記者

一般記者

円谷 美晶

東京運動部

2009年入社

2009年入社 北海道報道部配属。警察、高校野球などを担当
2010年北海道報道部千歳に異動。自衛隊や空港などの取材に加え、財政破綻した夕張市にも取材に通う
2012年再び北海道報道部へ。道政を担当し、衆院選なども取材。北海道は第2の故郷になり、今も年1、2回は「帰省」
2014年千葉支局に異動。県政や警察を担当しながら、社会人野球を取材。スポーツ取材に魅力を感じるようになる
2016年東京社会部に異動。気象庁担当を経て、都庁担当に。小池百合子都政の誕生から都議選、衆院選を取材
2018年東京運動部に異動。オリンピック・パラリンピック取材班の一員として、選手や大会の準備状況を取材。担当競技は体操など

勇気や元気を与える記事を目指して

2018年7月26日朝刊
Moment’18夏:東京五輪まで2年 ボランティア、どう発掘

 運動部では担当競技に限らず様々なスポーツを取材する機会がありますが、どんな競技にもドラマがあり、心を動かされます。支局や社会部時代は、事件や政治取材が主でした。担当分野によって働き方も目的も変わりますが、常に目指していることがあります。誰かがうまくいかないことや辛いことがあって落ち込んだりうつむいたりしている時に、勇気をもらったり、「頑張ってみよう」と励まされたりするような記事を書きたいということです。

 支局時代に仕事で悩み、毎日暗い気持ちで過ごしていた時期がありました。その時に取材したスポーツ選手が、つらい練習や求められる結果へのプレッシャーを時に苦しく感じながらも、家族や応援してくれる人の思いを背負って努力する姿に力をもらいました。また、私の書いた記事に対して「感動した」「元気をもらった」と言ってもらえた時は、この仕事を続けていて良かったと心から思いました。取材先や読者に支えられてきました。

 2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、多くの選手が必死に努力しています。また、それを支える人たちがいる。彼らの思い、すごさ、そこに生まれる感動をしっかり伝えるためには、競技への知識、言葉を引き出す力、書く力がまだまだ足りていない。選手に負けないくらい、記者としての力を磨く努力をしなければならないと日々感じています。

 幸せだなと思うのは、担当が変わってもずっとつき合いが続く取材相手が何人もいることです。政治やスポーツ、警察など、記者にならなければ交わることのなかった世界の人たちと、年齢や職業を超えて心を開き、語り合える関係になれる。かけがえのない出会いばかりです。

One day

8:45
オリンピック・パラリンピック担当大臣の記者会見へ
五輪の開催には政治行政も大きく関わるため、アスリートなどスポーツ関係者だけでなく政治家などへの取材も必要
11:00
東京五輪のボランティアについて、過去の五輪ボランティアの経験者に取材
15:00
トランポリン世界選手権代表の公開試技会の取材でナショナルトレーニングセンターへ
大会や試合はたいてい週末。大会前に代表選手の練習公開や、記者会見などがあることが多い
19:00
会社に戻って記事の執筆、取材メモの作成など。お腹が空くのでいつもお菓子を食べている
22:00
帰宅して軽めの夕食。運動部の先輩たちと飲みに行くことも

Q&A

学生時代に打ち込んだことは?
発展途上国支援のNGOでの活動、バックパックでたくさんの国に行き、自分の知らない文化や生活を見ること。
仕事をする上で大事にしていること・ものは?
相手の気持ちへの想像力。誠実であること。
入社して意外だったことは?
同業他社の記者が、ライバルであると同時に良き理解者・友人になること。想像していたよりもちゃんと休みがとれたこと。
現在の仕事内容や取り組む姿勢を一言で表現すると?
「必死」。スポーツという新しい現場で、半年以上経っても取材のたびに知識と技術の不足を痛感。日々反省して、努力します。