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オンライン公開講座「いきいき健脳をつくる」/「以前との変化」がカギ

 認知症予防財団と生涯健康社会推進機構は3月27日、無料のオンライン公開講座「いきいき健脳をつくる」(毎日新聞社後援、事務局・一般社団法人ウェルネス総合研究所)を開いた。「みなさんのご質問にすべてお答えします」と題して認知症研究の第一人者、新井平伊アルツクリニック東京院長(順天堂大名誉教授、認知症予防財団会長)が視聴者の認知症に関する質問に順次答え、まとめとして「早期予見・早期予防」をキーワードに挙げた。また認知症専門鍼灸(しんきゅう)師の佐川聖子氏が「もの忘れ対策に役立つ鍼(はり)施術とつぼケア」と題して講演した。

 質問は事前に募集し、計26問が寄せられた。認知症の予防・進行抑制の観点から食事面で気をつけるべき点など生活に関わることから、病院の選び方、妄想や暴言などのBPSD(認知症の行動・心理症状)への接し方といった治療・ケアに関するもの、更に異常たんぱく「アミロイドβ(Aβ)」をアルツハイマー病の原因物質とするAβ仮説の信ぴょう性など、専門的な問いもあった。

 「どのような症状が出たら病院に行けばよいですか」との質問に対し、新井氏は「画一的な基準はない」としたうえで、「大切なのは『以前との変化』」と強調。仕事、家事などのできばえが「前と違うな」と感じた場合に専門外来を訪れることを勧めた。もの忘れに関しても「以前より増えた」という変化が重要なサインだとし、もの忘れに加えて日付や場所がはっきりしなくなった、判断力が低下した、といった複数の症状が出てきたら要注意と指摘した。

 Aβ仮説に対しては論文の捏造(ねつぞう)発覚などもあり、一部の専門家からは疑義も示されているが、新井氏は「Aβがアルツハイマー病に重要な役割を果たしていることは確かだ」と仮説を支持した。ただ、Aβが脳内に蓄積するメカニズムが解明されていない点に触れ「それが判明しない限り、完全解明には至らない」と語った。更にヘルペスウイルスと認知症の関連が言われるなか、帯状疱疹の予防接種は認知症予防に役立つかとの質問には「疫学研究により効果的という流れになっている」と回答し、後遺症のある帯状疱疹(ほうしん)そのものを防ぐ意味からも予防接種を推奨した。

 最後に新井氏は「早期発見・早期治療」という従来の認知症対策について「大きく変わっている」とし、「予備軍の段階で気づき、予防的に介入する早期予見・早期予防」が今の主流だと報告した。

 新井氏に続いて登壇した佐川氏は認知症手前のMCI(軽度認知障害)の段階では改善の可能性があると説明し、生活習慣の改善など四つの進行予防法の一つとしてツボケアによる脳刺激を挙げた。

 ツボに刺激を与えると信号が脳に伝わり、内臓機能や脳への血流、代謝が活性化されるという。その中でも佐川氏は全身を上、中、下の3部位に分け、各部位の臓腑(ぞうふ)機能を高める「三焦鍼法(さんしょうしんぽう)を特に活用していると伝え、頭頂部の4点、「四神聡」(ししんそう)を刺激するものなど、自分1人でも指押しでできる三つのツボへのケア方法を実演した。

 三焦鍼法に関しては、週1回の施術で認知機能を測るスコアがアップしたケースなど複数の改善例が報告されているという。佐川氏は「体を整えることで脳が本来持っている力を引き出した積み重ねの結果」だと話し、「今日の小さな手当てが明日の希望につながる」と訴えた。

「いきいき健脳をつくる」質問と回答

 3月27日の公開講座「いきいき健脳をつくる」に寄せられた質問と新井平伊氏(アルツクリニック東京院長)の回答、佐川聖子氏(認知症専門鍼灸師)の話は次の通り。

アルツクリニック東京院長 新井平伊氏

講演中の新井氏

社会的活動を

  家族がアルツハイマー型と血管型の併発認知症です。進行を遅らせる方法はありますか?

