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「認知症を通じて誰もが自分らしく活きることを考える」
基調講演 精神科医 長谷川洋・長谷川診療所院長

 クレールライフ講座「認知症とともに・・・私らしくを、いつまでも。」(主催・東急イーライフデザイン、後援・認知症予防財団、毎日新聞社)が7月19日と8月23日に相次いで東京都内の高齢者住宅で開かれた。認知症になっても安心して暮らせる社会づくりを目指す活動の一環として企画された。新型コロナウイルスへの感染拡大が収まらないなか参加人数は最小限に絞られたものの、耳を傾けた人からは「希望が持てる話を聞くことができた」といった感想が寄せられた。

 クレールライフ講座は7、8月に相次いで開かれた。初回は7月19日、精神科医の長谷川洋・長谷川診療所院長が「認知症を通じて、誰もが自分らしく活きることを考える〜医師として、家族としての思いを語る」と題し、基調講演をした。長谷川氏は認知症研究の第一人者で自ら認知症になったことを公表した長谷川和夫・認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長(91)の長男でもある。参加できる人を限定したため、講演はどこからでも視聴できるようYouTubeで生配信された。

 講演で長谷川氏は父、和夫氏が作成した認知機能テスト「長谷川式認知症スケール」を紹介。ただ、「ここはどこですか」など、患者によってはプライドが傷つく質問項目があるかもしれないとして、検査の結果、点数が低かった人にも自信を持ってもらえるように検査を終えていると説明した。

 認知症は一般的に緩やかに進む。長谷川氏は急激に悪化した場合は脳卒中や熱中症など他の異変が生じている可能性を指摘し、「急に症状が変わった場合は注意をしてほしい」と訴えた。

 認知症の人が一番信頼している人に訴えがちな物盗られ妄想について、「『なくなって困っている』と表現したいのを『盗ったでしょ』という言葉になってしまっていることも多いと思う」と述べた。介護を完璧にやろうと思い過ぎず、介護サービスを利用して排せつなどの失敗体験を減らしていくことの重要性も指摘した。失敗が多くなり、介護する側とされる側の家族間の人間関係が崩れてしまうことを目にしてきたという。

 高齢者に関する国の方針は「住み慣れた地域で長く暮らす」というものだ。しかし、長谷川氏は近所の人がいなくなったり、行きつけの店が閉じてしまったりすることを挙げ「街もずっと同じではない。変化を受け入れ少し違う環境で暮らしていくことにチャレンジしてもいい」と語った。

 最後の方で再び父親に触れた長谷川氏は、「『認知症になってしまった』というよりは、『認知症になれるまで長生きしてもらえてよかった』と思える」と父への愛情と感謝の念を口にしていた。

 第2弾となった8月23日は、ケアコンサルタントの川上由里子氏が「認知症の正しい理解と日頃からの認知症予防〜ご家族、ご自身のための学びと備え〜」と題して基調講演。川上氏は長く看護師をした後、高齢期の暮らし全般のコンサルティングを始めた。父親を遠距離介護した経験も踏まえ、仕事と介護の両立策など具体的な話を紹介した。

講演要旨

嫌な思いを抱かせない

 85歳以上の4人に1人は認知症になってもおかしくない。人生50年だったころ、認知症はあまり社会問題にはならなかった。幸い、長生きできる時代になって認知症が問題になってきているということだ。

 私の父は長谷川和夫、認知症研究の第一人者とご紹介いただいた。父が聖マリアンナ医大にいたとき、他の先生方と一緒に作成した(テストで認知機能を点数化できる)「長谷川式認知症スケール」は現在でも広く使用されている。「ねこ」「さくら」「電車」の三つの言葉を繰り返してもらい、他の質問を挟んだ後、「三つの言葉は何でしたか」とお尋ねすると、思い出すことを「遅延再生」と言うが、アルツハイマー型認知症の方はこの遅延再生が苦手になっている。

