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認知症学会と家族の会合同シンポ開催

シンポジウムに参加した方々(二列目右端が新井名誉教授)

 日本認知症学会と「認知症の人と家族の会」による合同シンポジウム「響け、本人の声!届け、家族の想い」が11月9日、東京都内のホテルであった。認知症の本人や介護に携わる家族らが日々の苦労や葛藤、出会いへの感謝を語った。

 合同シンポジウムは11月7~9日に開催された同学会のセッションの一つ。学術的な色彩の濃い同学会では異例の催しで、シンポを企画した新井平伊・順天堂大名誉教授と同家族の会東京都支部の大野教子代表が座長を務めた。

 冒頭に同家族の会の鈴木森夫代表が会の成り立ちや活動を説明したあと、埼玉県の長沢正史さん(60)が若年性の認知症になった妻、明美さん(54)とともに登壇し、明美さんの思いを代弁した。

 正史さんは、看護師だった明美さんがだんだんと透析の針を刺せなくなるなどし、退職せざるを得なかった状況を説明。「現実を受け入れる覚悟はできても、何をやればいいのか、何ができるのか自問自答の日々が続く」という本人の思いを明かした。また、新しいことを一つずつ覚えていく孫の成長に触れ、「反対に妻は一つずつ思い出せなくなっていく。何とも対照的です」と話した。

 東京都在住の中田ひとみさんは、5年前に認知症となった夫の中田哲行さん(59)に寄り添った。部長を務めていた大手製薬会社を退職せざるを得なかった哲行さんが、介護施設に再就職を果たすまでの困難を振り返るなか、夫の思いとしては、職を辞さねばならなかった時がやはりつらかったという。哲行さん本人は「認知症でも仕事はできる!」と強く訴えた。

 このほか、40歳で発症した埼玉県在住の渡邊雅徳さん(42)は、独り身で家族という支えがいない苦しさを吐露。また東京都の藤沼三郎さんは、認知症の妻を看取るまでの経過をグラフで示し、松本千鶴さんは壮絶な母の介護体験を語った。

2019年11月