音楽制作に携わる人たちで今年1月に結成された「音楽と認知症全国ネットワーク」(代表・ないとうともあき氏)は5月12日、東京都国分寺市で初のイベント「音楽の力と認知症〜絵本の世界から〜」を開き、活動の一歩を踏み出した。音楽が医療や介護にもたらす可能性を探り、音楽を活用した認知症ケアの普及を図ることや、医療、介護現場の支援につなげていくことを目指している。
ないとう氏=内藤智晶さん(51)=は元々、レコード会社を経て音楽プロダクションを設立した音楽業界関係者だ。一方で祖母のことが大好きなおばあちゃん子で、またお年寄りと話すことが好きだったことから41歳の時に介護の世界に飛び込み、介護福祉士としてグループホームで働き始めた。
認知症の人たちと日々接する中、入浴嫌いのおばあちゃんがお気に入りだったエルビス・プレスリーの曲を流すと風呂に入るようになったり、落ち込んでいたおじいちゃんがフランク・シナトラを聞いた途端、歌い出して上機嫌になったりする様子を目の当たりにしてきた。「音楽は記憶や感情と深く結びついている」という専門家の指摘を身をもって実感し、広めていきたいと思うようになった。そしてやはり音楽業界出身で、高齢者ケアに関心を寄せる上岡裕氏に声をかけ、「全国ネットワーク」を発足させた。
ないとう氏は絵本作家の顔も持つ。「おもいでメガネ」は認知症の祖母と9歳の孫、よしおのひと夏のふれ合いを描いた作品だ。
祖母は夕方、裸足で外出してしまうようになった。不思議に思ったよしおが祖母のメガネをかけると情景が浮かんだ。若かった頃の祖母が、よしおを保育園まで迎えに行く姿だ。忙しい両親に代わり、いつも笑顔で来てくれた。「そうか、だからおばあちゃんは……」。よしおは祖母が夕方になると出かける理由に思い当たり、祖母の心に寄り添えるようになる。
グループホームでの仕事を通じ、ないとう氏は認知症の人の発言や行動が昔の思い出につながっていることを知った。ウクレレの音色を聞いただけで「心が落ち着く」と涙ぐむおばあちゃんは、かつて三味線が大好きだった。あるおばあちゃんは可愛がっていた愛犬の名を呼びながら、犬のぬいぐるみにおにぎりを与えていた。童謡「赤とんぼ」のメロディーに「あの頃に戻りたい」と涙目で訴えるおばあちゃんもいた。「おもいでメガネ」はこれらの実体験にヒントを得たという。
5月12日のイベントには約60人が集まった。ないとう氏は「おもいでメガネ」の読み聞かせ動画を流した後、施設での実話を「小話」として披露し「その人の人生を知ることで誰でも心に寄り添うことができる。思いやりと想像力、二つの武器を使って」と訴えた。
同日は認知症の人を対象に2018年から訪問診療をしている武蔵国分寺公園クリニックの福士元春院長と、診療に同行している音楽療法士の浅野佳子さんも登壇。ヒット曲「シクラメンのかほり」に表情を和ませるお年寄りの動画などを示しながら、音楽は集団で聴いてもらうより個別に思い出に関わる旋律を届ける方が効果は高く、音楽を提供する人は家族より介護職など第三者の方がいいと説明した。
同ネットワークでは、認知症の人と音楽にまつわる話を集め、広く共有することを考えている。大切な人との「音楽物語」をお持ちの方は、事務局のメール()へ。
2024年6月