2018年イラクIS後 暴虐の傷痕 (6)

長期にわたってISに拉致されていた
ヤジディー教徒のダルシャッド君(右)。
父イリアスさんは息子との絆を取り戻そうとしている
=イラク・ドホーク県で2018年8月
「されたこと全部が嫌だった」。クルド自治区・ドホーク県のキャンプに暮らす少数派ヤジディー教徒、ダルシャッド・イリアス・ハジ君(12)は、3年以上にわたって過激派組織「イスラム国」(IS)に捕らわれていた。心に傷を抱えながら生きる息子に、父は戸惑いながらも懸命に向き合っている。
シリアに近いシンジャル南方の街カフタニヤに2014年8月3日早朝、爆音が響いた。ISの襲撃だった。父イリアスさん(31)は親族宅にいた妻ナディヤさんに電話したが通じない。ナディヤさんとダルシャッド君ら兄妹4人は、シンジャル山に逃れようとしたが、捕まっていた。
ダルシャッド君はISの要衝タルアファルにバスで移され、大きなホールに10月まで監禁された。食事は出たが毛布がなく、家族と床に寝た。その後モスルを経てシリアへ。兄2人はモスルに残され消息を絶った。「アブドルラフマンって男が僕らを買って家に閉じ込めた」。銃を2丁持ち歩く男は母を妻にし、同時に奴隷にした。
クルマンジー(クルド語の方言)を禁じられ、母や妹アリヤさん(8)と慣れないアラビア語で会話。礼拝を拒むと殴られた。毎食出るスパイスを塗ったパンはまずかった。男は「カーフィル(不信心者)」という単語をよく口にした。夜は薄い布1枚をかぶり3人で泣いた。ある日、母だけが転売された。涙を浮かべ「元気でね」とクルマンジーで別れを告げられた。
妹も売られ、ダルシャッド君は別の夫婦に買い取られた。夫婦は奴隷を元の家族に転売しており、イリアスさんに連絡が入った。NGOや親族が計1万2000ドルを支援。昨年12月、父子は再会した。やせこけた体を抱き締めた父。「僕だよ、父さん」。ダルシャッド君の口から出たのは、アラビア語の方言だった。
クルド語が分からずキャンプ内の学校を2カ月でやめたダルシャッド君。今は問題なく話せるが、笑顔が少なく、怒りっぽくなったと父は感じる。夜中に一人座ってぼんやりする姿も見る。医師のカウンセリングで「前より良くなった」というが、記者が夢を尋ねると「イラク軍の将校になって、ISが来たら殺したい」と答えた。
妹アリヤさんは一足先に保護された。「ナディヤを愛している。でも彼らには母親が必要です」。イリアスさんは再婚し、アリヤさんらと共にダルシャッド君を迎えた。
「僕は成長して強くなった。母さんには会いたいけどね」
愛する我が子よ、少しずつでいいから元気になってほしい――。常に顔をのぞき込むようにして息子に話しかける父の姿は少しぎこちなく、温かだった。【文・千脇康平、写真・木葉健二】=おわり
◇ISの現在
イラク、シリア両政府はIS掃討作戦を進め、昨年末までに「勝利」を宣言。一方、国連が今年8月に出した報告書によると、両国内には今も推計2万人以上のISメンバーが散らばり、数千人の外国人戦闘員もいるという。また、連携する戦闘員もアフガニスタンや東南アジア、西アフリカなどに存在するとしている。