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「認知機能検査からわかること その目的と認知症の進行予防に向けた活用」
松田修・上智大学総合人間科学部心理学科教授

 認知症の方の体験過程として、まずは脳の機能の低下が起き、少し遅れて認知機能の低下が起こります。一番代表的なのは記憶に関する問題ですが、他にも今までやっていたことがなかなか今まで通りできない、より努力が必要になったり、くたびれたりする、という体験が日常生活で起こってきます。その時、できていたことができなくなって自信を失う方、頑張ろうという気持ちが持てない方、「自分は役に立たなくなっているのでは」と思う方がおられます。こうした自己評価の変化が起こると、何かに挑戦しようという意欲も低下してしまいます。

日常の失敗減らす

 で、やれるはずのこともやらなくなると、活動性が全般に低下し、認知症の予防になるとされる活動にも距離を置き、結果的に脳の機能低下につながる。この悪循環がその方の幸福感も含めた日常生活の質を低下させます。さらに不安、心配事も出てくる。心配事を減らすのも日常生活をより活発にする上での非常に重要なポイント。少しでも日常生活の失敗を減らし、前向きに頑張ってみようと思っていただけるようにする、心配事の相談に乗り、日常生活の活動性を維持することができれば、認知症の進行予防につながると考えています。

 心理学的な検査には認知機能を調べる検査と、人格、情動、感情などを調べる検査があります。認知症やMCIの診断は認知機能、記憶、判断力、あとは言葉とか見て考える力を測定する検査が行われます。「刺激」を用意し、こう聞いたらどう答えるか、図形を描いていただき、作業のプロセスをしっかり見るなど、行動レベルをサンプリングし測定します。

 回答の内容や反応時間などいろんなものを測定、分析し、脳の状態を推定するのが心理検査の仕組みです。国際的尺度のMMSEが役立つのは認知症の有無の判断です。日常生活で何にどう困っているか、能力のどの側面が保持され、どの側面は低下しているかを調べるのに使うのが認知機能の多面的評価のための検査で、ウェクスラー知能検査などがあります。

 私は週に1度、物忘れ外来にいらした患者さんの検査を担当しています。行動のサンプルを取り、一定時間いろんな刺激にどんな反応をしたのかを見て心や認知機能の状態を推定します。心は脳の働きを反映しますので、次に心の状態の背景にある脳の状態を考えていきます。神経心理学的解釈と言い、病気の診断や鑑別診断などをするときに重要な視点です。

 もう一つ大事なのが、その方の心の状態が日常生活にどう影響しているかを理解し背景に何があるかを調べ、どうしていくか相談に乗る心理社会的解釈という視点になります。

 MMSEは正常、前頭葉の機能も年齢以上、周りも大丈夫と言うけれど、ちょっと忘れっぽくなっていると感じている患者さんを調べると、記憶だけは正常範囲を少し下回り、他の能力はよく保たれていました。私たちは保持されている機能と低下した機能を明確に分け、心の中でその方ご自身が感じている主観的な物忘れの体験や心配が生活にどう影響しているかを理解し、相談に乗って支え、少しでも前向きになっていただける心の状態を作ることができればと考えています。

 リハビリテーションというと失われた機能を回復していくものをイメージしがちですが、失われた能力を工夫や環境を変えることでカバーするのも大事な方略です。保持されている能力で活用可能な工夫を一緒に考えます。メモを書くだけだと忘れる方には、メモの置き場や見やすさなど、メモ自体に工夫をする能力の代償的なアプローチをします。スマートフォンのリマインド機能を活用し、記憶のミスをサポートできるようなことが拡大してきています。

心を支えるために

 最後は心を支えるアプローチ。いろんな工夫や認知症予防のプログラムに参加しようという気持ちになるためにも、今の状態をご自分で理解していただくことが最初の一歩になります。

 皆さんは私の話を一時的に脳内に保持し、ご自分の知識と結び付けて情報処理をしながら聞かれていると思います。こうしたワーキングメモリー、日付や場所、誰なのかを認識する見当識が下支えとなり、言葉、記憶、目で見る力、対人関係を理解する力、効率よく行う実行機能などによって、私たちは買い物とか調理などの日常生活をしています。

 ワーキングメモリーが衰えてきた方には、一度にたくさん伝えないこと。前もって言っても忘れることがあるので直前にも伝えることが必要です。注意が散漫になりがちなら、○○さんと声をかけ注意を向けてから情報を伝える。見当識が低下した方には、月単位のカレンダーでなく日めくりが圧倒的に分かりやすいです。

 場所の見当識が低下した方なら、馴染みの場所にその方の物を置き、自分とつながりのある場所であると気付く手がかりを用意します。人への見当識が衰えてきたら、自己紹介をし、名札をつけ、どういう立場であるかを分かってもらう。介護職の方などはそういう試みをし、その方の不安を減らすことが必要です。聞いて理解できるけど読んで理解できない方にメモはあまり役に立ちません。言葉でなく絵や写真の方がずっとわかるという方もおられます。

 記憶には、覚える記銘、覚えた情報を保つ保持、適切に思い出す想起があります。想起も、ただ思い出す「再生」はできなくとも手がかりがあれば思い出せる方もいれば、選択肢があれば思い出せる方もいます。

 社会的認知、相手の感情を読み取ったり、心を想像したりする力ですが、特に前頭側頭型認知症の方の中にはそういう力が衰える方がおられます。そういう方には、推論しなくても具体的に相手がどんな気持ちなのか、情報を見える化していく。ご家族も心が通じ合わずイライラしたり不安になったりしますので支えていきます。

 最後は実行機能です。目標を立て、計画を立てて実行し、監視して計画通りにいかない時は調整していく力です。特に軽度の認知症の方のなかには、いつもとあまり違わない行為なら問題なくできるのに、いつも通りにできないときに臨機応変に対応するのが難しい方がおられます。実行機能のどの部分が困っておられるのかを理解し、できるだけ慣れた方法でやっていただき、新しいやり方が必要な時はサポート、助言をしていくことが、日常生活での失敗を減らす大事な取り組みになります。

司会 心理検査の結果の解釈で気をつけるべきポイントは、との質問が届いています。

松田氏 正常な老化の物忘れの範囲かどうか、それと緊張し検査を嫌だなと思う方もおられます。その方がご自分の心配なことを明らかにするために一生懸命に取り組んでおられる様子もしっかり見ながら、数字だけじゃなく、どういうプロセスでこの結果に至ったのか、取り組み方や努力とか、終わった後の感想も聞き、あらゆる情報を加味して判断することがとても大事だと考えています。

司会 プライドの高い方に検査を受けることを納得いただける、よい方法はありますか。

松田氏 何のために必要なのか説明を十分にすれば、検査を拒否されたことはほとんどないです。なぜなら物忘れの兆候に最初に気づくのはご本人であり、一番心配しているのも、誰あろう、ご本人であることが多いからです。健康診断と言って、本人にうそをついて連れてくるのはやめましょう。「家族として本当に心配なんだ、一度診てもらってほしい」と素直に伝えてはどうでしょうか。

2024年4月