2018年イラクIS後 暴虐の傷痕 (1)その2

モスルの爆撃で両親を亡くしたジャサム君(上)とハジャルちゃん。
ジャサム君は両親に代わり妹の面倒を見ている
=イラク・アルビル県のデバガ1キャンプで
あぐらをかくと、兄は妹を脚の上にちょこんと座らせた。その頬に優しくキスをして、はにかんだ。「妹のどこが好きかって? 全部だよ」。人なつこい笑みがそっくりな兄妹は、2017年6月、西モスル旧市街の爆撃で両親を亡くした。
国内避難民約9300人が身を寄せるイラク北部のクルド自治区・アルビル県にあるデバガ1キャンプ。広大な敷地にコンクリート造りの平屋が建ち並ぶ。ジャサム・アリ・ムハンマド君(11)と妹のハジャルちゃん(2)は、おばのサアディアさん(43)に引き取られ、親族11人とこのキャンプで暮らす。
以前、ジャサム君は過激派組織「イスラム国」(IS)が支配するモスル南方約90キロの街シルカトで両親や兄妹4人と暮らしていた。16年8月ごろ戦火を逃れ、車で旧市街に移った。戦闘員は怖くて話しかけられなかった。「ひげが胸まであって、髪の毛もすごく長かったよ」。ムチで住民をたたく姿も見た。
17年6月、近所の路上で友人と遊んでいると、大きな爆発音が何回も聞こえた。走って戻ると粉じんの中、自宅の屋根が落ちていた。「どうしたらいいの」。がれきの前で泣きじゃくるジャサム君に近所の人が気付き、血だらけの母を引っ張り出した。地下室にいたハジャルちゃんら兄妹は無事だったが、母は病院で息を引き取った。父の亡きがらも、がれきの中から見つかった。
背が高かった父はいつも陽気で、友達のように仲良しだった。ISが来る前、遊園地で観覧車に乗り、一緒に街を見下ろした日を思い出す。母はただ優しく、一度もたたかれなかった。小遣いをもらうと、喜んで菓子を買いに走った。「父さんと母さんをとっても愛していたんだ」。買ってもらったおもちゃのトラックもお気に入りの赤いシャツとズボンも、潰れた家の下に埋もれた。
他の兄妹3人は別の親族に引き取られ、隣のキャンプで暮らす。ジャサム君はすすんでハジャルちゃんの面倒を見る。菓子を食べさせ、水を飲ませ、添い寝もする。「僕が友達と遊びに行こうとすると泣くんだ」。笑顔で話すジャサム君に、サアディアさんは「私にのしかかる重圧を和らげてくれるんです」と目を潤ませた。自身もまた、爆撃やISの狙撃で夫と息子3人を殺された。
「父さんや母さんが生きていたら、きっと同じことをしてくれただろうな」。ジャサム君はハジャルちゃんをぎゅっと抱きしめた。自らのやり場のない寂しさを紛らわせるかのように。【文・千脇康平、写真・木葉健二】=つづく
◇国内避難民190万人
国際移住機関(IOM)によると、14年以降、ISの勢力拡大や戦闘の影響で300万人超が国内避難民となった。モスルがあるニナワ県からの避難民が最多。ISの退潮に伴い減少傾向だが、8月末現在で約190万人がキャンプや親族宅などでの避難生活を余儀なくされている。