記者

一般記者

八田 浩輔

ブリュッセル支局

2004年入社

2004年入社、京都支局に配属。事件・事故などの取材で出張続き
2005年北陸総局(金沢市)。医療や原発など自分の関心が高い分野の取材に力を入れる
2008年水戸支局。「保守王国」で選挙担当として政権交代を迎える。原発取材は続ける
2010年科学環境部。東日本大震災など災害取材、研究不正や医療分野での調査報道に専従
2015年外信部。東京から欧州情勢をカバーしながら特派員のサポート業務
2016年ブリュッセル支局。EUやNATOを取材しつつ、キャリアを生かした分野の取材も進めている

難民問題で当事者の生の声を聞く

2016年9月14日
難民移転 目標の3%

 「無事に着いた僕は幸運だった。母が祈ってくれたおかげだ」

 ブリュッセル郊外にある未成年の難民保護施設で、アフガニスタン出身の16歳の少年が壮絶な経験を話してくれました。彼の故郷は、旧支配勢力タリバンの内部対立に乗じて、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓う組織が勢力を伸ばす街です。少年の親族は「このままでは危険だ」と、日本円にして100万円以上を密入国あっせん業者に支払い、一人欧州へ送り出したのです。

 トルコを経由して、すし詰めのゴムボートで地中海を密航してギリシャの小島に。そこから中東欧を経由してベルギーへ。8000キロを超す道中で絶命した難民の子の姿も見たそうです。彼がたどった通称「バルカンルート」はその後、難民・移民を抑制したい欧州連合(EU)の施策により閉鎖されました。「いつかここで家族と暮らしたい」という少年の願いがかなう日は来るのでしょうか。

 私が働くブリュッセルは、EUや北大西洋条約機構(NATO)が本部を置く国際政治の中心地です。外交や安全保障分野の記事を書くため、EUの官僚や加盟国の外交官、シンクタンクの研究員などを主な取材対象とします。ただ、それだけでは統治する側の論理は分かっても、問題の本質を見落としてしまうこともあります。欧州を揺さぶる難民問題一つをとっても、現場のルートの一部を実際に歩いてみたり、前述した少年のような当事者の生の声を集めたりすることで新たな問題や次の取材の糸口がみえてきます。

 現場に出る。多様な立場の人に会って話を聞く。そこには文献やネットの検索だけでは得られない情報があります。海外にいても仕事の基本は変わりません。

One day

起床。メールとニュースのチェック、現地のアシスタントに1日の仕事をメールで指示
9:00
歩いてオフィスに出勤(直接取材に向かう場合も)、朝刊用の原稿を書く
12:00
欧州委員会の定例会見に出席、重要な発表があればすぐに出稿
15:00
近くのカフェでEU加盟国の外交官と会って情報収集
18:00
取材先と食事のためオフィスを出る(アポがない日は帰宅)
帰宅後、夕刊用の原稿を書いたり、読書や映画を見たりすることも

Q&A

学生時代に打ち込んだことは?
自信をもって打ち込んだと言えるものはありません。
仕事をする上で大事にしていること・ものは?
睡眠と休みの確保。いい仕事をするには休みは不可欠。
入社して意外だったことは?
本社が複数あること。地域ごとに発行している紙面が違うこと。
現在の仕事内容や取り組む姿勢を一言で表現すると?
Cool head, but warm heart.