 海馬という脳の部位は記憶に関する領域で、海馬で神経回路の長期増強が起きると情報を長時間記憶できると言われている。海馬のそばに扁桃体があり、これは感情に関する記憶に関与しているようだ。扁桃体が活性化されると海馬で長期増強が起きるのではないかと言われ、感情を伴った記憶は非常に保ちやすい。だから日々の生活で嫌な思いをしたようなときは非常に記憶に残る。

 長谷川式認知症スケールには「ここはどこですか」など、患者が「なぜそんなことを聞くんだ」という気持ちになるかもしれない質問項目がある。その診察が嫌な体験となって、もう病院に行かないという方もいる。慈恵医大の繁田雅弘先生は(テストとは別に得点には影響しない形で)質問を2択に変えるなどし、「できていない」という感じを抱かせずに検査を終えるとおっしゃっていた。私も点数の低い方にも「大丈夫です。有用な情報をいただけました」とお伝えするようにしている。

完璧な介護を求めない

 認知症には「緩和因子」と「危険因子」がある。緩和因子は認知機能がだんだん低下するのを保たせようとするもの。日本では青魚、フランスでは赤ワインなどが言われるが、いろんな食材を満遍なくとるのがいい。また人との交流も大切だ。一方で、危険因子は認知機能が落ちていくのを推進してしまう。高血圧、糖尿病、高脂血症、うつ、たばこなど。運動不足にならないように。

 大事なのは、認知症は緩やかに進むということ。急に悪くなっているときは、脳卒中とか、熱中症とか何らかの異変が生じていることがある。急に症状が変わった場合には注意をしていただきたい。

 認知症の方の中には、表情を読み取るのが苦手という方もいるそうだ。それでも笑顔は分かるので笑顔で接していただくのが大事。あと、明らかにうまくいかなくなっていることを無理にすると、ご本人も少しイライラしてしまうこともあるかと思う。失敗につながるようなことは無理にやらなくてもいい。

 父とは次のようなことを話している。パーソン・センタード・ケア、その人を理解しようと努めることは大事だが、どのように生きてこられたかは分からない。どんな方とご縁があったか、私も父のことを知らないし、父も私のことを知らない。どんなに親しい人でもその人の全部を知ることはできない。だから意見や考え方を尊重し合っていこうということにつながると思う。

 認知症の病状で判断が悪くなると、自分が一番信頼している人が「私のものを盗った」と考えてしまうことがある。これは「なくなって困っているんだけれど」と表現したいところを、「盗ったでしょ」という言葉になってしまっていることも多いのではないかと思う。普段、盗ったなんて言わないお母さんが盗った、というのはよっぽど大事なものだったんでしょう。一緒に探しましょう、なんて言うと、「困っていることを分かってもらえた」という気持ちになって一緒に探すようになる方もいる。認知症の症状だと思うと、少し対応が変わってくるところもあると思う。

 一人で抱え込まず、また介護を完璧にやろうと思い過ぎない、特にご家族、身内の方であれば、そういつも優しい対応はできないと思っていいのではないか。感情も人から人にうつる。自分がモヤモヤした気持ちでいると、うまくいかないこともある。孤立しないことも大事だ。あと、ご本人にとっては、介護サービスを利用することで、失敗体験を減らせる。失敗が多かったりすると、長年築き上げてきたご夫婦の間や、お子さんとの関係性が崩れてしまうこともみてきた。

一緒に笑い つらさ共感

 2007年に神奈川県の武蔵小杉にあるマンションの1階で診療所を開き、ここで週1回、父も診察をしていた。父が言っていたのは、待つこと、時間を提供することが大事なんだ、ということだった。また、ご本人抜きでは話を進めない、とも。ご本人抜きで(家族と)話をすると、患者がコソコソ相談しているのでは、などといろいろ考え不信に思ってしまうこともあると思う。

 辛さを共感するのも大切。沈黙でもいい。不快に思う方もいるので全員にというわけではないが、手を握ることでも辛さを共感できることもある。また、笑う、喜ぶというのもいい。父の診察で漏れ聞こえてくるのは、お互いに笑っている様子。父も笑うし、患者さんも笑うし、ご家族も。時々、歌を一緒に歌っていることもあった。

