主な事業/国際協力に関する事業(世界子ども救援事業)

2015年ネパールから 少女たちの祈り (1)

初潮を迎え、初めて生理小屋で過ごすスンニタ・コリさん=ネパール・サラダ村で2015年9月29日、幾島健太郎撮影

初潮を迎え、初めて生理小屋で過ごすスンニタ・コリさん
=ネパール・サラダ村で2015年9月29日、幾島健太郎撮影

  「生理なんて、一生こなければよかったのに」。初潮を迎えたばかりの13歳の少女が自分の体に絶望していた。血を不浄とするヒンズー教の考えに迷信が重なり、生理中の女性は家族と離れ、狭くて暗い「生理小屋」での寝泊まりを強いられる。アジア最貧国の一つで、宗教的、伝統的に性差別が根強く残るネパールの山村で、生理中の女性を隔離する「チャウパディ慣習」が少女たちを苦しめている。 習慣が残るのは、開発が遅れてるとされる極西部や中西部の山村。村人は「小屋に入らなければ神様が怒って悪いことが起きる」と恐れる。電気も水道もないドティ地区サラダ村では、約60軒のほとんどの家に生理小屋がある。家畜小屋として使われることもある小屋の衛生状態は悪い。

 村の学校に通うスンニタ・コリさん(13)は4日前、初潮がきたことに気付いた。年上の少女らが、夜の闇におびえながら小屋で過ごすのを見てきた。母親に「小屋に入りたくない」と泣いて頼んだが、「神様に怒られるから」と聞いてもらえなかった。「初潮がうれしいなんてとんでもない。けがれたって言われるのよ。もう元には戻れないんだから」

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 ネパールでは、少女が性差別にさらされ、人身売買の被害に遭ったり、十分に勉強できないまま10代で結婚や出産を迫られたりする。社会に翻弄(ほんろう)される彼女たちの姿をリポートする。【文・武内彩、写真・幾島健太郎】(社会面に連載「少女たちの祈り」)

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チャウパディ慣習

「チャウパディ」はネパール語で「けがれているため触れてはいけない状態」を意味する。ネパール最高裁は2005年、チャウパディ慣習は女性に対する権利侵害だと認め、政府に対して廃止に向けた具体的な取り組みを求めた。これを受けて、政府は07年にチャウパディ慣習根絶令を施行し、地方行政機関などが住民の意識改革を行うように命じた。これにより生理小屋を取り壊す村も出てきている。

 

「生理小屋」恐怖と絶望

泥壁の生理小屋の前に立つギャヌ・マジさん=ネパール・サラダ村で

泥壁の生理小屋の前に立つギャヌ・マジさん=ネパール・サラダ村で

   「生理中の人はどいて、水に触れないで」――。肌を焼く暑さの中、川でくんだ水を入れたかめを頭で支え坂道を上がってきた女性が、車座になっておしゃべりに興じていた女性たちに声をかけた。生理中の女性が触れるとけがれると信じているのだ。数年前まで徒歩でしか行けなかったというネパール極西部の山あいにあるサラダ村。ほとんどの子どもが学校に通う教育熱心な村だが、生理に対する考え方は古い因習にとらわれたまま。生理中の女性を隔離する「チャウパディ慣習」が残る。

 村では生理中の女性は、初潮時は10日間小屋に入る。2回目は8日間、3回目から妊娠するまでは6日間、出産を経験した後は5日間と決められている。出産直後も新生児と一緒に土の床に寝て過ごす。狭く暗い泥壁に囲まれ、夏は猛暑に耐え、冬はたき火で寒さをしのぐ。2年ほど前から家々にトイレが整備され始めたが、生理中はけがれるからと使えず、川の近くの茂みで用を足す。

 小屋に入って2日目のバカバティ・マジさん(17)は「自分に娘ができたら絶対に小屋には入れない」と心に決めている。別の村では、小屋にいた女性が性的暴行を受けたり、毒蛇にかまれたりしたと聞いた。それでも「自分は仕方ない。もし入るのをやめて村に何か悪いことが起きたら私のせいだと責められる」と下を向いた。

小屋に入っている間は、日常生活のさまざまなことを制限される。冬でも朝一番に冷たい川で身を清め、男性や家畜に触れることはできない。誰かと一緒に食事をすることや栄養価の高い乳製品を食べることは、「同席した人や家畜がけがれるから」と禁止される。その一方で、草刈りや収穫など屋外での労働は普段通りだ。昨年からトイレと隣り合わせに造られた小屋に入り始めたギャヌ・マジさん(15)は「結婚してこの習慣のない村に行くしかない」とあきらめたように話す。

 生理中や出産後は清潔にすべきだと学んだ若い世代は「こんな慣習はやめた方がいい」と口をそろえる。ネパールの女性問題に詳しい福岡県立大の佐野麻由子准教授(社会学)は「4月の大地震後、生理中の女性は不浄という理由で避難所にいられなくなったという話を現地の支援団体から聞いた。宗教的な価値観は尊重されるべきだが、他人に強制されたり恐怖心をあおって守らせたりするような習慣は、時間がかかってもなくしていくべきだろう」と指摘する。

 政府の廃止に向けた取り組みも始まったが、教育を十分受けられなかった年配の世代が根拠のない迷信で少女たちを縛り続ける。3歳の孫娘を抱いたラチュ・マジさん(54)は、当然とばかりに言い切った。「孫も小屋に入れるに決まっている。習慣は守ってもらわないと困るんだよ」【文・武内彩、写真・幾島健太郎】=つづく

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