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新井平伊・財団会長インタビュー
脳寿命を延ばすには〜一番の予防法は運動、旅行も効果

 認知症予防財団会長の新井平伊・アルツクリニック東京院長(順天堂大名誉教授)は、「脳寿命を延ばす」をテーマに2019年から最先端医療を駆使した認知症の予防や治療に取り組み、一連の活動をライフワークと位置づけている。このほど新井会長がそのライフワークに沿った新書「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文藝春秋、800円+税)を出版したのを機に、日々の実践について聞いた。

新井平伊・財団会長

 ーー「脳寿命を延ばす」というテーマは興味深いです。

 新井会長 平均寿命や健康寿命が延びているなか、がんや糖尿病などはそれなりに克服されてきているのに、なぜ認知症は増えているのかと出版社から質問を受けました。「脳寿命」に関しては今の医学も含めて対応できていないという観点から、背景を記してみようと考えたわけです。脳寿命を延ばす方法には二つあって、一つは阻害因子(認知症になる原因)を減らし、衰え、退化を防ぐこと、二つ目は(脳の一部機能が失われても、脳の正常な別の部位が肩代わりして機能を回復する)代償機構の働きを高めることです。代償機構を働かせることで脳の神経も機能を維持できますが、それには自分自身の「意欲」が大切で、土台となります。

 ーー著書の中でも、人間の精神活動の基本として「意」(意欲)「情」(感情)「知」(知能)を挙げたうえで、土台が「意」で、その上に「情」、一番上に「知」が乗っていると指摘しています。

 新井会長 意欲がなければ感情は動かず、知能を使う活動には結びつきません。正常な老化現象として一番起きやすいのは脳の前頭葉の萎縮です。前頭葉の萎縮で一番出てくるのは意欲の低下で、それは認知症でなくとも出てきます。興味、意欲のある人は楽しいことをどんどんやっていくけれど、そうでない人はなんとなく面倒くさくなり、楽しみを自ら感じられなくなります。テレビを見ることでも、テーマに興味を持って見ている人とぼーっと見ている人では違ってきます。意欲があるかないかで分かれてしまうのです。男性で退職後すぐ認知症になる人もいますが、こうした人は、在職中は脳の代償機構が仕事への意欲を持たせたり、役割意識を働かせたりしてカバーしていたのだと考えられます。

 認知症で言うと、前頭側頭型が典型です。意欲が低下して考え無精になり、質問しても何も考えずにいいかげんに答えてしまう。一方、アルツハイマー病は頭頂葉や側頭葉に病変が起きやすいのですが、前頭葉機能もかなり落ちます。だから意欲を失い、最初はうつ病と誤診されることもあります。レビー小体型も最初、うつ病とか自発性低下などの症状が出ます。だから予防にも意欲が一番大事。認知症薬のアリセプトは、意欲を活発にさせる作用もあります。副反応として怒りっぽくなることがありますが、意欲を上げるからこそ、自ら主張するようになるわけです。

 若い人でも、起業にせよ、労働にせよ意欲があるかないかで違ってくる。そして意欲を持って好きなことをすれば楽しい。そこで「情」が関わってきます。「好きこそ物の上手なれ」と言いますが、人より自分の方がうまくやれるから楽しい。逆に意欲があっても、自分の不得意なことをするのは楽しくない。「知」の衰えを予防する方法として漢字や計算のドリルをやれと言われても、不得意だったり苦痛だったりするならしない方がいい。意欲があっても楽しいことを選ばないと「情」を伴わないからです。楽しむことには意欲を高める相乗効果があり、神経細胞も活性化します。代償機構が働き、脳の健常な部分がどんどん機能するようになります。