  今年1月のNHKスペシャルに出た父が、「デイサービスは嫌」という拒否的な場面があったが、父は(以前から)思ったことをポン、と話す。(放送で言ったことの)一方で、「デイサービスでは私のことをよくわかってくれていて、みんなが長谷川さん、長谷川さんと話しかけてきてくれて。日本のああいうシステムは素晴らしいね」なんて言うときもある。本当にいろんな気持ちが混在しているということだと考えている。

 幸い地域には父の行きつけのコーヒー屋さんや床屋さんがある。非常にありがたいことだ。ただ、住み慣れた街で長く、という国の方針はよく聞かれていると思うが、街もずっと同じではない。ご近所がいなくなったり、行きつけのお店が閉じてしまったりする。住みなれた街でずっと暮らす難しさというのはあると感じている。変化を受け入れ、楽しんでいくという人間の能力はどの年代の方にもある。少し違う環境で暮らしていくことにチャレンジしてみてもいいと思う。

 父は91歳になった。「認知症になってしまった」というよりは、「認知症になれるまで長生きしてもらえてよかったな」と思える。人間は誰もいつまで生きられるかわからない。今できていることを楽しむ、喜んでいくというのは大事だと思う。

講演要旨

 8月23日のクレールライフ講座で、「認知症の正しい理解と日頃からの認知症予防~ご家族、ご自身のための学びと備え~」と題して基調講演をしたケアコンサルタント、川上由里子氏の講演要旨は次の通り。

接し方で症状の進行を抑えられる

 私自身が父親の遠距離介護を6年、静岡、東京間を2週間に1度、行ったり来たりを繰り返した。介護を受ける側の家族としての体験もある。

 現在、認知症の方はMCI(軽度認知障害)の方も入れると約800万人。昔はこの段階で家族が家の中に閉じ込めてしまった、という例がたくさんあった。しかし、この段階で予防をすれば回復率は40%近い、とも言われている。健康な状態と介護が必要な状態の中間、フレイルの状態に早く気づき、治療や予防をすることもとても大切だ。

 認知症をひとくくりにしない、ということを言いたい。テレビは認知症の恐ろしい状況を赤裸々に出すような場合もあるが、誰もが同じようになるわけではない。最初に出てくるのは、認知症の誰にでも起こる症状、記憶障害。特に短期記憶が低下する。それでも、メモなどをしておくことで補える。家に帰って、帽子を取って、カバンを置いて、といういつもの行動ができなかったら、さりげなく同じ行動を目の前で見せてあげることで、思い出して行動できる。

 不思議な行動をとる家族を怒ってしまうと、不安が増して認知症が進む。うつ、妄想、徘徊(はいかい)、興奮や暴力、不潔行為、こういったBPSD(行動心理症状)が出てしまう。ということは、専門職でなくても私たちの接し方で、症状の進行を抑えることもできる。

 地域の開業医として働いていた私の父は、82歳頃からもの忘れが目立ち始め、アルツハイマー型認知症と診断された。父と家族の希望は最後まで大切な自宅で変わらずに過ごすことだった。父は医療者だったので最初は人から助けてもらうことに抵抗があったが、主治医の治療とともに在宅介護をフル活用し、自宅で静かな最期を迎えることができた。診断後6年くらいだったが、不要な延命治療を望まず、当たり前にある死を受け入れることで、在宅介護、自然死を実現できた。

 家族や自分が認知症になっても「終わった」ということではない。介護保険のサービスが2000年に始まっている。家にヘルパーや看護師が来たり、また家の環境を整えたりできる。徘徊探知機のレンタルもある。介護保険ではないが、靴の中にGPSの探知機を入れ、徘徊してしまう方を探すこともできる。

