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2015年ネパール ブータン難民キャンプ報告【写真特集】

希望持ち続けて

有刺鉄線が張り巡らされたキャンプ内から、外を見つめる少女

有刺鉄線が張り巡らされたキャンプ内から、外を見つめる少女

  「難民キャンプにいれば食料支援も受けられる。でも、私たちは食べるために生きているのではなく、祖国に帰るために生きているのです」。6歳で祖国ブータンを追われて以来、ネパール東部ダマクにある難民キャンプで生きてきたサンチャ・スッバさん(31)は言う。ブータン政府は1980年代後半、言葉や宗教の違うネパール系住民を弾圧し、10万人以上が国外に逃れて難民となった。今も約2万人がさまざまな思いを抱えてキャンプで暮らしている。

  解決に向けたブータンとネパール両政府の交渉が暗礁に乗り上げるなか、米国やカナダなどで新生活を始める「第三国定住」が2007年に始まり、これまでに約10万人が自由を求めてキャンプを出た。一方で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に対して、「定住に関心はない」と意思表示している人もいる。新しい場所に移ることに不安がある高齢者や障害者も含まれる。

  「生まれた時から難民だった」というジャング・マガルさん(18)は、第三国で勉強して医師になりたいという。就労権が認められていないネパールではかなえられない夢だ。友人の多くは既に出国したが、一緒に暮らす母親(52)は環境の変化を嫌って定住に反対。家族の合意なしには旅立てないため、キャンプにやむなく居残っている。「言葉も分からず、苦労するかもしれない。それでも、将来の見えないここにいるよりはいい。何とか母を説得して、一日も早く出国したい」

一方、スッバさんはキャンプで祖国に帰る日を待つと決めている。「何年かかっても諦めない。私たちがブータンに帰ることが、世界中にいる難民の希望になるはずだから」<写真・幾島健太郎 文・武内彩>(ネパールで2015年9月に撮影)

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