第34回 織田作之助賞 紙面特集


青春 対称的に描き

 大阪生まれの無頼派作家、織田作之助(1913〜47年)にちなんだ第34回織田作之助賞(大阪市・大阪文学振興会・関西大学・パソナグループ・毎日新聞社主催、一心寺・ルーブル書店協賛、三田文学会特別協力)に、古谷田奈月(こやたなつき)さんの「リリース」(光文社)と、東山彰良(あきら)さんの「僕が殺した人と僕を殺した人」(文芸春秋)が選ばれた。また、24歳以下対象の青春賞は応募数146編の中から馬場広大(こうだい)さんに、主に中・高校生対象のU―18賞は23編から吉田菜々穂さんに決定。2人の喜びの声と、本賞を含めた選評を紹介する。

「リリース」 古谷田奈月さん/「僕が殺した人と僕を殺した人」 東山彰良さん

 ◆選評

 ◇息つがせぬ展開、見事 文芸評論家・湯川豊さん

 東山彰良氏の長編はストーリーの展開に小説の力が満ちている。1980年代の台湾の少年グループの、友情と抗争が息もつがせぬ展開で描かれ、やがて不吉な暴力の出現を予感させる。それを書き切っている文体のみごとさは類がない。少年の一人は長じてアメリカに渡り、サックマンと称される殺人鬼となる。この暴力の変貌も、飛躍ではあるが一種の力があった。私は東山作品を推したが、いっぽうで古谷田奈月氏の作品がもつ、「性差」を素材にした奇想の鮮烈さにも支持が多く集まった。この二作を受賞とすることが妥当であると判断した。

 ◇揺れる感情、人間的 文芸評論家・田中和生さん

 古谷田作品は、性的な自由さが実現されたSF的な世界に生きる人間を描き、読者を否応(いやおう)なく性的な問題に巻き込んでいく。若い男女の教養小説にもなっているが、彼らの揺れ動く感情に人間的な魅力を感じた。粗削りな部分もあるが、作者の荒々しく、新しい物語的な想像力を高く評価したい。谷崎作品は、現代日本を生きる女性に養蚕という神話的なイメージを重ね、新鋭らしく新しい女性像を提示していると思ったが、十分な支持を得られなかった。同時受賞となった東山作品は、台湾に生きる少年たちの群像描写が圧倒的で、その魅力に説得された。

 ◇人と自由問いかけ 文芸評論家・重里徹也さん

 古谷田作品は読者をしきりに「考えること」に誘う。舞台はジェンダーフリーの全体主義国家。この管理された世界で、徹底して個として生きようとしたらどうなるか。性を通して、人間とは自由に耐えられる存在なのか、自由は果たして人を幸せにするのかを問いかける物語と読んだ。答えのない問題に果敢に挑んで、思弁的な世界を繰り広げている。

 東山作品は台湾の少年たちの濃密な日々がきわだっていた。雑多で、無秩序。血縁に悩み、暴力が噴出する。それがテンポのいい文章でつづられていた。切実でいとしいドラマだった。

 ◇内面描写、足りない 作家・高村薫さん

 評者はかつて東山彰良氏の直木賞受賞作「流」を絶賛したが、残念ながら今回の候補作は推さなかった。「流」を彷彿(ほうふつ)とさせる台湾時代の少年たちの輝きに比して、渡米後のシリアルキラーの物語は物理的にも心理的にも唐突の感が否めず、著しくバランスが悪い。もともと大きく断絶しているものを接続させるためには、シリアルキラーの複雑怪奇な内面の克明な描写が不可欠のところ、記憶喪失で片づけてしまっては作者の才能が泣くだろう。古谷田奈月氏の「リリース」は、舞台も登場人物も未(いま)だ小説としての鍛錬を欠き、アイデアだけが疾走している。

 ◇双方に重なる「1984」 作家・辻原登さん

 受賞の二作はきわめて対称的な作品だが、優れた“青春小説”で共通する。

 「リリース」はジェンダーフリー社会を実現した近未来・・・の独裁国家というアイロニカルな設定で、マイノリティーとなった異性愛者たちが体制に反抗して立ち上がる。「僕が殺した人と僕を殺した人」は、1984・・・・という過去・・の台湾を主要な舞台にしているが、我々の胸に少年時代へのノスタルジーをかき立てつつ、日本語という現在・・の力で「僕ら」の“青春”を描き切った。オーウェルの「1984」が双方の作品に重なる。織田作之助賞は貴重な二作を得た。

 ◇読後に思考を刺激 関西大学長・芝井敬司さん

 五つの秀作のうちで、古谷田氏と東山氏の作品を推した。

 「リリース」は読者を混乱に誘う。身体的性と文化的性、性自認と性指向の間を、せわしく往来しながら、仮構の未来社会オーセル(オーウェルを連想させる)に引き込まれていく。性適合手術と同性婚、精子バンクと人工授精にコントロールされたディストピアを舞台に、テロ事件の謎が作品の展開にしたがって解きほぐされていく。作品のエネルギーを感じて、読後に思考を刺激され、もっとも考えさせられた作品だった。東山作品の魅力に、多弁は必要がないだろう。2作受賞を祝福したい。