 ーー生活習慣病、とりわけ糖尿病を最大の敵と指摘しています。

 新井会長 脳に最もよくないからです。(エネルギーであるブドウ糖を活用させる)インスリンへの反応が悪くなって神経細胞も糖をうまく吸収できなくなり、機能不全を起こします。また糖尿病が進行すると動脈硬化が進みます。血管が一番大事。血糖の濃度が高いままだと血管が傷つきます。動脈硬化は脳卒中や虚血性心疾患、合併症を引き起こします。脳血管が弱くなると血管性認知症のリスクが高まります。血管は酸素を全身のいろんな組織に適切に運びます。糖尿病をはじめとする生活習慣病は全身の動脈硬化を悪化させるので、ならないように気をつけることが認知症に対する最大の作戦となります。

 ーー主要な阻害因子としてお酒を挙げています。

 新井会長 外国では「少量の酒は有効」というデータが出ています。ただ、外国の場合、お酒を飲む人を飲まない人と比較している研究がほとんどなく、「大量に飲む人」と「少量に飲む人」を比べる規格が多い。すると「少量がいい」という結果が出るのですが、そこにトリックがあります。日本ではそこだけを取り入れ「少量の酒ならいい」と言われます。しかし、たばこより酒の方が脳に直接害をもたらします。もちろん社会生活に障害が起きていないなら飲んで構わないのですが、物忘れが気になったら節酒、できれば断酒することが望ましいです。

 ーー有効とされる予防法は何ですか。

 新井会長 運動が一番ですね。少し汗をかく程度の有酸素運動を週に3回、30分ずつくらい。軽すぎては意味がないと思われるかもしれませんが、きつくてやめてしまうことの方がもっと意味がありません。「継続」が大切です。有酸素運動をすると、アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβが脳にたまりづらいと言われていて、それは動物実験でも裏付けられています。阻害要因としては、睡眠不足もアミロイドβをたまりやすくすると指摘されています。深い睡眠がとれなくなる睡眠時無呼吸症候群を治すことは認知症予防にもとても大切です。

 脳にとって大切な意欲を維持するには楽しむことです。運動もゲームも楽しくなければ成果は上がりません。脳の一つの場所しか使わないゲームなどよりは、二つの作業を同時に行うデュアルタスクで脳は活性化します。プランを練り、行って楽しみ、帰ってから思い出を振り返ることができる旅行は効果をトリプルにします。

 ーーサプリメントには懐疑的ですね。

 新井会長 WHO(世界保健機関)も「エビデンス(確証)がない」と言っています。ビタミンB12の欠乏によってもの忘れが出てくることはありますが、それはアルツハイマー病ではないですから。アルツハイマー病は、特定の物質が欠乏しておきる症状ではなく、物質を補えばいいということはありません。ただ、サプリを取る人は、病気に負けない、予防するんだという意欲がある。意欲があるからサプリにも手を出す。そうした人は生活にも気をつけますしね。サプリの摂取による安心感が脳の「意」と「情」に作用することはあります。

 ーー2019年から東京駅近くに開設したクリニックで「健脳ドック」を始めています。アミロイドβの蓄積具合を微量な段階から鮮明な画像で見ることができるアミロイドPET検査をし、認知症を極めて早い時期から治療したり、予防したりすると聞いています。

 新井会長 順天堂大を定年で退職し、患者さんと家族から教わったものを最先端の医療でフィードバックしたいと考えました。脳ドックでMRI(磁気共鳴画像)検査を受けても、アルツハイマー病になりかけになった段階でないと分からない。脳ドックを受けて何年も異常なしと言われながら、私の外来に来て認知症と診断される人がいます。ここをどうにかしたいと考えました。アミロイドPETなら15〜20年前からある程度予兆を捉えられます。早い時期から認知症の予防に取り組んで発症を5年遅らせることができれば、社会に貢献できる80歳くらいまでの認知症の人を半分に減らすことができます。公的医療保険が適用されず60万円と高額なのが悩みですが、社会で重要な役割を背負っている人の認知症を予防できれば、医療で日本の経済を支えることもできます。そのことを最後のライフワークにしようと考えました。

2021年●月