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オンライン講座「いきいき健脳をつくる」/発症・進行遅延「できる」

 認知症予防財団と生涯健康社会推進機構は3月28日、無料のオンライン公開講座「いきいき健脳をつくる みんなで取り組む認知症予防」(毎日新聞社後援)を開いた。認知症研究の第一人者、新井平伊アルツクリニック東京院長(順天堂大名誉教授、認知症予防財団会長)や上智大総合人間科学部心理学科の松田修教授らが講演し、新井氏は認知症の予防、治療に関する最新情報、松田氏は認知症の人や家族に対する心理的サポートについて話した。

 「講演を聴いた人が安心して明日から頑張ろうという気持ちになってもらえたら」。講演をこう切り出した新井氏は、「そう言うのも認知症の予防が可能な時代になってきたから。それが今日のキーワード」と語った。

 新井氏は「認知症にならない人生のために、ということで話したい」としつつも、認知症を発症させない1次予防はまだ不完全と指摘。発症を遅らせる2次予防、進行を遅らせる3次予防が「現実に我々ができること」と説明した。その上で認知症の手前、軽度認知障害(MCI)など認知症の前段階で対策を始める重要性を強調し、はじめに薬を使わない予防法について、糖尿病など生活習慣病の治療と運動、睡眠が最重要だとした。物忘れが気になり始めた人はお酒を控えるよう勧めた。

 続いて薬物による予防法としては、一昨年と昨年、相次いで日本で承認されたアルツハイマー病の新薬、「レカネマブ」と「ドナネマブ」を挙げた。20年以上かかって脳内にたまるとされるアルツハイマー病の原因物質、アミロイドβたんぱくを除去する効果があり、新井氏は「発症を遅らせる2次予防の新薬」と紹介した。

 また自身のクリニックでレカネマブを半年投与し続けた25例の調査結果についても報告し、5例(20%)で脳の腫れや微小出血などの副作用がみられたという。その割合は薬の承認に向けた臨床試験時よりも高かったものの、大半は軽度だとした。半年投与後のアミロイドβ量の変化については「(画像で見ても)ハッキリ減っている」とし、将来は早い段階での使用によってアルツハイマー病の発症時期をずっと先に延ばすことも期待できる、と話した。

 松田氏は「認知症の人と家族の心を支える心理学的アプローチ」と題して講演した。認知機能が低下すると以前できていたことができなくなるなどして困惑することも多いが、認知症になった人も多くの能力を保持しているとし、周囲の支えを受け、個々の場面に応じてその能力を活用すれば生活機能の改善や維持は可能とした。

 具体例として、松田氏は「買わないものメモ」を考案したことを挙げた。ある方は買い物リストをメモにしていても、店頭では不安になり余計な物も買い込んでいた。そこで間違って買いそうなものを家族に聞くなどし、メモに「今日は買わなくてもよいもの」も記入することで本人の不安を軽減した事例を紹介した。また電話対応が難しい方には、よく電話をかけてくる人の名前を記した「選択式の伝言メモ」を用意したという。記憶力の低下した人が電話に出ても電話をかけてきた人の名前に丸を付ければ済み、家族も誰からの電話だったのか把握しやすい。本人の負担を軽くし、円滑な家族との情報共有を可能にする。

 公開講座については、当日視聴できなかった人向けに後日YouTubeで限定配信した。

 3月28日に開いた公開講座「いきいき健脳をつくる みんなで取り組む認知症予防」の講演要旨は次の通り

 「前段階」を早期発見 新井平伊・アルツクリニック東京院長

 認知症を引き起こす原因の疾患はたくさんありますが、怖いもの、怖くないもの、普通のものというふうに分けられます。怖いものは、脳腫瘍とかプリオン病、狂牛病ですね。怖くないものは内科的や脳外科的な疾患があります。これは早く見つけると治ります。

 普通のもので代表的なのがアルツハイマー病、そして血管性認知症とかレビー小体型などです。認知症の7割はアルツハイマー病です。世界中の研究者、臨床医はこのアルツハイマー病を克服したい、それが人類にとって一番大きな一歩になると考えています。