古谷田奈月さん
東山彰良さん

 ■最終候補作
 木内昇(のぼり)「球道恋々」(新潮社)
 古谷田奈月「リリース」(光文社)
 谷崎由依「囚(とら)われの島」(河出書房新社)
 東山彰良「僕が殺した人と僕を殺した人」(文芸春秋)
 又吉直樹「劇場」(新潮社)

 

青春賞「みかんの木」

 ◇古里への愛憎、木に 馬場広大さん(24)=鹿児島県姶良市、保育士

 離島を舞台に、夏休みの男子大学生が帰省して家族や女友達に会う一日の出来事を描いた。簡潔な文章で、島の風景や人々をリアルに浮かび上がらせた。

 「『土地と人』が大きなテーマ」と話す。自身も、種子島生まれで、関西の大学に進学した。鹿児島に戻り、創作を続ける中で昨夏、「ふるさとの島への愛憎」を1本のみかんの木に託すアイデアがわき、一気に書いた。

 別の文学賞の最終選考で「登場人物の魂の動きがない」と否定され、「今回は島への思いを中心に“魂の動き”を書こうとした」。自作の小説を小冊子にしてカフェなどで配布している。青春賞には6度目の挑戦だった。「もっといいものが書けると思う。鹿児島で書き続けたい」【伊地知克介】

馬場広大さん

 ■最終候補作
 「視線を超えて」町田舜
 「どこにも行けない」犬井作
 「蜘蛛(くも)を潰して」渡邊伊織
 「みかんの木」馬場広大
 「伊吹山」岩倉栄治

 

U-18賞「サイコロバレンタイン」

 ◇人間の多面性、託し 吉田菜々穂さん(16)=東京都港区、高校生

 不登校になった中学生・夕陽が新たな出会いを機に一歩踏み出した成長物語。親友や父親に対してさまざまな「顔」を見せる主人公の姿が印象的だ。「思春期の女の子の素直になれない気持ちを描きたかった」と話す。

 夏休みの宿題を終えて執筆し始めたのは締め切りの数日前。1年近くパソコンに書きためていた断片を織り交ぜ、初めての小説作品にまとめた。「サイコロ」に託したのは多面的な人間の姿だ。「人間関係につまずいた時、相手の知らない面を見ようとすることが大事だと思うんです」

 受賞はゴールではなく、始まりだと感じている。「誰に読んでもらっても恥ずかしくない小説が書けるよう、いろんな経験を重ねていきたい」【清水有香】

吉田菜々穂さん

 ■最終候補作
 「黒フードからの贈り物」諏訪部光
 「サイコロバレンタイン」吉田菜々穂
 「音の鍋」キショウ

 ◆選評

 ◇島の魔力土臭く 作家・吉村萬壱さん

 青春賞受賞作「みかんの木」は、若い男女の性愛描写によって、彼らを支配する島の魔力を浮かび上がらせたその土臭い筆力を買った。登場人物に決して同情しない距離感もよい。更に島小説を徹底させ、より普遍的な鉱脈を掘り当ててほしい。U―18賞受賞作「サイコロバレンタイン」は、学内と学外の境にある守衛小屋という設定がよい。境界という舞台が様々(さまざま)な両極を揺れ動く主人公の心とリンクして、俄然(がぜん)動きが出た。「黒フードからの贈り物」は既成の価値観に疑問を持ってほしかった。「音の鍋」は、小説ではなく童話かもしれない。

 ◇「呪縛」を的確に表現 作家・堂垣園江さん

 相変わらず絶望している若者たちの作品の中で、青春賞は「みかんの木」を推した。シンプルに描くことで「呪縛」という自己暗示の世界を的確に表現する力は受賞に値する。他の作品も例年にないチャレンジが見られたが、凝りすぎて破綻していた。惜しい、と思わせる魅力はどの作品にもある。受賞に至らない理由を自覚することで成長してほしい。U―18は4年目にして若干の失速傾向を見せた。厳しい評価は避けたいが、受賞作が突出していたわけではない。言葉の選び方のマズさは、表現力不足だけではないだろう。「音の鍋」は小説と落語の勘違いを指摘しておく。

 ◇力強い性衝動、新鮮 関西大教授・柏木治さん

 今年の応募作は全体的にやや力不足の感が否めなかったが、そのなかにあって受賞作は、「本土」の大学に進学して夏に帰島した青年の性衝動を力強く描いていて、他にはない新鮮味があった。揺曳(ようえい)する「土地の空気」や「におい」など、「島」を呼吸しながら膨らむ抑えがたい衝動が、場の土俗性と混じりあい、象徴的に大地へと還流していく気配を短い文章で的確に表現している。U―18賞は、読ませる力において受賞作が他を一歩引き離していた。最後の仲直りの場面にいくぶん安易さは残るものの、この賞にふさわしいすがすがしさを感じさせる作品である。

 

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