軽やかに国境を越えられる記者を目指して

論説室　日下部聡（1993年入社）

　10年前には想像もしていなかった自分がいる――大量の英文資料を読み、13人のジャーナリストや公務員に英語でインタビューし、45ページに及ぶ英文のリサーチペーパー（論文）「情報自由法とその応用：日本と英国」を、どうにか書き上げた時、しみじみ思った。

　2016年10月〜17年7月、英国オックスフォード大ロイタージャーナリズム研究所に研究員（フェロー）として在籍し、情報公開制度と報道について日英の実情を調査した。

　ロイター通信の関連財団の基金で運営されている同研究所は毎年、世界各国から中堅以上の現役ジャーナリストを集め、研修プログラムを提供している。

　目標は大きく分けて二つある。一つは、リサーチペーパーの執筆を通じて各自の専門知識を深めること。もう一つは、最先端のジャーナリストやメディア関係者によるセミナー、BBCなどのメディア訪問、パーティーなど、さまざまなイベントを通して人的ネットワークを作ることだ。

　同期のフェローは15カ国から20人。ロシア、フィンランド、韓国、ポーランド、ケニア、オーストリア、インド、香港、スペイン、キューバ、中国、ノルウェー、レバノン、南アフリカ、パレスチナ。本当に多様だった。仕事の形態も、新聞・テレビの記者、ウェブニュースの編集者、フリーランスなど、さまざまだ。

　「世界を知りたい」と漠然と思い始めたのは十数年前、サンデー毎日編集部にいた時だった。事件、政治、スポーツから調査報道まで、何でも扱う週刊誌の仕事の中で、ほとんどの出来事はどこかで外国につながっていることに気付いた。それなのに、日本語圏の内側だけでしか取材できないもどかしさ。テーマに応じて軽やかに国境を越えていけるような仕事ができれば――。2007年、英米の大学にジャーナリスト向けの研修プログラムがあることを知り、「これだ」と思った。

　英語はまったくできなかったので、勉強するしかなかった。37歳にして子供向けのペーパーバックを読むことから始め、BBCやVOAのサイトでリスニングをし、最後は英会話教室にも通った。その結果、英語能力判定テストIELTSで、どうにか大学留学レベルとされる点を取れるようになった。

　2015年に決意して、ロイター研究所と米国の二つのプログラムに応募したところ。幸い、ロイター研究所が受け入れてくれた。45歳になっていた。

　私の突飛な願いを快く許し、私費留学制度を適用してくれた会社には本当に感謝している。

　英語には苦労したが、ロイター研究所での日々は、見るもの聞くものすべてが新しく、刺激に満ちていた。国や文化は違っても同じ仕事をする者同士、価値観を共有できることを知った。世界中のメディアが読者・視聴者離れに苦しみ、デジタルでどうニュースを届けるか、試行錯誤していることも実感した。

　外国人の知り合いなどほとんどいなかったのに、世界中に友達ができた。みんな国に帰った後もソーシャルメディアでつながっている。何人かとは「連携して何か面白いことができればいいね」と話をしている。5年ごとに同窓会があり、2023年にもオックスフォードを訪れて同期生たちと旧交を温めた。

　あらゆることがグローバル化している今、新聞社も例外ではいられないはずだ。英国での経験とネットワークを生かして、毎日新聞の進化に貢献できればと思っている。