42歳の時に脳梗塞から失語症になったフリーアナウンサー、沼尾ひろ子さんは文章を声に出して読む「音読」によって言葉を取り戻した。病を克服後、発話トレーニングなどの普及に取り組んでいる沼尾さんは認知症予防のための「音読体操」を編み出した。昨年には体操に合わせた楽曲「おんどくドクドク」の配信も始まった。
「ぴーぱっぱ」「じーざっざ」といった舌や顔の筋肉を動かす発音、声を出すための呼吸法や五十音別の言葉遊び、「怪人二十面相」などの登場人物をまねる「なりきり朗読」……。音読体操のさまざまなメニューはいずれも沼尾さんが自身の復帰のカギとなった音読や朗読から着想したものだ。
「私、しゃべり出したら止まらないでしょ」。そう笑い、今でこそ流れるように言葉を紡ぐ沼尾さんだが、2006年の発症から半年ほどは仕事の糧でもある声を失った絶望に捕らわれ栃木県の実家に閉じこもっていたという。
発症直前の沼尾さんは、キー局の情報番組など生放送のレギュラーを4本持つ多忙な身だった。本番中、ニュース原稿を読みながら誤りに気づいて修正できる機転にスタッフの信頼も厚く、沼尾さんも仕事に誇りを持っていた。それがやっと取れた週末の休日、実家に車で向かっているさなかの頭痛から異変は始まった。
週明け、治らないまま東京に戻り、たまらず頭痛外来に飛び込むと別の病院での検査を言われた。向かった病院では1週間の入院を指示され、仕事を気にしながらも「1週間なら夏休み名目で休める」と入院した。すると5日目の深夜に激しい頭痛に襲われ、3日間意識を失った。
目覚めると、ベッドは親族に囲まれ、看護師が「おなまえは?」と幼児に聞くように尋ねてきた。ムッとしたのもつかの間、自分の名前が分からない。リストバンドに記された氏名の文字も理解できなかった。
原因は脳の左側頭葉の8センチ大の梗塞だった。「早く退院しなきゃ」「番組はどうなっているの」。言いたいことは頭にあるのに、伝えたい内容を言葉にできない。孤独と不安にさいなまれるうち、リハビリ計画書に「失語症」と記されていることを偶然知り、「死ねばよかった」と考えるまでに追い詰められた。退院後、沼尾さんは文字を見るのも人に会うのもイヤになったといい、「リハビリも投げ出して一日中実家の庭の金魚を見ていました」と振り返る。
立ち直ったきっかけは、母が地域の朗読サークルに誘ってくれたことだった。出し物は「フランダースの犬」。渋々会場に向かうと、配役の1人が来れず代役を頼まれた。一度は断ったものの、ガッカリする皆の姿にいたたまれなくなり引き受けた。初の生放送の時より緊張を感じつつ発声すると、第一声はきれいに響いた。
涙が止まらなかった。声を出し「ありがとう」と言われるのが嬉しくてアナウンサーをしていたことを思い出し、本気で復帰に向けたリハビリを始めた。家族や言語聴覚士、「プロとして戻ってこい」と励ましてくれた番組スタッフらが心の支えとなり。半年で全番組への復帰を果たした。
それからは音読を活用した失語症の方や家族の支援をスタートさせた。文字を見て内容を理解し、声に出し、自分の耳で聞く音読は複数の認知機能を使う。認知症予防にもつながると気づき、広めるために考案したのが音読体操だ。なかでもテツandトモが顔の表情豊かに歌う「おんどくドクドク」は、高齢者向けにありがちな童謡調ではなく、50代以降に馴染みのあるディスコ調の楽曲となっていて、音楽配信サイトでだれでも聴くことができる。
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音読体操に対しては、医師も「音読は脳をフル回転させる理想的な知的エクササイズとして認知症予防への効果が期待される」(辰巳寛・愛知学院大健康科学部教授)「『おんどくドクドク』が多くの方の認知症予防に寄与することを期待する」(長田乾・横浜市認知症疾患医療センター長)と推薦の言葉を寄せている。
音読体操の普及に向け沼尾さんは「もっと表に出ていきたい」と意欲を見せる。指導者を認定する制度の創設など、体操を広めるための構想を温めている。
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2026年2月25日