  家の中に閉じこもらず、本人が好きだった食事や場所に出かけるなど社会的な活動を一緒に行うことが大切です。適切な薬の服用、夜の睡眠をしっかり取るといった基本的な生活習慣の維持も、進行を遅らせることにつながります。

  外食や冷凍食品が多い生活です。食事面で気をつけることはありますか?

  「これを食べれば良い」という特定の食品はありません。大切なのはバランスの良い食事。高血圧、糖尿病、高脂血症、腎臓病などの生活習慣病を悪化させない食事を心がけることが認知症の予防・進行抑制にもつながります。

  物忘れが深刻になってきました。何科を受診すればいいですか?

  診療科(脳外科・精神科・脳神経内科など)で選ぶのではなく、病院内の「物忘れ専門外来」を受診するのが最善です。また、各都道府県にある「認知症疾患医療センター」を利用するか、かかりつけ医に地域の専門医を紹介してもらう方法も有効です。

  愛犬が亡くなったとき、認知症になるのでは?と心配しています。

  ペットロスや近親者との別れによる一時的な物忘れや落ち込みは、人間として正常な反応であり、認知症ではありません。時間とともに回復します。ただし、その後に何もしないで閉じこもった生活を続けると脳や体の衰えにつながります。社会参加や好きな活動を積極的に見つけることが重要です。

  どのような症状が出たら病院に行けばよいですか?

  「この症状が出たら」という画一的な基準はありません。大切なのは「以前との変化」に気づくことです。仕事、家事、記憶、行動など、何であれ「前と何か違うな」と感じた場合がチェックポイントです。変化を感じたら、一人で悩まず早めに専門外来を受診してください。

  毛細血管の衰えが老化につながると聞きました。毛細血管を活性化する方法はありますか?

  毛細血管だけを対象とした特別なリハビリはありません。高脂血症・高血圧・糖尿病などの生活習慣病は血管全体にダメージを与えるため、食事、運動、睡眠、社会的活動を通じて体全体を健康に保つことが重要です。

  友人は幻覚・幻聴があります。アルツハイマー病と何が違うのですか?

  同じ認知症でも、脳のどの部位がダメージを受けるかによって症状が異なります。幻視や幻聴が表れる場合は「レビー小体型認知症」が最も疑われます。アルツハイマー病とは脳の障害部位が異なるため、症状も全く異なります。

  若年性認知症と高齢者の認知症は違いますか?

  脳内で起きる病変は基本的に同じです。ただし、若年性の場合は進行がやや早い傾向があり、ご家族への影響や経済的な問題が大きいという若年ならではの課題があります。

  認知症の予防・進行抑制に明確な効果はありますか?

  認知症を「完全に治す・止める」治療法はありません。しかし、新薬も含めて「進行を遅らせる」こと、そして「生活の質を維持する」ことは以前より格段にできるようになっています。

  物忘れが増えてきました。認知症の始まりですか?

  「物忘れ=認知症」ではありません。ただし、「以前より増えた」という変化は重要なサインです。認知症の場合、物忘れに加えて、日付・場所がわからなくなる「見当識障害」、判断力の低下、家電の操作ができなくなるなど複数の症状が表れます。

  アミロイドβ仮説の現状と今後の見通しを教えてください。

  アミロイドβたんぱくがアルツハイマー病に重要な役割を果たしていることは確かです。家族性アルツハイマー病の遺伝子異常や、ダウン症候群との関連もその証拠の一つです。アミロイドβを減らす新薬も登場しています。しかし「なぜアミロイドβが蓄積するのか」はまだ解明されておらず、それが判明しない限り、アルツハイマー病の完全解明には至りません。

  AI(人工知能)を使った認知症予防のメリット・デメリットを教えてください。

  メリットとしては、本人が楽しんで続けられれば認知症予防につながる可能性があります。デメリットは、実際に人と交流する社会的活動と比べると脳の活性化効果が限定的になる点です。楽しめるかどうかが継続のカギで、嫌々やる必要はありません。

音楽で脳活性

  音楽療法は認知症の予防・進行抑制に効果がありますか?