 以前は認知症を早く見つけようという時代でしたが、今は認知症になる前段階を早く見つけようということになっています。昔は「認知症」と「健常」の二つでした。それが今はその間に「軽度認知障害」(MCI)という状態と「主観的な認知機能低下」という二つの状態があることが分かってきました。この二つが前駆状態、認知症の前の状態です。

 認知症の場合は生活に支障を来たし、周りからも気づかれる状態です。例えば「電話が料理中にかかり、鍋を焦がしてしまった。認知症の初期ですか?」といった質問をよく受けますが、決してそうではありません。注意がやや散漫になってしまったということで、誰にも起こり得ます。ただこういうことが増えたとか、その程度ではなく友だちとの約束や会議をすっぽかすとか、日付とか計算(が苦手になった)とか、趣味をしなくなった、言葉が喋りづらくなった、歩きづらくなったなど困りごとの範囲が広がった、今までと何か違う、という変化があれば要注意ということになります。

 脳ドックを受けているから大丈夫と考えている人はいると思いますが、脳ドックは主にMRI(磁気共鳴画像)中心です。血管性の病変とか、脳動脈瘤はよく見つけられるようですが、アルツハイマー病などでは手遅れになる可能性があります。アルツハイマー病の場合、アミロイドβたんぱくという物質が20年以上前から脳の中にたまり、あとタウたんぱくという物質が巻き込まれて脳の神経細胞が正常に働かなくなります。すると脳の萎縮が始まり、物忘れの検査などで異常が出てきます。

 進行はこういう段階を踏むのですが、通常のMRIで分かるのは脳の萎縮なので、発症直前でしか分からないんです。(脳の画像を説明しながら)脳ドックで正常と言われた方が、アミロイドPET(陽電子放射断層撮影)検査を受けると、アミロイドがたまり始めていたことがわかった、という例です。これまではアルツハイマー病を早く見つけよう、早期発見、早期治療と言われてきたのですが、今は早期予見、早期予防がキーワードになってきたわけです。

 認知症予防には発症させないという1次予防だけでなく、発症を遅らせる2次予防、進行を遅らせる3次予防があり、1次予防は完全にはいかないのが現実。2次、3次予防が現実に我々ができることです。薬を使わない方法としては、生活習慣病、高血圧とかコレステロールとか、糖尿病などをきちっと治療する、聴力、視力の低下は改善しておくことが大事です。それから運動、睡眠が一番大事。物忘れが気になり始めた時にはお酒は悪影響を及ぼすので、控えた方がいいと思います。

 計算ドリルなどに取り組んでいる方もいるでしょうが、それよりは囲碁、将棋、マージャンなど人と楽しむゲームの方が、推理し、判断して実行するという前頭葉機能を活性化しますのでお勧めです。日々の生活の中で楽しんでやるというのが一番大事です。最新の論文によると、聴力低下、うつ、運動不足、老年期の孤立、視力低下などへの対策をすると、認知症を半分くらいに減らせるという推論も出ています。MCI段階で対策をすると、健常に回復する人は20%くらいいて、前段階の時にいかに対策をとるかが重要です。

 新薬の効果に期待

 そして薬による予防では、発症を遅らせる2次予防の新薬が出ました。従来の薬と違い、今後の治療は脳のアミロイドβを減らす薬による根本的なものになってきます。一昨年、最初に承認されたのが「レカネマブ」です。2週間に1回の点滴で、MCIと軽いアルツハイマー病の人が対象です。2~3年、発症や認知機能の低下を遅らせると推計されています。

 副作用として脳内の微小出血、脳浮腫が起きる可能性があります。我々のクリニックで、半年使い続けた25例の副作用をチェックしました。発熱が7例(28%)、MRIで異常が見られた方は5例(20%)です。承認前の日本人対象の臨床試験よりは少し副作用が多く、注意深く使う必要もあると思います。ただ、MRIの異常所見は軽い人がほとんどです。

