主な事業/国際協力に関する事業(海外難民救援事業【旧「世界子ども救援事業」】)

2019年ナイジェリア報告 終わらぬ恐怖 (5)

かすむ豊漁の記憶
  
湖枯渇 襲撃と二重苦

国内避難民キャンプで網の手入れをする漁師のウスマン・ブカルさん=ナイジェリア・ボルノ州で10月

国内避難民キャンプで網の手入れをする
漁師のウスマン・ブカルさん=ナイジェリア・ボルノ州で2019年10月

 ナイジェリア、ニジェール、チャド、カメルーン計4カ国の国境地帯にあるチャド湖地方。かつては4カ国にまたがっていたチャド湖は、干ばつの影響で縮小し「消えゆく湖」として知られる。イスラム過激派の武装勢力「ボコ・ハラム」は、この地方の漁村も襲撃した。湖の枯渇と襲撃という二重の不安に、村を追われた漁師たちの苦悩は深い。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)などによると、チャド湖は1960年代前半には水面の面積が約2万5000平方キロあり、沿岸に複数の村があった。水量が減ってきたのは80年代ごろ。2010年には約1700平方キロまで小さくなった。地元のある漁師は「40年前の住居は湖のそばにあったが、今は約40キロも離れてしまった」と証言し、今も縮小が続いているとみられる。8、9月を中心にティラピアなどの魚が取れるが、年々数が減り、サイズも小さくなっている。

 湖から約60キロ離れたナイジェリアの国内避難民キャンプで、1人で暮らす元漁師のハルナ・タンコさん(65)。3年前、住んでいた村がボコ・ハラムの襲撃を受けた。「多くの住民が撃ち殺され、住宅などの建物が次々と破壊されていった」。着の身着のままで逃げたタンコさんは、10代から50年以上続けてきた漁をやめた。チャド湖の水が減り、漁獲量が減っていたところを襲われ、収入を完全に断たれた。「子どもの頃からずっとやってきた。漁をできないのはつらい」と話すと、暗い表情になった。

 同じキャンプで家族5人で生活するウスマン・ブカルさん(65)は、約30年間、漁師をしていた。幅約100メートル、高さ約1メートルの仕掛け網の使い手。近年は漁の最中に襲われる事例もあることから、朝から昼までの5~6時間に漁の時間を短縮していた。16年、ブカルさんの住む場所に近い集落が、ボコ・ハラムに襲われた。身の危険を感じ、妻や子どもたちと逃げた。

 今も漁師仲間数十人でキャンプに近い別の湖に漁に出かけるが、漁獲量は月約1カート(約4000円相当)で、チャド湖と比べて約5分の1に激減。「チャド湖に戻るのは危険だとわかっている。戻れる日は来るだろうか……」。額にしわを寄せ、しばらく遠くを見つめると、再び、黙々と漁の網をつくろい続けた。

 2019年9月13日、湖にほど近いカメルーンの軍駐屯地がボコ・ハラムに襲われ、兵士6人が死亡した。豊漁の記憶は、さらにかすんでいく。【文・岡村崇、写真・山崎一輝】

 

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