主な事業/国際協力に関する事業(世界子ども救援事業)

2022年モルドバ報告 離散 

「客人に最善の部屋」
  
裕福でない小国、善意が支え

ウクライナの避難民から相談を聞くアンドレイ・シェビルさん(左)=コムラトで2022年6月、山田尚弘撮影

ウクライナの避難民から相談を聞くアンドレイ・シェビルさん(左)=コムラトで2022年6月、山田尚弘撮影

 2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻で、西隣のモルドバには6月末までに約51万人が逃げ込み、今も約8万人が避難生活を続けている。経済的に裕福とは言えない人口約260万人の小国にとって受け入れの負担は重い。それでも人々が助けの手を差し伸べるのはなぜなのか。

 南部の都市コムラトに住むナタリア・ペトロバさん(56)は3月上旬から2カ月間、ウクライナ南部ミコライウから来たいとこら10~81歳の親族7人を自宅で受け入れた。7人分の食材は自治体から支給されたが、光熱費や水道代などを合わせると世界食糧計画(WFP)からの給付では足りず、自己負担している。

 ペトロバさんは視覚障害のある母と難病を抱え車椅子で生活する娘の介護で働くことができず、母の障害年金などで生活している。借金もあるため予想外の出費は痛手だったが、「自分はこれまで、困っても人に助けを求めることができなかった。他の人にはつらい思いをしてほしくない」と涙ながらに語る。

 7人は現在、ドイツやイスラエルに滞在しているが、ペトロバさんの家に車や荷物を残しており、秋ごろモルドバに戻る予定だ。「ウクライナの状況次第だが、また頼りにされたら拒めない。秋以降は気温が下がり暖房費がかさむだろう。神が助けてくれると信じるしかない」

    ◇

 モルドバの避難者受け入れは国民の善意に支えられる部分が大きい。避難者は主に▽公共施設などに設けられた宿泊所▽モルドバ人の一般家庭▽賃貸住宅――に滞在しており、多くは親族や知人のつてで一般家庭にホームステイしているとされる。避難者には国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から1人月2200モルドバレイ(約1万5000円)が支給される。WFPは避難者2人以上を受け入れる家庭に5月以降に計2回、各3500モルドバレイ(約2万5000円)を支給している。一方、5月時点で食料品が前月比2・5%、前年同月比では3割上昇するなど、物価の値上がりは深刻だ。戦況も長引いており、負担増には懸念が広がる。

 避難者支援を統括するモルドバ政府危機管理センター長のアドリアン・エフロス大佐は「モルドバでの人道支援に対して、日本を含む各国、国際社会からの資金援助には大変感謝している。しかし、故郷に戻れない人はいまだ多く、今後さらに支援が必要だが、それはモルドバだけでは賄いきれない」と訴える。

 UNHCRモルドバ事務所のフランチェスカ・ボネリ代表は「モルドバ政府や国民による迅速な対応、団結力には驚いた。『客人には最善の部屋を用意する』という国民性を反映しているのではないか」と話す。避難生活が長期に及ぶことから「避難者の社会統合を目指し、就労支援や教育の提供などをモルドバだけに任せるのではなく、財政面などで国際社会の支援が必要だ」と指摘する。

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 ペトロバさんと同じコムラトに住むアンドレイ・シェビルさん(26)はロシア語の教員を務める傍ら、ボランティアで避難者の支援に携わる。コムラトはウクライナ国境に近いため避難者が多く、3月ごろは昼夜問わず携帯電話が鳴った。ほとんどが送迎依頼で、シェビルさんは車を持っていないため知人に運転を頼み、燃料費は貯金を取り崩して負担した。夜間は避難者向けの宿泊施設に泊まり込み安全確認に当たった。最近は新たな避難者が減ったが、SNS(ネット交流サービス)で情報発信したり、生活の相談に乗ったりしている。

 シェビルさんによると、地元住民の感情は複雑だ。近所の人や職場の同僚には「モルドバ人も困っているのになぜウクライナ人を助けるのか」と嫌みを言われることもあるという。

 コムラトのあるガガウズ自治区は、モルドバ語のほか、少数民族ガガウズ人が話すガガウズ語、ロシア語が公用語になっているが、学校や日常生活ではロシア語が使われることが多い。シェビルさんは「ロシアのニュースを情報源にしていたり、ロシアに親近感を持ったりする人も多いのではないか」と話す。勤務先では特に年配の教員の間で避難者を快く思っていない人が多く、生徒も家庭での影響か「ウクライナ人が悪い」と口にすることがある。

 シェビルさんの祖父はウクライナ出身だが、それ以上に「困っている人の力になりたい」との思いで支援に携わる。生徒には「何人だろうと目の前に困っている人がいたら助けなくてはいけないよ」と諭す。

 このままでは、いずれ限界が訪れる。そう感じるシェビルさんは「ウクライナの人たちも地域に溶け込むことが大切なのではないか」と指摘する。モルドバ政府はウクライナからの避難者の積極的な雇用を呼びかけており、「仕事に就く避難者が増えることで、『自分たちの社会保障が減る』といった不安が消え、モルドバ人の受け止め方も変わってくるのではないか」とも言う。そして「受け入れは突然の出来事だったが、政府や自治体、国民は短期間でそれぞれができることをやってきた。今後のモルドバにとって貴重な経験になるはず」と力を込めた。【文・宮川佐知子、写真・山田尚弘】

 

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