自分らしくいられる場所大切に
臨床心理士・公認心理師
認知症介護の相談には、施設入居への悩みがあります。どこで入居に踏み切るのか、まずは家族が決断を迫られますし、本人にとってどうなのか、という問題もあります。家族には施設に入れる罪悪感も入り交じり、苦しいところです。
私の認知症の母は有料老人ホームにいます。面会に行った時に、ある光景を目にしました。
母と入居者数名が、ホームの1階にある美容室にいました。母は定期的に訪れる美容師さんに髪をカットしてもらい、気持ちよさそうにしていました。隣では車椅子の方がパーマをかけ、後方には顔パック(フェーシャルエステ)をしている方もいました。認知症が進行した母もカットの心地良さは感じていました。パーマやエステの方々からは「きれいになりたい」との思いが伝わってきて、認知症になっても自分らしく生活をされているように思えました。決して入居がピリオドではないのだと感じました。
ここである認知症施設の一コマを紹介します。私はかつてその施設で音楽療法に携わっていたことがあり、その時に見かけたお年寄り同士の交流の様子です。私は、毎回見るその一コマを陽(ひ)だまりの情景と名付けていました。
その施設は採光がよく広々としたデイルームがあり、入居者の方々のくつろぎの場となっていました。そこには井戸端会議の輪がいくつもできていました。井戸端会議をのぞくと、認知症の方同士、会話はチグハグでも気持ちは通じ合っていました。
その中に仲良しのAさんとBさんがいました。女性のAさんは男性のBさんを“幼い息子”と思い込んでいました。Aさんは5人の子を育てあげた、肝っ玉母さんのような人だったそうです。老後は夫と2人でのんびりと暮らしていましたが、やがて認知症が進むにつれて火の不始末が多くなり、入居しました。入居から半年が経(た)ち、施設を我が家と感じるようになりました。そして記憶が逆行して子育て真っ最中だった頃に戻り、「夕飯の買い物」と称して歩き回られたり、片付けのつもりなのかデイルームに布団を運んでこられたりし、またBさんの手を引いて歩いたりと大忙しに過ごしていました。
Aさんは時にBさんの体をさすっています。私が声をかけると、「この子眠っているのですよ」と怒られることもありました。息子にされているBさんは、その状況を理解することはできませんが、ありのままにAさんの愛情を楽しんで受け入れており、微笑(ほほえ)ましい2人に心が和みました。生活環境が安定したことで、Aさんは改めて自分らしさを取り戻しているのでしょう。
在宅か施設かを問う前に、大切なのはその人が自分らしくいられる場所であることだと思います。