のことを申して恐縮なんですけれど、もう50年ぐらいやっているわけですからね。普通の認知症と違うんじゃないかと思うんですね。だから少子化で日本は今後は困った状態になるといいますが決してそうではなくて、嗜銀顆粒性認知症の人たちの専門知識というのは保存していてアクティブにやろう、何らかの役に立つことをやらせてください、ボランティアで結構です、給料はいりません、そういう感じの人がいっぱい出てくるんじゃないかと思うんですね。そういうことで日本の将来はそんなに心配することはない。

●日本の動向に注目

 しかも東南アジア諸国というのは日本よりも高齢化のスピードが速いらしいですよ。でも、寿命が長いのも、認知症の数が多いのも日本が一番なんですよ、また認知症の施策やメディアの取り扱いなども進歩している。だからみんな日本はこれからどういうふうにやっていくんだろうか、と期待している。だから認知症問題というのはまだ序の口だと思っているんですよ。これからどんどん終戦後の産めよ増やせよといって、戦死した人を補うために人間を増やさなくちゃと、そう言って頑張ってきた連中の中から、今、嗜銀顆粒性認知症になる人がいっぱい出てくるんじゃないかと思うんですね。104歳、105歳でも頭がしっかりした人がいると思うんですよ。そういう人たちがいるかぎりは日本は決して負けない。捨てたもんじゃないと思うんですね。トランプ大統領はいろんなところで威張っているけれども、恐れるに足らない(笑)そういうことを夢見てね。現在というのはすぐ過ぎ去るでしょう。だから自分の未来、日本の未来というのはこれからなんだから、そのこれからを私たちがつくり、後輩に引き継いでいってもらうということになるわけだから。そういうかたちをみんなに知ってもらって、ことに東南アジアの人に認知症のことを知ってもらうよう、日本のこういうシステムを輸出することが重要なんですね。今までは国費を使って向こうの人を日本に呼んだんですね。だけど日本はあいうえお、かきくけこやアルファベットの他に漢字なども覚えなくてはならないでしょう。褥瘡(じょくそう)とか鬱(うつ)病の鬱なんて字はみんな読むことはできても書くことはできるかどうかね。日本から輸出することになれば、そういうことはしなくていいわけですよ。例えばこの財団を抱えていらっしゃる毎日新聞の情報とかそういうシステムとかをお互いの了解を得て輸出する。こちらから専門家が行って。そうすれば向こうの人は感激して喜ぶんじゃないかと思うんですね。

 話によると、どこの国かというのはあえて申しませんけれども、1000ベッドの特別養護老人ホームが造られつつあるというんですね。1000ベッドですよ。何もしないということですよね。かつての日本の精神科病院がそうだったように鍵をかけられたところから連れてこられて、電気ショックをやって病棟に帰ったら、またバタンと閉められて鍵をかけられる。家族も限られた時間しか面会できない。そういう暗い感じのことがかつての日本にもあった。そういうことが今、シンガポールを除いた東南アジアのいろんな国でそういうことで悩んでいるんじゃないかと思うんですね。

 だから先ほど申しましたように、日本はこちらのシステムを向こうの国情に合わせたかたちにして、理解してもらえるようにして、そして訓練してもらった人たちが行って、向こうの人たちと厳しい議論を重ねて、向こうの役に立てるように努力するということが、これからの日本の責務じゃないかと思うんですね。

新井平伊教授 われわれ認知症をやっているものにとっては長谷川先生は天皇みたいな方ですから、その先生から直接お話が聞けるのは本当に幸せなんです。先生の今日のお話には繰り返しがないですもんね。私がいうのも何ですが、筋がきちっと通っている。主張もあって。とてもうれしく思いました。

 先生が認知症のことを公にして、自ら何十年かの学識、知識も含めて話されるのは、今、当事者が話すということは多いですけど、全然重みが違いますから、僕らはうれしいです。

 あえていうならば、鍵を何度か確認するというのは軽いからですよね。重いと鍵をかけたかどうか忘れちゃうわけですから。先生はその症状をあえて出していただきましたけど、それは軽いからですよね。だから先生にはまだまだがんばっていただかないといけないと思います。

 嗜銀顆粒性認知症というのは認知症のなかではたちがいいんですね、アルツハイマー病に比べて。だから昔でいうと耄碌(もうろく)の一種ですね、画像診断や病理診断がだんだん進んできて、昔でいうとお年を召してきたから物忘れになって、いままでできたことができなくなって耄碌だというのが、ある程度解明されてきて、それを嗜銀顆粒性認知症と。しかも昔よりは年齢が延びて、そういう高齢者が増えて。先生がこの病気になったのは天命ですね。昔から自分の研究してきた病気になる。パーキンソン病を研究している人はパーキンソン病になる。だから先生はこれからもがんばってそのお手本を見せてください。よろしくお願いします。

司会 嗜銀顆粒性認知症の患者さんの横のつながりは?

長谷川さん いや、そういうのはまだ知られていないですね。晩節期の認知症は結構増えてきているんですけど、最近やっと知られているんですよ。だから私は、認知症の問題はこれから先が大変なのではないかと思いますね。今まではまだ序の口で。これからだと思うんです。ですからこの毎日新聞社の評議員会もかたちは変わるのかもしれませんが、ぜひこういう集まり、ことに新井先生、中島紀恵子先生、大友英一先生とかそうそうたるメンバーの方々がおられるわけですから、そういう方々とコネクションがあるわけですから、そういう組織を認知症の人の代弁、国への代弁というか、アジアへの代弁、世界へ発信するとか、そういう立場を堅持していただければ毎日新聞の前途は洋々たるものですよ(笑)。

はせがわ・かずお
 聖マリアンナ医科大学特別顧問、社会福祉法人浴風会認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長、公益財団法人認知症予防財団評議員。1973年聖マリアンナ医科大学教授、同大学学長、理事長などを経て現在に至る。長谷川式認知症スケールの開発者として知られている。「痴呆」から「認知症」への名称変更参加。著書に「認知症診療の進め方」、「認知症診療のこれまでとこれから」、「認知症診療の作法」(永井書店)、「認知症の知りたいことガイドブック」、「認知症ケアの心」、長谷川洋氏との共著に「よくわかる高齢者の認知症とうつ病 正しい理解と適切なケア」(中央法規出版)など。

2018年4月