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公開討論会「英国・認知症ケア最前線 ヒューゴ博士に聞く」

不安に寄り添い――患者は自分の人生が崩れ、指の間から滑り落ちてしまうという恐れを抱いている

 認知症予防財団と毎日メディアカフェ共催の公開討論会「英国・認知症ケア最前線 ヒューゴ博士に聞く」が7月26日、東京都千代田区の毎日ホールで開かれた。英国の認知症ケアの第一人者、ヒューゴ・デ・ウァール博士は基調講演で「患者さんのライフストーリーに耳を傾け、どんな人かを知る必要がある」と語った。

ヒューゴ・デ・ウァール博士

 ヒューゴ博士は、英国の高齢者ケアの国家基準「パーソン・センタード・ケア(PCC)」の実践で知られる。PCCは認知症患者を1人の「人」として尊重し、その人の視点や立場にたってケアをする考え方。ヒューゴ博士は認知症の人の心情について「自分の人生が崩れ指の間から滑り落ちてしまうという恐れを抱いている」と解き明かし、患者の不安感に寄り添う重要性を指摘した。また、馬の蹄をつくる職人だった入院患者にハンマーを持ってもらうようにしたら一週間で症状が改善した逸話を披露し、「人生の中心的だったもの、リスクのあることもやらせてあげるようにしている。人の尊厳にとって重要だからだ」と述べた。

 認知症をテーマとした映画「毎日がアルツハイマー・ザ・ファイナル」の公開記念行事として、「毎アル」友の会が映画に出演しているヒューゴ氏を日本に招いた。これを機に認知症予防財団と毎日新聞社が公開討論会を企画した。基調講演の後、ヒューゴ博士は毎日新聞の元村有希子科学環境部長らとのトークセッションに臨んだ。

ヒューゴ博士 基調講演(要旨)

講演に耳を傾ける参加者ら

 私が勤める病院は100年ほどの歴史があり、2009年に最先端のカスタムメードの病棟(英国ハマートンコート認知症ケア・アカデミー)をつくる動きが始まりました。3病棟、39床からなります。以前は入院患者が平均4年いました。寿命が終わるまで入院していたからです。新しく入るには、誰かが亡くなるのを待つしかありませんでした。それが新しい施設では、症状が安定すれば外の介護施設にお願いするようにしました。退院へ向けた集中的プログラムをつくり、こちらから介護施設の方に情報を提供するようにしています。その結果、平均入院期間は4〜6カ月になりました。戻ってくる人もいますが、5%程度です。

 かつては「患者を管理していく」考えで対応されていました。その点、パーソン・センタード・ケア(PCC)は、その人らしさに着目します。認知症の患者さんは、自分の人生が崩れ、指の間から滑り落ちてしまうという恐れを抱いています。それを薬で抑えようとしても解決になりません。不安感に寄り添うことで会話が成り立ちます。

 人の頭の中を理解することは難しいです。知らない人を知るのはもっと難しいです。そこで、できるだけ個人を知る努力をします。家族、親類から聞き取りを重点的にします。入院患者に馬の蹄の職人がいました。病院内の小屋でハンマーを持たせると、1週間で症状が改善しました。想像力を働かせ、その人の人生の中心的なものを体験させられないかと考えます。

 認知症の人が調理器具などを扱うのは危険なこともあります。かつてはリスクは排除される方向でした。いすにじっと座らせているのが最も安全です。しかし、リスクを軽減したうえで、やらせてあげることをしています。人の尊厳にとって重要なことだからです。 音楽は脳の活性化を促します。小さなエピソードと、それに紐づいた音楽があるからです。ある患者さんに、結婚式のときに親戚が歌ってくれたフランク・シナトラの曲をかけて話しかけていくと患者さんの顔が輝いていきました。

 認知症の診断は欠かせませんが、診断されて終わり、ではありません。患者さんが残りの人生をどう生きていくのかが重要です。患者さんのニーズは病気によって決まるわけはありません。ニーズを知るには、その人がどんな人であるのかを知ることが必要なのです。

2018年9月