主な事業/国際協力に関する事業(世界子ども救援事業)

2018年イラクIS後 避難民キャンプ報告【特集】

希望の明かり 探して

 イラク戦争後の不安定な状況に乗じ、勢力を拡大させていった過激派組織「イスラム国」(IS)は、殺人や拉致などの残虐行為を繰り返し、人々を恐怖に陥れた。イラク軍などとの激しい戦闘では多くの民間人の命が奪われた。一時300万人超が家を追われ、今も約189万人が避難生活を送る。イラク政府の「勝利」宣言から半年以上経過した今年8月、現地に入った。そこには、心や体に刻まれた「傷痕」を抱えながら、懸命に生きる子どもや家族の姿があった。【文・千脇康平、写真・木葉健二】

小さな命 抱え守る

亡くなったISのトルコ人戦闘員を父に持ち、祖父ファジルさん(右)の養子となった男の子=イラク・ニナワ県のハゼルM1キャンプで

亡くなったISのトルコ人戦闘員を父に持ち、祖父ファジルさん(右)の
養子となった男の子=イラク・ニナワ県のハゼルM1キャンプで

 広さ6畳ほどのテント内。大好きなジュースの缶を大事そうに抱えた2歳の男の子が、よちよち歩き回っていた。傍らで見守る祖父の顔は、深いしわが刻まれており、とても49歳には見えないほど老けて見えたため、思わず年齢を聞き直してしまった。ファジルと名乗るこの男性は言った。「ダーイシュ(ISの別称)の下での生活は、60年にも70年にも感じた。だから老いて見えるんだ」

 ISの最大拠点だったイラク北部の主要都市・モスルの東約30キロにあるハゼルM1キャンプ。かまぼこ形のテントが約5000張りひしめき、約1万人(約2000世帯)の国内避難民が身を寄せ、食糧配給や医療、教育などの支援を受ける。8月中旬の午後。日差しが強烈だ。手元の温度計は50度。キャンプ全体が灼熱(しゃくねつ)と砂ぼこりに覆われ、出歩く人はまばらだ。

 ファジルさんはモスル近郊の街バドゥーシュに住んでいた。2014年の秋、一家の日常は暗転した。当時18歳だった愛娘(22)がISを支持する友人の説得に折れ、トルコ人戦闘員と結婚したのだ。髪とひげを長く伸ばした夫はアラビア語をほとんど話せなかった。「俺も妻も嫌だったが、怖くて抵抗なんかできなかった」。娘は夫とモスルへ転居。1年半後、夫は爆撃で死んだ。

 「別の男と結婚させる」と言うIS側に「2、3日だけでも慰めたい」と食い下がり、娘を連れ戻した。戦闘員はそれから何度も家に来たが、娘は「(IS側に)帰りたくない」と拒んだ。父は愛車を売った大金を払い、娘の命に代えた。ほどなく、娘は死んだ夫との子を産んだ。

 「IS戦闘員の息子という過去を背負わせたくない。生涯かけてこの子を守りたい」。孫を自らの養子にし、名を変えた。ISとの関与を疑うイラク治安当局から4回にわたり取り調べを受けたが、なんとか身の潔白を証明した。結婚前はふくよかだった娘はげっそり痩せた。今は過去を悔やみ、泣いてばかりいる。

 キャンプでは母子を含めた9人で生活している。孫は今年初めにテントで料理中の鍋を倒し、上半身に大やけどを負った。赤い痕が残り、暑くなるとかきむしるようになった。毎晩、脇に寄り添って寝る孫を見ながら「明日をどう生きようか」と頭を抱える。

 ISのことをどう思っているのか。記者の問いに「スィフル」というアラビア語で即答した。意味は「ゼロ」。「無価値だ。普通じゃない。危険な殺し屋だった」

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父がモスルで空爆によって亡くなり、自らも破片で傷を負ったグフランちゃん。精神的に不安定となり、言葉もしゃべらなくなった=ハゼルM1キャンプで

父がモスルで空爆によって亡くなり、
自らも破片で傷を負ったグフランちゃん。
精神的に不安定となり、言葉もしゃべらなくなった
=ハゼルM1キャンプで

 キャンプには、不安定な精神状態で暮らす少女もいた。

 4歳のグフランちゃんは、何かに取りつかれてしまったような目付きで、虚空を見つめていた。母ユスラさんによると、昨年7月のモスル解放後、当時住んでいた西モスルで爆撃があり、自宅が倒壊。直前に貴重品を取りに家へ入った父が、下敷きになった。後ろをついてきたグフランちゃんも腹に家屋の破片が当たり、大量に出血し、1カ月入院した。

 医師からは今後7年、服薬を続けるようにと言われている。しかしユスラさんは「グフランは人におびえ、話したがらない。攻撃的で自分の腕をかむ自傷行為もあった」。数回のカウンセリングで少し落ち着いたというが、取材の間、目を常に見開き、一言も発しなかった。横で寝転がる弟マルワンちゃん(2)が食べていたのは、ゆでる前の乾いた即席麺。「注意すると怒る。元気なんだけど、栄養失調気味なのよ」

 今、ユスラさんが求めるのは、子どもたちを養う最低限のお金と、平穏な暮らしだ。記者たちの訪問に疲れて眠くなったのか、グフランちゃんが母の胸で目を閉じた。その時だけは、4歳の女の子の柔らかい表情に戻った。食べかすが散らばり、臭いがこもる蒸し暑いテントの中で、小さな命が必死で生きている。

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