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認知症不明者の家族悩み共有/NPO「いしだたみ」発足1年

坂本さんと愛子さん

 NPO法人「いしだたみ・認知症行方不明者家族等の支え合いの会」(長崎市)が昨年8月の発足から1年を迎えた。父の坂本秀夫さん(75)が2年半近く行方不明のままとなっている江東愛子さん(47)が、同じ境遇にある家族と不安を共有したり支え合ったりするために立ち上げた団体だ。

 長崎市の洋食店オーナーだった秀夫さんは、短気で厳しくも家族を大切にする人だという。2012年に若年性のアルツハイマー病と診断された後も6年間シェフを務めた。症状の進行も緩やかで行方不明になる直前ですら兆しはなく、家族から頼まれた買い物もこなしていた。

 家族の穏やかな日々が急転したのは23年4月16日。よく晴れた日曜の午後だった。いつものように散歩に出た秀夫さんが夕方になっても戻らない。身を案じた妻の悦子さん(77)が携帯電話を鳴らすと、荒らげた声で「今帰ってきよる!」と返事があった。いつもの秀夫さんなら、優しく今いる場所を伝えてくる。それが3回かけ直しても同じやりとりが続き、その後電話は通じなくなった。

 親族総出で、警察や消防団、近隣の人の協力も得て秀夫さんが行きそうな所を夜通し捜した。ただその時も江東さんは「翌朝には見つかるだろう」と思っていた。ところが3日過ぎても父は見つからず、警察からは大規模捜索の打ち切りを伝えられた。

 秀夫さんは坂の街、長崎特有の石段も難なく歩けたし、自分の名前も住所も言えた。「道に迷うなどの兆候があれば備えもしていたんですけど。母とも『もう少し先かな』と話していました」と江東さんは言う。父が行方不明になるなど思いもよらず、実際にいなくなった時は何をしたらいいのか分からずに不安ばかりが募った。

 最初は各地の自治会に協力を求めようにも、誰が自治会長なのか分からなかった。長崎市には行方不明になった認知症の人の情報を配信できる「SOSネットワーク」がある。なのに存在さえ知らず、登録できた時は既に行方不明から3日たっていた。このシステムで県外にも配信できると知ったのは半年後のことだ。「認知症について真剣に考えていなかった」。そう後悔する江東さんは、他の人にはいざという時の備えをしてもらいたいと強く感じている。

 一方で、江東さんはSNSを通して出会った同じ境遇の家族からの励ましに勇気をもらった。行方不明の家族を抱える人たちとつながり、自分たちの初動の失敗や経験を伝えることで悩みを和らげたいという思いを抱いた。そして昨年8月、行方不明者の家族や支援者など全国の11人でNPO法人「いしだたみ」を発足させた。

 「いしだたみ」は父の洋食店の名前から取った。江東さんたちは早い段階からやるべきこと、実際に行方不明になった時にできることを講演などで広めている。家族が行方不明になった多くの人から「他の家族の話を聞ける機会はなかった」と感謝されている。

 この1年間の活動を通じ、行政の側も家族が何を望んでいるのか把握できていないことを知った。また、父を捜し続ける中で「施設で保護されていないか」とのいちるの望みに懸けて数件の施設に問い合わせたが、個人情報保護の観点から何も答えてもらえなかった。江東さんは行政との連携強化とともに「施設に保護されている人を捜せる突破口を見つける活動もしていきたい」と抱負を語っている。

2025年8月