記者

一般記者

奥山 はるな

東京本社社会部・遊軍

2008年入社

2008年入社。前橋支局に赴任。警察・スポーツ取材を経て、行政担当に
2011年前橋支局渋川駐在に異動。政権交代で建設の意義を問われた八ッ場ダムを取材
2013年さいたま支局に赴任。警察・スポーツ取材を経て、行政担当に
2014年長男を出産。半年の育休を取得
2015年さいたま支局に復帰。仕事と子育ての両立に悩みつつ、同僚のサポートに救われる
2017年東京社会部に異動し、遊軍に。企画「にほんでいきる~外国からきた子どもたち」をスタート

動かなかった課題に一石を

 皆さんは「不就学」という言葉を知っていますか?小中学校に行く年齢の子どもが、就学していない状態を指し、特に就学義務から除外されている外国人の子に多くみられる課題です。

 私がこの言葉を知ったのは2004年、大学1年生の時に取った授業がきっかけでした。当時、いくつかの自治体で行われた調査では、外国人の子が自宅に引きこもったり、15歳未満なのに工場で働いたり、妊娠したりするケースが報告されました。一方、全国的な調査はなされず、不就学の子は何人いるのかすら分からない状態が続いてきました。

 2019年4月の入管法改正を前に、不就学について今一度、問題提起できないか。その思いから、三重県四日市市で6歳の女児が死亡した事件の取材を始めました。女児はブラジル国籍で、小学1年生になったばかりでしたが、不就学となり、2017年8月、自宅で母親の交際相手に殴られて亡くなりました。

 事件の発生から1年以上がたっていたけれど、関係者を訪ね歩くと、新たな事実が分かりました。女児の母親は10歳で「いじめられた」といって学校に行かなくなり、夜の街で働きながら、19歳で女児を産みました。そして女児が1カ月だけ通った小学校では、事件の翌年、また別の外国人の子が行方不明になりました。外国人の子にとって、不就学は、あまりにもありふれた問題であると痛感しました。

 事件の取材と同時に、外国人の子が多く住む全国100自治体へのアンケート調査を進め「外国籍の子 就学不明1.6万人」という見出しで2019年1月に報道。翌2月、文部科学省は初の全国調査に乗り出す方針を固め、同9月、就学先の確認できない外国人の子が約2万人いるという実態が明らかになりました。

 学生時代から15年間、動かなかった課題に一石を投じることとなり、内心驚きもあります。問題意識を共有してくれた上司、同僚に背中を押された部分が大きく、新聞社ならではのチームワークが生きた結果だと思います。

企画「にほんでいきる」特設ページ
https://mainichi.jp/ch190124862i/にほんでいきる

企画「にほんでいきる」取材班ツイッター
https://twitter.com/mainichinihonde

One day

9:00
出勤。日々予定はまちまちで、夜勤明けだったり、始発で出張に行ったりする日も
10:00
外国人の子どもたちが通う日本語教室を見学。許可が出れば、一緒に教えたり、遊んだりします
13:00
昼食。地方の駅そばを食べるのが好きです
14:00
取材のメモ作成や下調べ。トルコ語やポルトガル語でアポを入れるケースもあり、辞書や翻訳アプリを使って四苦八苦しています
18:00
退社。保育園に子どもを迎えに。夜勤や出張の日は、同業者の夫に一任しています

Q&A

学生時代に打ち込んだことは?
キャンパス誌の復刊。有料だったのをフリーペーパー化し、営業から編集まで、仲間と走り回りました。もう一つは大学のゼミ。社会学部でフィールド調査やデータ分析の基礎を学び、「災害と外国人」をテーマに卒論を書いたのは、今の仕事につながっています。
仕事をする上で大事にしていること・ものは?
できる限りの下調べ。その上で、虚心坦懐に相手の話を聞くよう、心がけています。
入社して意外だったことは?
事件事故の背景を探る「地取り」「聞き込み」の有用性。現場に行って周辺の人に話を聞くという非常に古典的な手法ですが、少し勇気を出すと、思いがけない話が出たり、新たな取材先につなげてもらえたり。もちろん、無視されることも多々あります。
現在の仕事内容や取り組む姿勢を一言で表現すると?
まだ誰も字にしていないことを、なるべくわかりやすく。