 昨年は「ドナネマブ」という薬も出ました。点滴が月に1回でよくより使いやすくなっています。レカネマブとは臨床試験の対象者が違い、データの比較にはあまり意味はないですが、やはり発熱、MRI上の異常は出ています。

 我々のクリニックでは(新薬で)本当にアミロイドが減っているのかも確認しました。点滴治療をすると、(画像で)見た目もハッキリ減っているのが分かります。

 (グラフを示しながら)何も治療をしないと、(右肩下がりで認知機能低下が)進みます。従来の薬も1年弱で効果がなくなります。その点、新薬は軽い段階で使って効果が持続(認知機能は緩やかに低下)するのが特徴です。将来早い段階で使うと、発症させない時期がずっと延びるのではということも期待できます。発症を5年遅らせることができると、65~80歳のバリバリ元気でやっていただける世代の方の認知症を半減できることが期待できます。

 視聴者との質疑応答

 --新薬を投与された患者本人は効果を実感できますか。

 新井氏 進行を遅らせる薬ですので本人が実感できるほどの効果はないですが、友人や家族から「明るくなった」「会話に参加するようになった」と変化を指摘されることはあるようです。ただしご家族の対応など環境要因もありますので、注意して評価を下さなくてはいけないと思っています。

 --アミロイドPET検査の費用はどのくらいかかりますか。

 新井氏 MCIや軽い段階のアルツハイマー病といった条件はありますが、一昨年の12月から保険で受けられるようになりました。75歳で1割負担の方ですと、自己負担が2万4000円です。3割負担の方はその3倍、7万2000円です。別に初・再診料などはかかります。

 欠かせぬ心理支援 松田修・上智大学教授

 認知機能の低下が生じた後も、適切な支援や工夫によって自分らしく生活を続けることが可能で、そのための研究と実践を進めています。認知機能の低下は日常生活に影響を及ぼし、今までできていたことが困難になります。まずはこの一次障害の治療やケアが重要ですが、同時に心理的サポートも欠かせません。

 本人は自身の変化に気づき、不安や違和感を抱きます。できないことが増えることで自信を失い、怒りや諦めを感じることもあります。これに対して家族や周囲の人々も支援の仕方を模索し、本人の思いを尊重しつつ安全を確保する方法に悩んでいます。認知症に対する偏見や先入観は根強く、認知症の人は「何もできない」と思われがちですが、実際には多くの能力を保持している場合が多くあります。

 初期段階では多くの能力が残されており、本人の意欲や自立を支援することが重要です。しかし、周囲の過度な保護や社会的な偏見が本人の行動に影響を与え、活動機会が減ることで認知機能の低下が進行します。この悪循環を断ち切るためには、正確なアセスメントを行い、本人ができることを見極めた上で適切な支援を提供する必要があります。

 そのためのアプローチとして「認知リハビリテーション」や「神経心理学的リハビリテーション」があり、これらは本人の生活機能の維持・向上を目的としています。認知機能の回復よりも、低下とうまく付き合いながらよりよい生活を送ることを目指しています。この取り組みは、認知症の3次予防にもつながるものです。

 個々の能力や生活環境に応じた支援が求められるため、支援はテーラーメイドであるべきです。例えば、一人暮らしの人と家族と同居している人、仕事を続けている人とそうでない人では、必要な支援の形が異なります。また、本人の意思や希望を尊重しながら、どのような支援が最適かを考えることが重要です。

 具体的には、まず認知機能の正確なアセスメントを行い、現在の生活機能を評価します。その上で現実的な目標を設定し、段階的に達成を目指します。例えば、若年で発症した場合、以前と同じ仕事を完全にこなすことは難しいかもしれませんが、できる範囲で役割を見つけることは可能です。こうした心の折り合いをつけながら、本人が主体的に生きることを支援することが認知リハビリテーションの目的です。

