主な事業/国際協力に関する事業(世界子ども救援事業)

2017年東南アジアの零細金採掘 輝き探す闇 (1)

体調が悪化し、不安を訴えるブライアン・チカノさん。取材の2日前に突然、血を吐いた。水銀が危険であると知らず、8年間ASGMで使い続けてきた=フィリピン・カマリネスノルテ州ラボで、川平愛撮影

体調が悪化し、不安を訴えるブライアン・チカノさん。取材の2日前に突然、
血を吐いた。水銀が危険であると知らず、8年間ASGMで使い続けてきた
=フィリピン・カマリネスノルテ州ラボで、川平愛撮影

  突然のどの奥が苦しくなり、家の外へ駆け出ると、コップ半分ほどの量の血が口から飛び出し、道路に散った。「血が出た。アー!」。2カ月前の夜、恐ろしさから出た叫び声が闇に響いた。

カマリネスノルテ州ラボ

 フィリピンのカマリネスノルテ州ラボに住む高校2年のブライアン・チカノさん(16)は血を吐いた2日後に取材に応じた。「動くと息苦しい。めまいもする。仕事で吸い続けた水銀の蒸気が原因なのかな」。胸をさすり目には涙が浮かぶ。

 零細小規模金採掘(ASGM)と呼ばれる現場で、水銀を使って金を精製する作業を8歳から続けてきた。砕いた金鉱石と水銀を混ぜると、合金ができる。これを火であぶり、水銀だけを気化させると、高純度の金を効率よく作り出せる。

 「金がとれた時はうれしかった。おカネになるから」。稼ぎは1日平均200円ほど。多量の金がとれた時には5000円も受け取った。稼ぎの半分は学費に、残りは母親に全て渡して家計を支えてきた。

 長期休暇の今年4月に異変が起きた。連日作業をしていたら、せきと胸の痛みが止まらなくなった。

 水銀の蒸気は、吸い込むと胸痛や呼吸困難をもたらし、脳に滞留すると幻覚や妄想などの精神症状や神経症状を引き起こす。死に至ることもある。

 「 体に悪いなんて知らなかったんだ」。マスクをしたことはなかった。病院のエックス線検査で右肺に異常があることが分かり、その後、結核菌の疑いがある菌が見つかった。

 水銀中毒を研究する近畿大の吉田繁・元教授は「フィリピンは結核患者が多い。水銀蒸気で肺が侵され、体力と免疫力の低下もあいまって肺結核を発症した可能性がある」と指摘する。

 ブライアンさんは「もう水銀は絶対に使わない」と心に決めている。

◇ ◇ ◇

  ASGMの現場では、水銀使用による健康被害や過酷な児童労働が懸念されている。フィリピンとカンボジアの現場で働く子どもたちの姿をリポートする。 【文・畠山哲郎、写真・川平愛】

 

家で金精製、水銀中毒

水銀中毒で亡くなった息子の墓の前で、涙をぬぐうチャリト・アベリャーノ・エルカノさん=フィリピン・カマリネスノルテ州ホセパガニバンで

水銀中毒で亡くなった息子の墓の前で、
涙をぬぐうチャリト・アベリャーノ・エルカノさん=
フィリピン・カマリネスノルテ州ホセパガニバンで

 曲がった指。やせ細った体。息子は数日前から牛乳とフルーツしか喉を通らなくなっていた。「母さん、ものすごく疲れたよ」。ベッドの上で何度も壁をたたき、痛みを訴える我が子。「神様、息子を奪いたいなら奪ってください。痛みがなくなるように、早く連れて行って」。祈るしかなかった。

 フィリピン・カマリネスノルテ州ホセパガニバンに住むチャリト・アベリャーノ・エルカノさん(59)は、7年前、三男のヘルマンさん(当時27歳)を水銀中毒で失った。7歳時に大量の水銀蒸気を吸い込んだことが原因だ。「幼い息子を水銀にさらしてしまったのは自分の責任」とすすり泣いた。

 チャリトさんは1989年、ヘルマンさんらを連れ、レイテ島から生まれ故郷のホセパガニバンに戻った。一帯はゴールドラッシュに沸き、かつての同級生は零細小規模金採掘(ASGM)で多額の資産を得ていた。「自分も稼ぎたい」。60人を雇い、翌年の暮れに所有する山で8キロの金塊を発見。10キロの水銀を買って自宅で精製作業を始めた。

 「この金を誰にも見られたくない」。家の窓を全て閉めきった。合金をあぶり、金を精製する作業を毎日未明まで続けた。密閉した室内に立ち上る水銀の蒸気。ある日、2階で寝ていた当時7歳のヘルマンさんが息苦しさを訴えた。一緒にいた40代の伯父は容体が悪化。病院で水銀中毒と診断され、その日のうちに息を引き取った。

 ヘルマンは……。不安は現実になる。ヘルマンさんは15歳になると、胸の痛みを訴えるようになった。急に笑い出したり、意味の分からないことを話したりすることもあった。「ひどい水銀中毒です」。22歳の頃、そう診断された。治療のかいなく体は徐々にむしばまれた。2010年に亡くなった時は全身がやせ細っていた。

 思いやりのある子だった。「私のせいで体を悪くしたのに、最後まで文句一つ言わなかった。あんないい子を金の生け贄(にえ)にしてしまった」。息子は近くの墓地で眠るが、訪れることはあまりない。「まだ自分の中で生きている、あの子の苦しみを思い出してしまうから」

 愛息の死は、チャリトさんを変えた。今は、ASGMでの水銀使用をやめ、同じ悲劇を起こさないように、周囲の人らに危険性を訴えている。水銀を規制する水俣条約の発効について「これからの世代には水銀の恐ろしさがより広まる」と歓迎する。

 「自分の話を多くの人に伝えてほしい。一刻も早く、水銀が使われなくなるように」【文・畠山哲郎、写真・川平愛】=つづく

カマリネスノルテ州ホセパガニバン
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途上国1000万人超が従事
◇ASGM

Artisanal and Small‐scale Gold Miningの略。国連環境計画(UNEP)によると、少人数で金を採掘・精製するASGMには、途上国を中心に1000万~1500万人が従事する。2010年の大気への水銀の推計排出量1960トンのうち37%の727トンをASGMが占める。

 東南アジアでは貧困家庭や出稼ぎ労働者が政府の許可を得ず違法で行うケースが多い。山のトンネルなどから金鉱石を採取し、精製する際に水銀を使うことが多い。貧しい家庭の子どもが家計を支えるために働いており、水銀の健康被害もより体の小さな子どもに出やすいとされる。

 水銀使用を国際的に規制する水俣条約(8月16日発効)は、ASGMで生計を立てる貧困家庭が多い現状に配慮し、条文を「締約国はASGMによる水銀の使用や排出を削減し、可能なら廃絶するための措置をとる」との表現にとどめた。

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