 現代の介護はチームで支える。父の時は5職種ほど。いろんな専門家に相談できる。福祉用具も重要。ポータブルトイレがあることで、父はオムツに頼らないことが最後までできた。人としての尊厳を保つということかと思う。父は波の音が好きだったので、波の音の音楽をかけ、介護をする部屋を明るくして、ナースやヘルパーさんも喜びながら明るい介護ができるように工夫した。五感を刺激するケアは認知症の方には心地よさを感じられるようで、気持ちや行動が穏やかになる。父も暴れたりしないで済んだ。

介護、医療への希望をノートに記録

 介護や医療、住まい等への希望や意思を記録するノートの活用は効果的。認知症になると自分のことを人に話すことがなかなかできなくなる。セミナーである男性から、「そのノートがあればどれだけ妻の介護に困らなかっただろうかと悔やまれます」と言われた。認知症の妻については、洋服の趣味すら分からず、何をしようとしても不機嫌になる。私たちは生きているうちに、人に自分の好み、自分が居心地いいこと、場所を伝えておくのは大事だ。

 認知症の方はリュックサックを一つ背負っている、とよく言われる。たくさんのものは持てない。多くのことは忘れている。そのリュックに入っている本人の人生の大事なもの、大切なものを取り出してあげて、一緒にこういうことがあったね、これがあなたの人生の一番大切なことなんですよね、とケアをする人が寄り添い、認めることができれば、その人の人生はたとえ認知症であっても豊かだと思う。

 認知症と診断されたら、まず家族は戸惑い、否定する。そしてステップ2、混乱、怒り、拒絶。困惑する。しかし、ステップ3と4、理解が深まってありのままを受け止めるようになる。この心理的ステップを必ず家族はたどる。ただ、相談を受けていると、ステップ1や2で止まっている方がとても多い。でもそこで自分自身を、家族を責めないで。人間として当たり前の心理過程だ。信頼できる専門職に相談してみる、施設の方にもありのままの気持ちを伝えてみる、そして早く支援に結びつけていくことでステップ1〜4の時間が短くなる。

 「認知症の人との接し方」だが、自分に対して親切で誠実で守ってくれる人なのかどうか、認知症の人はそういったことを見極める感性が非常に研ぎ澄まされている。認知症になってしまったから何も分からないということではない。よい感情が残るよう、笑顔で目線を合わせて穏やかに接してあげることで、症状も穏やかになっていく。

 相談に多いのは物盗(と)られ妄想。よく見てくれている人、気を許している人には安心して症状が出せる。訴えは否定せずに一緒に探してあげる、といった姿勢が大事。困ったという気持ちに共感することが大切だ。

 介護が必要になった時期に入るホームと、元気がある時から入るホームでは施設や住宅の選び方が異なってくる。そのあたりを整理すると、住まいに求める自分のニーズが見えてくる。認知症になってから選ぶのか、認知症になる前に予防的に選んでいくのか。それによって選び方、ホームの情報収集も異なる。

散歩、日記つけ、バランスよい食事を

 認知症予防の三つのポイント。一つ目は有酸素運動。運動は脳の海馬の血流をよくする。もし足腰が弱くなってきたとしても、できる範囲でいいので散歩など身体を動かすことを続けて。二つ目は頭を使う生活。1日前の日記、今日のことではなく、2日前とか1日前のことを思い出しながら楽しく日記を書くことは効果があるそうだ。そして三つ目は食事。野菜や果物、ビタミンEやC、青魚、サバやイワシに含まれているDHAやEPAが脳の神経伝達をよくする。地中海地方に住む方は認知症が非常に少ないということで食生活が注目されている。エキストラバージンオリーブオイルやナッツ類なども予防効果があると報告されている。魚も肉もお野菜もバランスよく楽しく召し上がることが大切。

 心のありようも大事。くよくよせず、明るい気分で。小さな目標でもいい。前向きに生活することが予防につながる。日ごろから近所、友人、職場、いろんなところの人間関係を大切にして、「困った」ということが言い合える関係づくりを。認知症は誰もがなりうる。認知症になっても大丈夫と言える住まい、暮らしを考えながら、整え支え合う社会を目指していただきたい。

2020年8月