  医学的なエビデンスとして示しにくい面はありますが、音楽療法は有効と考えられます。特に「回想法」との組み合わせ(昔の音楽を通じて過去の記憶を呼び起こすこと)は脳の活性化につながります。さらに「好きな音楽」という感情的、精神的なプラスアルファの効果もあり、意義は十分にあります。「何も効かない」と一刀両断するのは、本来あるべき医療、介護の姿ではありません。

  入院中の高齢者への認知症予防の介入は可能ですか?

  可能です。認知症予防には3段階あります。1次予防(病気にならない)、2次予防(発症を遅らせる)、3次予防(発症後に進行を遅らせる)です。入院中の高齢者への介入は主に3次予防にあたりますが、音楽療法を含めさまざまなアプローチが有効です。

  認知症の行動・心理症状(BPSD)は接し方で変わりますか?

  変わります。介護者・ケアする側の言葉一つで患者は傷ついたり落ち込んだりします。重要なのは、BPSDの多くは認知症によって起きるのではなく、喜怒哀楽という正常な感情が残っているから起きるという点です。感情の部分は正常に機能しているため、接し方が大きく影響します。

  認知症に効く食べ物・飲み物はありますか?

  「これを食べれば予防できる」という特定の食品やサプリはありません。アルツハイマー病はそれほど単純なものではないからです。ただし、飲酒による物忘れがある場合はノンアルコールに切り替えることで認知機能が改善するケースはあります。健康的な食生活と生活習慣全体の見直しという「意志と姿勢」こそが重要です。

  帯状疱疹(ほうしん)の予防接種は認知症予防に効果がありますか?

  イギリスをはじめとする疫学研究により、帯状疱疹の予防接種が認知症予防に効果的であるという流れになっています。高齢での帯状疱疹は後遺症も深刻なため、認知症予防という観点だけでなく、帯状疱疹そのものを防ぐ意味でも接種を勧めます。

  脳ドックで脳の萎縮を指摘されました。禁酒すれば回復しますか?

  若い頃からの累積飲酒量が脳の老化、特に前頭葉の萎縮に影響します。前頭葉が萎縮すると意欲が低下し、ぼんやりとした生活になりがちです。禁酒しても脳の萎縮自体は元には戻りませんが、意欲低下や軽度の物忘れなど症状レベルでは改善の余地があります。節酒より断酒が望ましく、試みる価値は十分あります。

  「健常」「MCI(軽度認知障害)」「認知症」の違いは何ですか?

  健常の物忘れは年齢相応のど忘れ程度、MCIは周囲にも気づかれる物忘れがあるが、日常生活・仕事は問題なくできます。一方、認知症は物忘れに加え、日常生活や仕事に支障をきたすようになります。MCIと認知症の違いは、日常生活に支障が出るかどうかが最大のポイントです。

  脳を活性化する物理的・肉体的な方法はありますか?

  有酸素運動は有効ですが、それだけでなく、生活習慣病の治療による血管保護、そして何より社会的活動への参加が脳の活性化に不可欠です。孤立せず人と交流し、楽しみを見つけて生活を充実させることこそが、脳を活性化する最も重要な方法です。

 これからのキーワードは「早期予見・早期予防」です。かつての認知症対策は「早期発見・早期治療」でしたが、現在の考え方は大きく変わっています。認知症になる前の予備軍の段階で気づき、予防的に介入することが今日の主流。「早期予見・早期予防」です。日々の生活習慣、社会参加、運動、食事、睡眠を整え、変化を感じたら早めに専門機関に相談することが何より大切です。

認知症専門鍼灸師 佐川聖子氏

講演中の佐川氏

 総合商社勤務を経て、モンテッソーリ教育の資格取得後は幼児教育に従事していました。2011年に母がレビー小体型認知症を発症したことをきっかけに、鍼灸(しんきゅう)の道へ進みました。15年、40代で鍼灸専門学校に入学し、18年に国家資格を取得。現在は鍼灸院を独立開業するとともに、25年からは新井平伊先生のクリニックで、西洋医学と東洋医学を組み合わせたコラボ診療をスタートしています。

