2014年ハイチ・ドミニカ報告 見えない鎖 (3)

仲間と車を掃除するブルース・リー君(手前左)。
つらい境遇のなか、「強くないと生きていけない」と懸命に働く
=ハイチ・ポルトープランスで6月
ハイチの首都ポルトープランス中心部にあるシャンドマルス広場。緑色の芝生が広がる公園に車が近付くと、10人近くの少年たちが走って車を囲み、手にした雑巾で勝手に車を拭き始めた。広場で暮らすストリートチルドレンたちだ。車を拭くとわずかなチップをもらえることがある。それが生活の糧だ。
一人の少年が額に汗をにじませ、必死に手を動かしていた。ブルース・リー君(14)。レスタベック(子ども奴隷)から逃げ出し、路上で生活していた。ストリートチルドレンたちは、互いにニックネームで呼び合う。「暗い過去の人生と決別するため」という。
ブルース君も往年のカンフー映画のスターから名前を取った。ハイチでも根強い人気がある。「ここでは簡単にみんな死んでいく。ブルース・リーみたいに強くないと生きていけないんだ」
ポルトープランス近郊で生まれたが、家は貧しかった。7歳でレスタベックとして両親の知人の女性に預けられた。一日中、掃除や洗濯などの家事をさせられ、食事を与えられなかった。食べ物を求めると、女性から毎日木の棒や電気コードで思い切り殴られた。
「逃げるしかない」。1週間ほど過ぎたある朝、裸足で逃げ出した。足の裏に血をにじませながら約2時間走り、やっとの思いで実家にたどり着いた。しかし、待っていたのは思いがけない父の一言だった。
「うちにお前を育てる金はない。分かっているだろ。戻ってくれ」
父の一言に、目の前が真っ暗になった。行き場所は路上しかなかった。それ以来、本名を捨て、7年間物乞いをしたり、車を拭いたりして生活している。食べ物にありつけない日も多く、身長は140センチほどしかない。
「ここでの生活は本当につらい。僕らのことを良く思っていない人が多いんだ。酔っ払いやドラッグでおかしくなった連中がコンクリートブロックで殴ってきたり、銃で撃ってきたりする」。広場の木の下のベンチで寝る時は、襲われても反撃できるよう護身用の石を頭の横に置いている。
ブルース君には夢がある。「れんが積み職人」になることだ。時間があると工事現場に行き、作業を見ている。「いつか自分も職人になって、こんな路上の生活から抜け出したい」
れんが積み職人になりたい理由をたずねると、彼は黙った。しばらくして言った。「父さんが職人だったから」。うつむき、目には涙があふれていた。=つづく【文・松井聡、写真・望月亮一】