認知症ケア 患者個々の全体像を探れ PCC実践が重要に

対談 ヒューゴ・デ・ウァール博士×新井平伊・認知症予防財団会長

 英国の認知症研究の第一人者、ヒューゴ・デ・ウァール博士と、認知症予防財団の新井平伊会長(順天堂大学大学院行動科学教授)が7月26日、東京都内で対談した。認知症ケアについて両氏は、表に出てくる症状を見るだけでなく、個人史や内面を含めた個々の患者の全体像を探って対応するPCCの実践が重要との認識で一致した。

 対談でヒューゴ博士は、エレベーターの前に来ると乱暴になっていた女性患者の例を紹介。家族から彼女の生い立ちを聞き、幼いころに行儀が悪いと食器棚に閉じ込められていたことを知った。それがトラウマとなってエレベーターを怖がっていると推測し、彼女の部屋を2階から1階に移したところ、症状は出なくなったという。

 ヒューゴ博士は「症状の原因は見つからないことも多々あるが、『探偵』となって探り当てようという行為が求められる」と指摘した。新井会長は「患者さん一人ひとりを理解し、歩みを知ることが重要。症状も認知機能が衰える現状に何とか対処しようとする正常な反応ではないか」と応じた。

 「毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル」の公開記念行事の一環として、「毎アル」友の会が映画に出演しているヒューゴ博士を日本に招いた。対談後、ヒューゴ博士は毎日新聞社と同財団主催の公開討論会「英国・認知症ケア最前線」で基調講演をした(内容は10月1日号で紹介します)。

●PCC
 PCC(パーソン・センタード・ケア) 認知症の人を一人の「人」として尊重し、その人の視点や立場に立ってケアをする考え方。英国では高齢者サービスをする際の国家基準とされている。

●ヒューゴ・デ・ウァール博士
 オランダ・アムステルダムの医学部を1989年に卒業後、英国で精神医学を学び続けた。ジュリアン病院内のハマートンコートと呼ばれる、認知症集中ケア・アカデミーの施設長を務める。英国でのPCC実践の第一人者でもある。

PCCは病気だけでなく、その人の生活をみつめていくこと

ヒューゴ・デ・ウァール博士

 ヒューゴ・デ・ウァール博士 まずは、共通の知人でもある(映画「毎日がアルツハイマーシリーズ」の)関口祐加監督の話題からいきましょうか。関口さんの映画は認知症のお母様と生きることをありのままにとらえていて、心動かされます。認知症のドキュメンタリーで最も優れたものの一つです。そのまま欧州で上映しても、評価をされるでしょう。

 新井平伊・認知症予防財団会長 認知症の映画は各国で撮られていますが、毎アルは最も優れています。それは「現実」を描いているからです。他の作品はよく、1〜3年で症状がどんどん悪化し、仕事を失い、引退を迫られ、という物語を作ろうとしています。でも実際はそんな短い間に悪化するわけではなく、20年前後の経過が普通です。毎アルでは長い時間の中で苦しみながら日々が過ぎていくことをきちんと描いているのが素晴らしいです。関口さんのお母様はアルツハイマー型と診断されていましたが、脳画像(MRI)所見から考えると脳血管性との混合型だと思ってます。だから典型的なアルツハイマー型とは違って、比較的ゆっくりとした経過なのでしょう。

 ヒューゴ博士 アルツハイマー型も元々は血管性のものからきているのではと主張するグループもあります。病理学的には、脳の萎縮、アミロイドプラーク(斑)などの異常がみられるとアルツハイマー型と考えられてきました。しかし、神経細胞の変性だけが認知症の原因ではないのではないでしょうか。過去10年くらいの研究はプラークができないように予防し、できれば取り除くことを一生懸命やってきましたが、単純な病理学的見地からだけではアプローチできないことがたくさんあります。

