記者

一般記者

元村 有希子

東京本社論説室

1989(平成元)年入社

1989年入社。西部本社報道部でサツ回りをした後、秋には下関支局へ異動
1991年福岡総局へ。福岡市政のほか九州管内の教育問題、医療企画、雲仙普賢岳の噴火災害などを取材
1997年東京本社へ。内勤の編集者として地方版、朝夕刊一面など新聞製作に携わる
2001年東京本社科学環境部配属。地震、火山、ノーベル賞など取材
2006年取材班で手がけた連載「理系白書」で、第1回科学ジャーナリスト大賞を受賞
2007年ロンドンに社費留学し科学コミュニケーションを学ぶ。帰国後は科学環境部でデスク業務に
2014年新設された「デジタル報道センター」に異動。「注目ニュース90秒」など、新聞コンテンツのデジタル展開を模索
2017年科学環境部長として新聞に携わるだけでなく、デジタル、テレビなど仕事の幅が広がっている
2019年論説委員兼編集委員。担当は科学技術、環境、原発など

半歩先を分かりやすく

 「人工知能などの発達により仕事を奪われる」。最新の世論調査で、科学技術の発展にこうした不安を感じている人が32%に達したことが報じられました。10年前の調査で同じ質問をした時の3倍以上に増えています。

 科学報道は、新元素の発見や難病の治療法開発、革新的技術の発明など、前向きなニュースが多い一方で、近年はその進展が新たな倫理的問題を生み出すなど、両義性がクローズアップされるようになりました。代表例が、「殺人ロボット」につながる軍事研究です。2017年2月、同僚記者がスクープした「米空軍が日本人研究者に研究費8億円」という調査報道は、戦争放棄をかかげるこの国でも軍事転用可能な研究が行われている現実を鋭く指摘したものでした。

 地方支局や編集者を経験して2001年に科学環境部へ配属された時、見るもの聞くものすべてが「初体験」の世界でした。こんなにワクワクする世界の住人はどんな人たちだろうと興味がわき、たくさんの研究者や技術者と接してきました。彼らの肉声や境遇を通して、日本社会のさまざまな現実を知り、科学技術が政治や外交、暮らしと密接にかかわっていることも学びました。たとえば地球温暖化の進行は最新の科学でも食い止められず、気候変動が私たちの暮らし、人間が築き上げた文明を脅かそうとしています。

 科学を伝えることと、学生時代の専攻(文系/理系)は関係ありません。目の前の事象を理解し、社会という文脈の中で自分なりにとらえ直し、正確さを保ちつつ「半歩、一歩先の世界」を分かりやすく提示することが、これからの科学記者に求められる役割だと感じています。

One day

7:00
起床。ニュースをチェックしながら朝食を済ませ、お茶をマイボトルに詰めて家を出る
9:00
近くの図書館に寄り、原稿執筆のための資料を探す
10:00
出社。デスクに届いた朝刊各紙(6紙)に目を通す。気になる記事は他社も含めてスクラップ
11:30
論説会議。翌日の朝刊に掲載する社説のテーマ、筆者、内容や見出しを話し合って決める。当日の担当になると、夕方までに仕上げなければならない
13:00
外出。昼食の後、取材や勉強会に出席
16:30
帰社してコラムなどの原稿執筆。自社媒体を含めた連載は、社説以外に月9本
18:00
週末の講演やテレビ出演のための準備。社説を書いた日は、論説委員長、副委員長とやりとりしながら原稿を仕上げる
19:30
何もなければ退社。週の半分は取材先や知人と外食。残りは自炊
24:00
就寝

Q&A

学生時代に打ち込んだことは?
カウンセラーを目指して臨床心理学を専攻。登校拒否の子どもや自閉症児と向き合う活動などに取り組みました。
仕事をする上で大事にしていること・ものは?
約束を守ること。時間を守ること。現場で直接見聞きし、当事者と会って「感じた」ことを記事に生かす。
入社して意外だったことは?
サツ回りで頻繁に訪れた警察署に女子用トイレが少なかったこと。女性記者も少ない時代で、配属先で渡された自分の名刺が男性より一回り小さく角が丸かったのには仰天しました。
現在の仕事内容や取り組む姿勢を一言で表現すると?
全体の幸せは個人の幸せから