■反復で記憶定着
今日は軽度認知障害(MCI)、いわゆる認知症の予備軍となっている人でもそこからUターンはできる、どうしたらUターンできるかという話をしたい。
まず記憶については、繰り返すこと、1回やるより2回やる方が効果は大きい。大事なことは1回に1時間かけて一生懸命覚えるより、分割して5分、1時間たったらまた5分、と繰り返すのが大切だと思ってほしい。
1回覚える、しばらくして忘れる、を繰り返すのが人間。だんだん記憶は落ちていくにしても、繰り返すと記憶の下がり方が軽くなってくる。そしていつのまにか完璧になり、しばらくたっても忘れなくなる。若かろうが年だろうがそれは同じ。
声に出して読む、大切なことは書いてみる、口に出して言う、指をさして言うなど、他の方法を一緒にすることによって記憶は頭の中に刻まれる。
絵とかをイメージした方がいい。リンゴ、星を覚えておくなら絵を自分の中に描いてみる、言葉でリンゴ、星と覚えるより記憶にとどまりやすい。私たちは聞く、見る、匂う、味わうなど五感を備えているが、人間の情報の8割は目から。その次は耳とその他で2割。目で見てイメージしておくと記憶に止まりやすいのは当然と言えば当然。
私は「メモするといい」と言っているが、患者さんに「何の紙を使っていますか」と聞くと、「広告の裏とか」と言われる。これは駄目。チラシは無くなるので。1冊、適当な手帳を決めて、首からぶら下げておく。困ったなあ、というとき、それを見ればいい。
1万人の患者さんを診てきて、認知症で重症になっても自分の予定を忘れない人が2人だけいた。新聞社の重役さんと出版社の社長さんだった方。この人たちはメモを取ることが習慣になっていて、診察室でも手帳を出して、「この後の予定は◎◎です」とおっしゃる。メモをすることで記憶が駄目になっても大丈夫ということを言いたい。
■前頭葉を鍛える
次に、前頭葉、脳の司令部について。集中する、意欲、こうした能力をつかさどっている。前頭葉は20年ほど前から鍛えられることが分かってきた。鍛えるには有酸素運動がいい。持久力系の運動をすると前頭葉の活性化が起こって集中力、意欲が向上することが分かってきた。残念ながら記憶そのものは上がらないが、集中力、意欲が上がり、「よし覚えるぞ」と思った瞬間に記憶はしっかり刻まれる。やってみる価値は十分ある。
前頭葉に関係する有酸素運動、早歩きなどがいいと言われるが、もう一つは「ながら」。ウオーキングをしながら計算をするとか。体を使いながら頭も使う、同時に二つをすることは、注意を分けたり、集中力を維持したりすることに不可欠。いわゆるデュアルタスク、これはおすすめする。
年をとると集中力とともに意欲がなくなる。目的がなくなる。患者さんに「私は食事と寝ること以外面倒くさい」という人がいたが、極端になるとそれくらいになる。
次に注意力。「作動記憶」という言葉があり、例えば「私の電話番号覚えて」と言われて数字を言われても「無理、覚えられない」となる。しかし、一瞬だけ、10秒すれば忘れるけど、その一瞬だけ覚えておくことを作動記憶という。注意力、集中力そのもので、前頭葉には大事なことだ。前頭葉の中でも前頭前野、額の部分、ここは重要。有酸素運動、デュアルタスクによって鍛えられる。
有酸素運動のほかにもう一ついいのは瞑想(めいそう)。瞑想、マインドフルネスなどいろいろあるが、共通点は呼吸法。息を2秒で吸って6秒で吐く。そうすると横隔膜といって副交感神経をつかさどっているところが刺激され、集中力が高まる。
有酸素運動に関しては、従来は早歩きが一押しだった。それ以外には水中ウオーク、縄跳び、サイクリングなど、これなら膝の悪い人もできる。こうした運動は動的なもの、一方で瞑想などは静的なもの。両輪あった方がいい。
記憶そのものは残念ながら鍛えられない。だが、集中力を鍛えて脳にインプットすることはできる。デュアルタスク、「ながら」は前頭葉に効果をもたらす。
