2024年海外難民救援キャンペーン
流民に光りを ウガンダから

JICAの栽培指導を受ける南スーダン難民のカラバ・レアさん。母国で反乱軍に夫を殺害され、子ども4人と逃れてきた=ウガンダで2024年11月11日、滝川大貴撮影
紛争や貧困などさまざまな理由で祖国を離れた難民・移民に対する処遇が世界的にも大きな課題となっている。そんな中、アフリカ最大となる約180万人もの難民が周辺国から集まっているのがウガンダだ。地元住民との間であつれきは生じないのか。お互いのことをどのように思っているのか。現地を取材すると、稲作を通じた興味深い共生のあり方が見えてきた。

北西部最大の都市・アルアから東へ車で約1時間半。凹凸の激しい赤土の道を抜けると、広大な田畑が地平線まで広がり、周囲には土壁の住まいが点在する。ここ、ライノ難民居住区では、南スーダン出身者を中心に約17万人の難民が、地元住民と同じ地域で暮らしている。
ここでは国際協力機構(JICA)が2019年から、ウガンダへの開発事業の一環として稲作の技術指導を行い、これまで難民と地元住民合わせて約100人が受講した。受講を終えた人たちが地域に技術を伝え、一帯では数百人が稲作に携わっているという。
記者が訪れた24年11月中旬は米の収穫日。JICAの栽培指導を受ける約15人がサッカーグラウンド1面分ほどの耕作地で育った稲を刈り取っていた。その後、器具を使った効率的な脱穀の方法を学んだ。この日は一連の講習最終日で、参加者は受講修了証を手渡されると歓声を上げて喜んだ。
アフリカでは米が主食として広がりつつある。理由の一つに、ネリカ(NERICA)と呼ばれる新品種の普及が挙げられる。「New Rice for Africa」(アフリカのための新種米)の略で、JICAも専門家を派遣して品種開発・普及を支援してきた。
高収量のアジア稲と、乾燥や病気に強いアフリカ稲を掛け合わせた品種で、畑でも育ち、栽培期間も短い。現地で主流のトウモロコシと比べて5倍以上の高値で売れる。
「難民が来てから私たちの暮らしは豊かになった」。ライノ難民居住区の地主の一人で、ウガンダ人のハッサン・カクルさん(34)は、農作業の人手が増え、土地の収穫面積を増やすことができた。「人が増えて近くに市場ができ、以前より栄えるようになった。何より難民は勤勉で、農業ができる場所を探しており、刺激になる」と話す。
難民側はどうだろうか。栽培指導を受けた南スーダン難民のカラバ・レアさん(29)は、16年に内戦下の母国で反乱軍に夫を殺害され、子ども4人と逃れてきた。ウガンダ政府から提供された土地に加え、ウガンダ人地主からも土地を借りて、キャッサバと呼ばれる主食用のイモやトウモロコシなども育てる。今後は稲作にさらに力を入れるという。「銃声がなく、夜も安心して寝られる。土地を貸してくれるウガンダ人にも感謝している」と語る。
ただ全てがうまくいっているわけではない。同じ南スーダン難民のベッティ・ライキさん(46)は「十分な土地を確保するのが難しい」と訴える。以前、地主に新たな土地を借りられないか頼んだが、使用料が高く、小さな土地しか借りられなかった。土地が耕し終わった後になって、「やはり貸せない」と取り上げられたこともあったという。
ベッティさんも15年に母国の内戦で夫を反乱軍に殺害された。子4人を育てるが、学校に通わせる教育費の捻出は難しい。「現在は計2エーカー(約8000平方メートル)の土地を持っているが足りない。5エーカー(約2万平方メートル)まで広げて少しでも稼ぎを増やしたい」と願う。
JICAは難民居住区を含めて国内計約90カ所で米栽培の技術指導を行ってきた。十数年にわたって農業支援をしているJICAの専門家、宮本輝尚(きしょう)さん(38)は「米が換金作物として定着し、農業を営む難民の生活は向上している。ただ、人数の増加に伴い、土地を巡る問題も多くなってきている」と指摘する。
地主のハッサンさんは自らに言い聞かせるように語った。「私たちもいつか他国に逃れなければいけない日が来るかもしれないことを肝に銘じたい。もし難民にひどい対応をすれば、将来的には私たちに同じことが返ってくるだろう」【ウガンダで郡悠介、写真・滝川大貴】