認知症の行方不明者数が高止まりするなか、「未発見」のまま取り残された家族に寄せられる関心は低い。NPO法人「いしだたみ・認知症行方不明者家族等の支え合いの会」は7月、東京都内で認知症フォーラム「『捜索終了』から始まる真の支援〜残された家族の『待ち続ける』という葛藤に伴走する」を開き、行方不明となった認知症の人の家族にどう手を差し伸べるべきかを議論した。
昨年の認知症の行方不明者の届け出受理数は全国で1万7345人に達する。このうち、228人は未発見のまま。現行の見守りなどの支援は「発見」がゴールだ。警察の捜索は3日ほどで終わり、その先は支援がぷっつり途切れる。フォーラムの冒頭、会議の進行管理役を担った認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子・センター長特任補佐は「捜索終了直後からの支援体制づくりが急務だ」と指摘した。
2024年7月から妻、美恵子さん(76)が行方不明となっている札幌市の小杉正規さん(80)は当事者の声として「直面するのは悲しみだけではない」と訴え、「制度の壁」について触れた。
自宅は妻と共同名義という。妻の行方不明期間中は子らへの生前贈与、相続手続きは一切できない。妻の年金は停止されるのに、医療・介護保険料は払い続けなければいけない。小杉さんは行政書士と相談して防衛策を講じたものの、「朽ちていく家を見守ることしかできなかった」と振り返る。
奈良県の菊田美保さんは父、磯野敏さん(当時69歳)が行方不明になってから8年後、「失踪宣告」(生死が7年間不明の場合、死亡とみなされる)を申し立てた。父が行方不明のままでは不動産の名義変更ができず、断腸の思いだった。戸籍の「死亡」の字を目にした時はがくぜんとしたという。「私たちの助けを待っているかもしれないのに、『死にました』と届けるのは胸が押しつぶされそうでした。お別れの言葉も言えず、今も父を裏切ってしまったのではという葛藤がある」と話した。
一方、神奈川県の鈴木不二男さんの妻、敏恵さん(当時72歳)は行方不明から11カ月後の昨年4月に本人らしい遺骨が見つかり、同6月に本人と判定された。「確定までの間、生きていてほしいという気持ちとやっと家に連れて帰ってあげられるという気持ちの間で揺れた」と言う。「やることはやったはずなのに」という思いから自分を許せず、「見つかってよかったね」との言葉を受け入れるのに時間を要したことを明かした。
当事者として最後に、主催のNPO法人代表理事、江東愛子さん(48)が登壇した。父、坂本秀夫さん(76)が姿を消してから3年半近い。身元不明の遺体発見の報に接するたび、心臓をつかまれるような不安と恐怖を覚える。崩壊寸前の母の心のケアも背負わねばならなかった。警察の捜索終了後、どこに助けを求めればいいのかすら分からず、途方に暮れた。
そんな時に支えられたのが、SNSを通じて知り合った同じ境遇の家族だった。そしてつながった人たちに呼びかけ、一昨年8月にNPO法人を発足させた。江東さんは「認知症の人が安心して外出し、無事に『ただいま』と帰ってこられる温かい石畳の街をつくりたい」と語る。
この後は当事者に加え、行政や警察の担当者、介護事業者らによるパネル討論に移り、相互の連携を深めることの重要性などを確認しあった。