 物忘れが増えた、冷蔵庫を開けて何を取りに来たか忘れる、家族に「また同じことを言っている」と指摘される−−。こうした日常の変化に気づいている今こそがチャンスです。医学的にMCI(軽度認知障害)と呼ばれる認知症の一歩手前の段階は、まだ認知症ではなく、改善できる可能性があります。今日参加されたこと自体が予防の第一歩です。

 MCIの改善には(1)生活習慣の見直し(2)認知症専門医による医療(3)体のケア(4)脳刺激−−の四つのアプローチがあります。講演では特に脳刺激=鍼灸・ツボへのアプローチに焦点を当てました。

 ツボに鍼(はり)や指で刺激を与えると、その信号が脊髄(せきずい)、脳へ伝わり、自律神経が整い、全身の内臓機能、血流、代謝が活性化されます。東洋医学では12本の経絡(けいらく)を通じて五臓六腑(ろっぷ)に刺激が届くと考えます。近年注目される腸脳相関(腸と脳の深いつながり)も、東洋医学では古くから「中焦=消化器系の重要性」として伝えられてきた概念です。

三焦鍼法活用

 私が認知症予防に特に活用しているのが、三焦鍼法(さんしょうしんぽう)です。体を「上焦(心臓・肺)」「中焦(消化器系)」「下焦(内分泌・泌尿器系)」の三つに分け、それぞれの臓腑機能を高めることで脳への血流と代謝を向上させるアプローチです。老年病の予防・治療、老化の遅延への効果が確認されており、メンタルの不調や感染症症状の緩和にも役立つことが明らかになってきています。

 認知症予防に効く三つのツボをご紹介します。

 (1)四神聡(ししんそう)は頭頂部の百会(ひゃくえ)から前後左右に親指1本分移動した4点です。脳の血流アップ、記憶力向上、精神安定の効果があります。1回10秒、3回を目安に毎日のルーティンとして取り入れてみてください。

「脳を整える10分ケア」(徳間書店)著・佐川聖子 より引用

 (2)足三里(あしさんり) 膝のお皿の外側のくぼみから指4本分下にあります。胃腸の働きを助け消化機能を改善します。腸が元気になると脳も元気になる、腸脳相関に直結するツボです。健脚にも効果があります。

 (3)太渓(たいけい) 内くるぶしとアキレス腱(けん)の間のくぼみにあります。「若返りのツボ」とも呼ばれ、腎機能を高めて下半身の水分代謝と血行を改善し、脳の健康に直結します。耳鳴り、冷え、夜間頻尿にも効果的です。

 嚥下(飲み込み)機能に関し、足三里、太渓を刺激した前後で唾液を飲み込む時間を計測したところ、4秒が2秒に短縮されるなど、即時効果を多くの参加者が体感しています。医学的データでも裏付けられています。

 三焦鍼法を用いた施術では、MMSEスコア(認知症判定スケール)の改善例が複数報告されています。73歳男性は週1回の施術で認知症水準から継続的に改善しました。86歳男性は鍼灸師を認識して笑顔を見せるようになり、亡き妻への感謝の言葉も出るようになりました。91歳女性は長年封じられていた「和裁をしていた」という記憶が言葉として戻ってきました。これらは「体を整えることで、脳が本来持っている力を引き出した積み重ね」の結果です。

「脳を整える10分ケア」(徳間書店)著・佐川聖子 より引用

 物忘れは脳だけの問題ではなく、睡眠、血行、緊張といった体全体の状態が影響しています。鍼で体を整えると「頭がすっきりした」「よく眠れるようになった」という声が多く聞かれます。物忘れをしにくい体に整えていくという発想が鍼灸活用の本質です。「もう遅い」ということは決してなく、今日の小さな手当てが明日の希望につながります。