 認知機能の低下が進んだ際には、現実的な目標を設定し、それに向けて最大限の能力を発揮できるよう支援することが重要です。心理的な葛藤と向き合いながら、本人や家族と一緒に適切な目標を設定するところが心理的サポートを含む認知リハビリテーションの重要なポイントです。新しいスキルを獲得する必要がある場合にはトレーニングを行い、実際に実行してもらいます。その後効果を評価し、フィードバックを通じて改善を重ねる。このプロセスを繰り返しながら、日常生活での失敗を減らすことを目指し、本人・家族・ケアスタッフと協力しながら取り組みます。

 私が担当している東京都立松沢病院の物忘れ外来では、認知症のスクリーニング検査を行い、認知機能の状態を把握します。具体的には、MMSEやコグニスタットなどの検査を用い、見当識、注意、言語理解、空間認識、記憶、計算、抽象的思考、社会的判断の能力を評価します。検査結果を基に、患者の困りごとを解決するための工夫や対応策を提案します。

 また認知機能の低下が日常生活に及ぼす影響を考慮し、適切な支援策を講じます。金銭管理能力の低下には見当識や数的処理能力の低下が関係しているため、それらを補う方法を考えます。

 メモで不安を軽減

 具体的な支援策の一例として、「買わないものメモ」を考えました。ある患者は、買い物の際に必要なものをメモしても、店頭で商品を見たときに不安になり、余計なものまで購入してしまう問題を抱えていました。そこで、「今日これは買わなくてよい」と記載し、家族が確認したことを示すメモを作成することで、買い物の不安を軽減し、適切な購買行動を促す工夫をしました。

 「選択式の伝言メモ」は、電話対応が困難な方向けに考案したものです。よく電話がかかってくる相手の名前をリスト化し、電話があった際に丸を付けるだけで情報を伝達できるようにしています。ご本人のワーキングメモリの負荷を軽減し、家族との情報共有を円滑にする仕組みです。

 このように、認知リハビリテーションは単に機能回復を目指すのではなく、患者の心理的側面を考慮しながら、現実的な目標を設定し、具体的な支援策を講じることが重要です。服薬管理の支援についての事例です。ある患者は日中一人で過ごし、薬の管理を自分で行いたいと希望していました。しかし、服薬管理ボックスを使用しても、服薬の有無を確認できず不安になることがありました。そこで、薬の殻をゴミ箱に捨てず、一箇所にまとめる方法を提案しました。この方法により、患者自身が飲んだかどうかを視覚的に確認できるようになり、不安を軽減できました。

 次に、予定管理の支援についての事例です。ある方はカレンダーにびっしり予定を書き込んでいましたが、見当識障害や視空間認知能力の低下により、今日の日付を特定することが難しく、カレンダーをうまく活用できていませんでした。そこで、情報をシンプルにするために、日めくりカレンダーを使用し、大事な予定だけを書き込むようにしました。この工夫により、この方は自己管理をしやすくなりました。時間になったらこのカレンダーに気づけるように、アラームと組み合わせることも有効です。

 物の置き場所の管理に関する支援では、ご本人が必要なものをあちこちに置いてしまうことが多いため、「メモリートレイ」を設置し、決まった場所に物を置く習慣をつける方法を提案しました。ご家族には、物が所定の場所になかった場合に責めるのではなく、そっと元に戻すことで、ご本人が混乱せずに生活できる環境を整えるよう伝えました。

 スマートフォンやパソコンのリマインダー機能、カレンダーアプリ、写真やSNSなどデジタル技術を活用することで、記憶の負担を軽減し、自己管理能力を高めることができます。買い物リストの管理では、冷蔵庫の中の写真を撮影することで、必要なものを把握しやすくなります。

 質疑応答

 --(母が)鍵や財布など外出に必要なものが毎回どこにあるか分からなくなり、決まった所にしまおうね、と言ってもできません。外出機会も減って心配です。

 松田氏 物の置き場所を決めておくような習慣をつけると物忘れが起こってもうまくいくようだよ、などとお伝えいただきながら、ご家族が最初は一緒にやってみる中で、「確かに楽だわ」って思っていただけると、成功体験が次の意欲につながることがあります。「自分で管理しようね」「同じ場所に置こうね」ではなく、具体的にどうするかという例を提供するとうまくいくかもしれません。

2025年6月