 ――PCCを実践されている、施設の日常を教えてください。

 ヒューゴ博士 できていないことから説明します。私の所属する施設は病院なので、NHS(英国国民保険サービス)の管轄です。決まったメニューの配食なのですが、食の好みはそれぞれです。なのに「同じものを食べていればいい」というのは、見下す行為で人の尊厳を損なっています。NHSに改善を求めても対応しようとしません。入院するときに食べ物の好き嫌いを聞くことが必要だと思います。きちんと食べてくれず、イライラしやすい患者さんがいました。家族から、いつも食べていた高級スーパーのものに代えてほしいと提案があり、いい考えだと思いましたが、NHSは「ダメ」と。まるで刑務所のように感じました。PCCは病気だけでなく、その人の生活そのものを見つめていくことです。人が普通に求めるものを提供することの重要性をもっと認識しないといけません。みなさん仮に2週間好きなものを食べられないなら、生産性は著しく下がるのではないですか。脳の話だからといって、食べることの重要性が見過ごされています。

 新井会長 食べることや食事の提供は、人生に最も重要なことの一つで、投薬よりずっと重要です。医学的な面だけでなく、食べたいという気持ち、意欲もとても大切です。規制という面では、日本の病院の対応も変わりありません。医療安全や感染予防などの管理責任を強く求められ、自由度がないのが現状です。

症状だけ見るのではなく、異常行動の原因を探る行為が重要だ

 ヒューゴ博士 いらつき、怒り、興奮など認知症のBPSD(認知機能の低下に伴う不安感などから生じる異常な行動)を分類し、その分類に沿って対処する職員もいます。しかし表に出てくる症状だけをみて判断するのは間違いです。異常な行動はしたくてやっているのではなく、正しくないことをされ、心を乱されているから起きるのです。看護師や介護職は探偵となり、何が原因でどこから症状がきているのか、家族や親せき、昔を知る人たちから懸命に探さねばなりません。

新井平伊・認知症予防財団会長

 新井会長 BPSDの分類化は流行になっています。EBM(科学的根拠に基づく医療)の重要性が言われる流れを反映したものでしょう。しかし、そういうものに基づく治療のガイドラインなどは、必ずしも現実にあてはまらないことが多いです。

 ヒューゴ博士 夜寝る前、突然唾をはき、周りのものを蹴り始める女性がいました。私たちの病院にいたときは問題なく、ケアホームに移ってからのことです。身体を拘束し薬を使わないと落ち着かせられない、とホーム側は言ってきました。説明を求めると、1階で夕食を終え、エレベーターで2階の部屋に戻ろうとするときに変な行動をするということでした。娘さんに心当たりを聞いても、ないという返事です。それが3時間後、「母は幼いとき、行儀が悪いと食器棚に閉じ込められ、そのことを大変怖かったと言っていました」と電話があり、エレベーターとのつながりが見えてきました。エレベーターに入ることは、彼女にはお仕置きのイメージなのでしょう。ケアホームにお願いし、彼女の部屋を1階に移すと問題は解決しました。

 病院で職員から患者の異常行動を訴える声があると、私は必ず「なぜだ」と原因を聞きます。「わからない」という返事だと、「本人に聞いたか」「どうやって見つけるのか」と問います。「わからない」「聞いていない」では、PCCにならないからです。もちろん探しても見つからないことは多々ありますが、探り当てようという行為が求められるのです。

認知機能が衰える中、考えを通そうと抵抗することが症状に出る

 新井会長 まったく同感です。患者さんには一人ひとりの個人史があります。どんな性格で、何が得意か、仕事は、育ってきた環境はどんなものか。一人ひとりを理解し、歩みを知ることが重要です。BPSDも認知機能が衰えゆく現状に何とか対処しようとすることの現れで、正常な反応ではないでしょうか。機能が衰えゆく中、でも現実に適応しようとして必死に対応している言動だと思うし、ときには自分の考えを通そうとして抵抗する。それが症状として出ているに過ぎません。

 ヒューゴ博士 まさに指の間から人生がこぼれ落ちようとしているのを、何とか食い止めようとする闘いです。それがマイナスの症状に見えるだけなんです。

 ――欧州では認知症の増加が緩やかになっているそうですね。

 ヒューゴ博士 英国の特定の地域・時期の調査で、認知症の増加が想定より4・8万人少なかったという結果が出ました。研究者は教育水準の向上とともに、健康度のアップ、運動をする人が増え、貧しい食生活が減っていることも要因と指摘しています。英国でも炭水化物ばかりだった食生活が健康的なものにシフトしていて、心臓発作、脳梗塞が減っています。喫煙者が減ったことも原因でしょう。脳だって、身体の一部。心臓にいいことは脳にもいいということです。

2018年8月