2018年イラクIS後 暴虐の傷痕
拘束3年のヤジディー少年
今年のノーベル平和賞に過激派組織「イスラム国」(IS)による性暴力被害を訴えてきたイラクの女性活動家が選ばれた。今年8月、彼女と同じ宗教的少数派ヤジディー教徒で、3年数カ月もの間、ISに捕らわれた少年をイラクで取材した。両親は消息不明のままだが、少年は、自分を解放してくれたIS戦闘員の妻を「もう一人の母」と慕う。理不尽な人生を背負ってしまった少年。その無垢(むく)な姿に、周囲の大人たちは戸惑いを隠せない。
少年はエイハム・アザド・イリアスさん(8)。2014年8月3日、ISはイリアスさんの故郷シンジャル地方を襲撃。母やその日生まれたばかりの弟と、約50キロ東の街に車で連れ去られた。怖くてずっと泣いていた。母は産後の痛みで顔をゆがめていた。
7カ月後、自分だけがシリアに移され、IS戦闘員の男に買われた。部屋に閉じ込められ、勝手に水を飲もうとすれば殴られた。「コーランを勉強させられた」。数カ月後に転売された。そこが、もう一人の母「サム」の家だった。
IS戦闘員の夫を持つサムは米国人だった。夫婦と子ども4人に加え、ヤジディーの女性2人もおり、奴隷のように扱われていたと記憶している。しかしサムは自分には、会話できるように英語を教え、かわいがってくれた。
約2年後、サムは言った。「ここはあなたの故郷じゃないし、私たちは本当の家族じゃないの」。サムは密航業者に金の装飾品を渡し、昨年11月、イリアスさんを帰した。イラク北部・クルド自治区ドホーク県に避難しているおじ(52)に引き取られ、弟も一足先に保護されたが、両親の安否は今も分からない。
イリアスさんは「医師になって、両親が帰って来たら病気やけがを治してあげたい」と話す。一方、サムに教わった英語でこうも話した。「サムが恋しい。会いたい。両方とも僕の母さん」。サムからもらったぼろぼろのヘアブラシを、今も大切にしている。
サムについては、夫にだまされてシリアに渡ったとの情報もある。しかし、家族や故郷を破壊し尽くしたIS側の人間でもある。おじは、ため息交じりに言葉を継いだ。「サムに会いたがる気持ちは受け止めるが、エイハムはまだ子どもだ。つらすぎる現実を、まだ何も分かっていないんです」【千脇康平】