第31回 織田作之助賞、紙面特集


多彩な才覚集う

大阪生まれの無頼派作家、織田作之助(1913~47年)にちなんだ「第31回織田作之助青春賞」と新設の「織田作之助Uー18賞」(大阪市・大阪文学振興会・関西大学・毎日新聞社主催、一心寺・ルーブル書店協賛)。昨年12月に各賞を受賞した2人が喜びを語った。応募数は青春賞が241編、Uー18賞が76編だった。織田作之助賞に決まった朝井まかてさん(55)の「阿蘭陀西鶴(おらんださいかく)」(講談社)と藤谷治さん(51)の「世界でいちばん美しい」(小学館)の2作とともに、選考委員の選評を紹介する。【清水有香】

青春賞

「ジンジャーガム」柳澤大悟さん(25)=東京都台東区、大学院生

◇ありふれた日常素材に

小説を書き始めてわずか2年。「(受賞の)実感はないですが、多くの人に読んでいただける機会を与えてもらい、光栄に思います」と語る。

受賞作は東北で震災のあった夏、バックパッカーとして旅をする男子大学生が主人公。「自分」は小さな町にある駅のホームで出会った会社員の男と、ある賭けをし、蝶(ちょう)のサナギと男のジンジャーガムを交換する。後日、吐き捨てたガムがサナギのように見えて……。現実と幻想を織り交ぜながら、「自分」の心の変化を乾いた筆致でつづる。

これまで完成させた小説は短編から長編まで5作。テレビや新聞、インターネットなどから物語のヒントを得る。「僕自身、人と違った特別な経験があるわけではないし、特別な知識もない。それでも、ありふれた日常生活の出来事を素材にして優れた小説が書けると信じています」

好きな作家は夏目漱石。高校時代から愛読し、中でも「三四郎」は小説の魅力を教えてくれた大切な作品だという。23歳の主人公・三四郎にあこがれ、自身も23歳になる年、横浜から同作の舞台である東京・本郷近くへわざわざ引っ越したほどだ。

受賞は小説家の夢への大きな一歩になった。理想の作品を「頑丈なデジタル時計のような小説」と表現する。「見た目は安っぽくても、耐久力のある物語。精巧で華麗な高級品でも、すぐ壊れてしまうものには魅力を感じません」

Uー18賞

「池から帰るふたり」中原らいひさん(17)=大阪府河内長野市、フリーター

◇一文一文の流れを意識

夏休みのある一日、クラスメートとの偶然の出会いから父の死を受け入れていく中学3年生の「僕」の物語。あらかじめ主題は決めず、頭に浮かんだイメージをつなぎ合わせた。3日間で書き上げ、メールで提出したのは応募締め切りの30分前。「とにかく時間との闘いでした」と苦笑いする。

父親にメールの文章をほめられたのがきっかけで、1年半前から小説を書き始めた。読書が趣味で、自然科学系の新書からライトノベルまで対象は幅広い。文学賞に応募するのは初めて。「めんどくさがりな性格で、なかなか完成まで至らなかった。今回は今まで書いた中で一番長く、成長できた実感があります」

受賞作は、「僕」と転校生「吉川」の会話を中心にテンポ良く展開する。曇り空の下、いつものように池をぼうっと眺めていた「僕」は、教室で視線を交わしたこともない「吉川」に声を掛けられた。学校や趣味の話に花を咲かせ、話題は3年前に事故死した父の話に。気付けば「僕」は、父の死を思い初めて涙を流していた。丁寧な情景描写で、降り出した雨が効果的な役割を果たしている。

執筆で特に意識したのは一文一文の流れ。一昨年、坂口安吾の短編「桜の森の満開の下」を読み、文章の力に圧倒された。「短くてリズムがある。特に終盤のたたみかけるような文章がすごい」。まだ17歳。「人生経験をたくさん積んで、精力的に書いていきたい」

選評

◇感性に舌を巻く–作家・吉村萬壱さん

青春賞受賞作「ジンジャーガム」は、3・11の被災者がゆっくりと希望を回復していく一種の幻想譚(たん)と読んだ。ストイックな筆の中に哀(かな)しみが滲(にじ)み、運命に向き合う構えに真摯(しんし)さがある。今回から始まったU―18賞だが、レベルが高く驚いた。「雨宿り」は作り物的な部分もあるが、置かれた場所で感じ考えているピュアな姿勢に好感が持てた。「極彩音の日々」は主人公が音に襲われる描写に迫力があり、何かあると思わせた。受賞作「池から帰るふたり」の作者の感性には舌を巻いた。シンプルで自然な文章が、読者まで雨に濡(ぬ)れさせてしまう。見事だ。

