東京都板橋区にある、お年寄りなどが働く軽作業の受託会社「ちょこっとワーク」で東京都健康長寿医療センターによる調査研究が進んでいる。研究を主導する同センターの岡村毅医師らの目的は認知症のある人も望めば働くことができ、仕事を通じて自信を取り戻すことによって生活の質(QOL)が高まるのを実証することだ。
「ちょこっとワーク」は広大な敷地に古い集合住宅が建ち並ぶ高島平団地の一角にある。高齢者、心身に障害のある人、子育て優先で働きたい人ら約160人が働き手として登録している。日々数十人の人たちが雑誌の封入や宛名のシール貼りなどにあたり、仕事を終えた人たちは広間で食事をしながらにこやかにおしゃべりしている。
設立は2020年7月。それまでIT企業を共同経営していた高野剛さん(53)が一念発起して起業した。きっかけは叔父の孤独死や、入居先の施設ですることがなく一日時計を見つめていた義父の姿を目にしたことだった。「叔父はあまりにも寂しい最期でした。義父はただ死のお迎えを待っているように見えて怖くなった。こうした人たちが誰かと出会える『居場所』が必要だと考えたのです」と高野さんは振り返る。
こだわったのは公的な助成に頼らず、株式会社として成り立たせること。公金頼みでは持続可能性に欠けると考えたからだ。とはいえ、最優先は利益でなく高齢者らの居場所づくり。原則応募してきた人はすべて受け入れ、能力による選別はしない。話しながらの作業もOK、途中で帰ってもいいし、連絡なしに休んでも構わない。生産性を求めずより多様な人が参加できるよう、雇用契約ではなく業務委託の形をとって歩合で賃金を払っている。
こうした高野さんの志は行政の目にも留まり、板橋区がセットした会合で高野さんと岡村医師は出会う。認知症共生社会づくりを研究している岡村医師はちょこっとワークを「認知症のある人も働ける場」と確信し、高野さんに共同研究を持ちかけた。そして23年度、国の助成事業に採択され、働き手への聞き取りから調査を始めた。「賃金を得て自分の価値に気づき自信を回復した」「人と接し、社会に関わることができる」といった声が相次いだという。
2年目の24年度は若年性アルツハイマー病の60代男性、認知症のある80代女性、軽度認知障害(MCI)の80代女性に今年1月から3月まで働いてもらい、働き始める前と後の心身の変化を調べた。直近の2週間に関し「明るく楽しい気分だったか」「意欲的で活動的だったか」など5項目の問い(各5点満点、計25点満点)に答えてもらう手法で調査したところ、全員得点が4〜6割アップし、満点近くになった人もいた。家族のうつや介護負担も軽減していた。
仕事を通じて自信を取り戻し、家族に対する負い目も軽くなった人は少なくないようだ。調査に参加した60代の男性は、「今までいつも下を向いて歩いてきました。でもちょこっとワークに来始めてから上を向くようになったと感じます。今の自分でもできることに目を向けられるようになり自信がつきました」と語ったという。
4月に始まった25年度の調査は現在進行中だ。計40人を無作為に働く人と働かないで待機する人に分け、両者の違いを検証する。待機する人もその後は働いてもらう。岡村医師は「本当は働けるし、働きたくてたまらないのに、働く場がなく福祉サービスを受けている人がいるなら本人にとって不幸だし、社会のコストにもなる。『認知症の人が働ける』という明確なエビデンス(証拠)はなく、それを実証したい」と話す。
高野さんは「いずれ働けなくなる人も、ここで作った思い出と人のつながりによって豊かに過ごせる状況を作っていきたい」と将来にも目を向ける。ただ、ちょこっとワークは創業以来赤字続き。昨年出身元のIT企業から出資を得て黒字化のメドは立ちつつあるものの、応募者数に見合う仕事量は確保できていない。今は働き手の新規募集の停止を余儀なくされており、仕事の受注増に向けた他企業との連携が課題という。
2025年10月