■「動静」組み合わせ
もう一つ最近重要と言われているのは片足立ち。左右30秒ずつ。転ぶと危ないので、机のすぐ横でやるといい。バランスをとれるようになり、転ばなくて済むようになる。高齢になって転ぶと、寝たきり、失禁、認知機能低下……の悪循環が始まる。片足立ちで筋力を鍛え、バランス感覚をつくるのは頭にも体にもいい。いずれにせよ動的なものと静的なものを組み合わせるのが効果がより大きいようだ。
認知症になると、自宅に帰ってこられなくなって警察のお世話になるということがある。私たちは方向感覚を備えていて、それは頭頂葉といって頭のてっぺん部分がナビをしている。「あそこにタワーが見えるから俺の家はこの辺だ」などと頭の中に地図を描いて、実際の風景を見ながら自分で自分をナビしている。だから脳卒中とかで頭のてっぺんをやられると、200メートルしか離れていない自分の家に帰れないなんてことにもなる。
小学校にお子さんが入られるときに、家から学校までの簡単な地図を描いたりするが、地図を描くのはいいこと。でも難しい。今のご自宅の間取り、一階の間取りを描いてみて。帰ってから、子どものころに住んでいた家の間取りも描いてみて。もっと難しい。
次に、自制心。高齢になると寂しい反動で怒りっぽくなる。認知症が始まったのではと言われるが、大抵そうではない。簡単に言うと、特に男の場合、誇り高き思いに対する敬意、リスペクトが足らない、ばかにするな、とすぐに思うようになる。自分のやりかたを否定されると怒りが爆発する。私の知っている先生によると、高齢者が怒りがちな原因は自分ができないことが増えていく、その現実を受け入れられないことにある。感情のコントロールをするのに作法として覚えておくといいのは、人の格好悪い場面を見て、「俺はやっちゃいかんな」と思うこと。
■段階的に習慣化
最後になるが、意思の力。人間の習慣というのは、連続していると勝手にできてしまう。人間はできるだけ楽をしようとする。なぜ習慣ができるか、覚醒剤中毒は悪いと分かっていても癖になる。それは脳に回路ができてしまうから。だから逆にいいことだって同じ。人間はややこしいことをややこしいと思わずやれるように習慣というものをつくった。人間には体内時計がある。例えば3時に散歩する習慣をつけると、自然に体内時計が動く。
いきなり難しい目標は立てないこと。ジョギングを始めるにしても、1日目は走らないでここは歩こうとか、コースを見るだけとかでもいい。そして次の日は歩く、その次の日にはちょっと走ってみる、と段階的に。これは習慣をつくるコツ。
一度に習慣を二つも三つも作ろうとしないこと。丸っきりやらないでいると、習慣は途切れてしまう。続けるには、1000メートル歩こうとしているなら、300メートルだけでもいいから歩いてみる、スーパーに行くから遠回りしていくとか、目標の半分でも3分の1でもやっておく、そうすると続けられる。
もう一つ、大切なこと、やるべきことを書き出しておき、やったら済んだ、と確認すること、これ重要。今日は忙しい、という時、何が忙しいのか朝に三つ四つ書き出し、「済」になったら「これできた」と征服感が生まれる。そして「三つまで来たぞ。もうちょっとだ」となって、やる気が起こる。
コーヒーを飲む習慣がある人、これを飲んだらその後に歩きに行こうと決めるといい。元々コーヒーを飲む習慣は定着しているわけだから、その後に新しい習慣をやるようにすれば続けやすい。あとは仲間を見つけること。1人では三日坊主になってしまう。
最後にライトハイクについて触れると、まずみんなと一緒にやれるのがいい。言語機能を脳内でフル回転させることも。あとサプライズ、できあがる作品が思いもかけないものになる。日本語を味わうことで、知的な訓練になる。
2025年12月