◇まさかの展開巧妙–作家・堂垣園江さん

今回は受賞作と「老いらくのハンバーガーショップ」が競い合った。前者は、文章のくどさが気になったが、サナギからふ化した幻影の蝶が、青年に寄り添い、震災後の青年の心の喪失感を埋めるラストは圧巻だ。後者は、ユニークな老人と若者が心を通わせる理想的光景が描かれ、好感が持てたが、受賞作を上回る圧倒的強みに欠けた。新たに始まったU―18候補作は、力がみなぎっていた。受賞作の無駄のない会話表現と繊細な心理描写は実に見事で、将来性が期待できる。「極彩音の日々」の音の効果もうまく、脳裏に焼き付いた。

◇青春賞最終候補作◇

  • 「バックギャモン」柴田犬人(けんと)
    「老いらくのハンバーガーショップ」鳥豆(とりまめ)卓矢
    「海鳴(かいめい)そぞろ」井上田螺(たにし)
    「ジンジャーガム」柳澤大悟
    「ザマアくん」戸城惹乃(としろひの)

◇Uー18賞最終候補作◇

  • 「極彩音の日々」樋田大輝
    「雨宿り」北村朱理
    「池から帰るふたり」中原らいひ

織田作之助賞

  • 「世界でいちばん美しい」藤谷治さん(51)
    「阿蘭陀西鶴(おらんださいかく)」朝井まかてさん(55)

選評

◇人間像を全方位から–作家・辻原登さん

朝井まかて氏は、江戸期最大の難人物西鶴に盲目の娘おあいを配して、彼の人間像を全方位から捉えようという、どんな手だれでも尻込みするような冒険に乗り出し、それに成功した。巧みなストーリーテリングで、おあいの幸不幸も十分伝わった。織田作之助賞にふさわしい佳品を得た。同時受賞の「世界でいちばん美しい」は、無垢(むく)と音楽を基調としたビルドゥングスロマンである。技においても、深みと広がりにおいても比類がない。外せないのは不思議なタイトルの「ボラード病」だが、3作受賞というわけにもゆかず、苦渋の選択となった。

◇「大器晩成」の言葉通り–前関西大学長・河田悌一さん

熱い討論の結果、今回は2作が受賞。老子は「大器晩成」というが、その言葉通りの、2人の作者が選ばれた。舞台は江戸時代と現代と異なる。が、両作品はどちらも、きわめて小説らしい小説であった。朝井まかて氏は巧みな大阪弁で、盲目の娘の視点からみた、人間味に溢(あふ)れる西鶴像を見事に活写。最初は父西鶴に批判的だった娘が、年齢を重ねるに従い理解あるものに変化する。そこに魅力を感じた。料理の描写は秀逸。藤谷治氏は才能ある、生まじめで一風(いっぷう)変わった若き音楽家の姿を、その幼なじみとの交流の中から描き出す。一種の青春小説として、感銘をうけた。

◇朝井氏の作品が圧倒–作家・高村薫さん

受賞の2作は、ともに物語をつくろうとする強い意欲がみごとな成果を生んでいると思った。「阿蘭陀西鶴」は、9歳で母を失った盲目の娘おあいが父・西鶴を語るという枠組みだが、おあいの成長と共に父親への理解と思いが奥行きを増す。そこにドラマがあり、そのドラマを軽妙な大阪弁がしっかりと支え、作品の完成度も高い。「世界でいちばん美しい」は、クラシック音楽の天才的作曲家・せった君の「無垢」なる存在が、複雑な語り口のなかで鮮明に、劇的に描かれる。輝かしいイノセントの肖像がきわめて魅力的だった。

◇印象鮮烈、文句なし–文芸評論家・田中和生さん

選考のために読んだとき、藤谷作品と朝井作品が甲乙つけがたいと思ったが、初読(しょどく)だったことで印象が鮮烈だった「阿蘭陀西鶴」を推そうと思って選考会に臨んだ。蓋(ふた)を開けてみると「阿蘭陀西鶴」は文句なしだった。西鶴という男性作家を相対化する盲目の娘という視点、それが成長して変化するという構成に小説を読む歓(よろこ)びが満ちていた。すると心残りは「世界でいちばん美しい」の方で、藤谷版ドン・キホーテとも言うべき音楽家「せった君」を、柔らかい言葉で描き切った膂力(りょりょく)を称賛したかった。同時受賞を祝いたい。

◇織田作之助賞最終候補作◇

  • 朝井まかて「阿蘭陀西鶴」(講談社)
    伊藤たかみ「ゆずこの形見」(河出書房新社)
    戌井昭人「どろにやいと」(講談社)
    藤谷治「世界でいちばん美しい」(小学館)
    吉村萬壱「ボラード病」(文芸春秋)

(2015年1月10日毎日新聞大阪朝刊掲載)

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