主な事業/国際協力に関する事業(世界子ども救援事業)

2022年モルドバ報告 離散 

ウクライナから避難 86歳親残し 母娘4世代 会える日いつ
  
ドイツの障害ある孫の元へ

祖国から共にモルドバに逃れてきた母(左)に寄り添うニナ・モシエンコさん=モルドバのカルピネニで2022年5月26日、山田尚弘撮影

祖国から共にモルドバに逃れてきた母(左)に寄り添うニナ・モシエンコさん=モルドバのカルピネニで2022年5月26日、山田尚弘撮影

 突然の侵攻が、4世代にわたる母娘たちの平和な日々を引き裂いた。

 ルーマニア国境にほど近いモルドバ中西部の人口約1万人の村・カルピネニ。ブドウ畑が点在し、緑豊かな田園風景が広がる。鮮やかな青色の門をくぐると、中庭に十数匹のニワトリが放し飼いにされ、犬が寝そべっていた。簡素な平屋建ての前でニナ・モシエンコさん(64)と母(86)がその様子を眺めていた。

 2人はウクライナ北東部のハリコフ州から隣国モルドバに避難してきた。「今は静かな毎日でほっとしている」と母。しかし、別れの日が近づいていた。ニナさんは自閉症の孫を育てる娘を支えるため、その避難先のドイツに行かなくてはならないのだ。「次はいつ会えるのか」。ニナさんはそう語ると目を赤くし、母は涙をこらえるように宙を見つめた。

 ニナさんは4月上旬、母と一緒にウクライナを出国し、カルピネニにある親族宅に身を寄せている。「ワインはおいしいし、モルドバはとても良い所」と一定の安らぎを得ていたが、どうしても心配してしまうことがあった。ドイツに避難した娘と孫の生活だ。

ウクライナにいた頃のタチアナ・モシエンコさん(左)と長女=タチアナさん提供

ウクライナにいた頃のタチアナ・モシエンコさん(左)と長女=タチアナさん提供

 ニナさんの一人娘、タチアナ・モシエンコさん(42)には自閉症の長女(9)がいる。シングルマザーで多忙な娘に代わって、ニナさんが平日に子育てを助け、週末は同じ州内に暮らす母の元で過ごす生活を続けてきた。タチアナさんは自閉症について学んだのをきっかけに、障害がある子どもたちのリハビリなどに携わり、充実した生活を送っていた。

 ロシアの侵攻が始まった2月24日、タチアナさんは長女とアパートの地下に避難した。配管が巡る薄暗い空間で毎晩、爆発音の恐怖と寒さに震えながらブーツを履いたまま寝た。「ここに隠れ続けるのは難しい」と脱出を決意。ネットで探した運転手は数万円を受け取った後、音信不通になった。それでもあきらめず、知人のつてで20万円近く払い、国境まで送ってくれる運転手をやっと見つけた。

 他にも同乗者がいたため、タチアナさんは長女をひざの上に抱いた状態で4日間を過ごした。途中、長女が高熱を出したが、3月2日にモルドバ北部の国境に到着。親族に出迎えられ1週間、首都キシナウで過ごした後、過去にタチアナさんが仕事で支援したことのある子どもの保護者を頼って、ドイツに渡った。

 ウクライナにいる時、長女は支援を受けながら通常学級に通っていた。タチアナさんによると、同級生たちと同じように物事を認識し行動するのは難しいが、将来は自立した生活が送れるよう、なるべく多くの人と関わる機会を作り、料理や掃除などを教えてきた。

 同様の環境を期待し、ドイツ南東部の都市パッサウに渡ったが、長女はドイツ語を話せず、現地の学校に通えていない。誕生会には誰も呼べず、代わりに帽子を五つ作って並べた。「ウクライナにいる時はさまざまな支援を受けながら自分でできることを少しずつ増やしてきた。今は友達とのコミュニケーションも減ってしまい、今後の成長に影響がでないか心配」と悩むタチアナさん。モルドバにいるニナさんに助けを求めた。3人で暮らすため、準備を進めている。

 「戦争は逃れることができたが、障害や病気の子どもを持つ親は避難先で新たな問題に直面している」。言語や制度の異なる外国で、支援を求め、安心できる生活を築くには、更なる困難が立ちはだかる。

 「『年老いた母を残していくなんて』と言う人もいる。でも娘たち親子を助けないといけない」とニナさん。母は健康に問題はないものの、高齢のため長距離移動は難しい。ウクライナから連れてきた飼い猫が残ってくれるが、心細い。「こんなことがなければ家族が引き裂かれることはなかった。早く4人がウクライナで平和に暮らせる日が戻ってほしい」【宮川佐知子】

 ◇  ◇  ◇

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まったのは2月24日。それから3カ月以上がたったが、今も先行きは見通せず、国外への避難を強いられる人たちがいる。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、6月7日時点で約727万人がウクライナを逃れ、うち約49万人が西隣のモルドバに入国した。国連開発計画(UNDP)は自治体や地域住民と協力し、幅広い支援が受けられる体制づくりを進めている。故郷、家族らと離ればなれになった人々は、モルドバで何を思うのか。「離散」に苦しむ避難者の姿を追った。

◇モルドバ◇
ウクライナとルーマニアに挟まれた欧州東部の内陸国。九州よりやや小さい3万3843平方キロメートルに約260万人が暮らす。公用語はルーマニア語とほぼ同じモルドバ語。1991年に旧ソ連から独立。欧州連合(EU)加盟を目指す。東部には親ロシア派が90年に独立を宣言して実効支配する地域「沿ドニエストル共和国」があり、ロシア軍が駐留している。世界銀行によると、2020年のモルドバの1人当たりの国内総生産(GDP)は4547ドルで日本の約9分の1。

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