第49回毎日農業記録賞《高校生部門》優秀賞・中央審査委員長賞


豚のアニマルウエルフェア実現を目指して

小川 さら(18)=神奈川県立相原高校3年

中の豚にブラッシングをする小川さらさん。なついた豚が顔を寄せる=神奈川県立相原 校で、宮島 実撮影

◇おがわ・さら
 出身は横浜市。大の豚好きで養豚を学ぶために毎日電車で片道2時間かけて通学している。小学生の時はマーチングで打楽器を、中学校では吹奏楽部でユーフォニアムを吹いていた。競技かるたも趣味だ。相原高校では第2、4土曜日に校内の直売所で、豚肉などの畜産科の生産物を販売している。

 「ひどい、ひどすぎる」

 これがあの光景を目の当たりにした際の、私の第一印象でした。私は3歳の時に数時間に及ぶ頭の大きな手術をし、長い期間入院生活を送っていました。その際に、ずっとそばにいて私を勇気づけて支えてくれたのが、母がくれた一匹の豚のぬいぐるみでした。そのことがきっかけで豚が大好きになり、豚についてもっと知りたい、豚と触れ合える職業に就きたいと思うようになりました。そして、小学校4年生の時にテレビ番組で相原高校が紹介され、授業で家畜の豚について学べる珍しい学校があることを知りました。相原高校合格という目標に向かって日々、私は苦手だった勉強も精いっぱいの努力をしました。合格通知を受け取った際には、今までに感じたことない喜びで涙があふれたことを今でも忘れられません。念願だった相原高校に通い、部活動でもずっと入りたかった畜産部豚プロジェクトに入り、日々豚と触れ合える幸せな生活が始まると私は胸を高鳴らせていました。

 ところが、1年生のはじめての実習。豚の誕生から出荷までの一連の流れについて学ぶ中、子豚の去勢に接し、その光景に衝撃を受け、大泣きしてしまったのでした。本校では身動きをとれないように子豚の手・足・頭を数人で押さえつけ、雄の陰嚢をメス等で切開し、精巣を取り除く方法をとっています。去勢は雄豚特有の不快な臭いや肉が硬くなるのを防ぐため、または性質温順にして飼育しやすくするためだと授業で学びました。通常日本では、時間やコストがかかるなどといった理由でほぼ100%麻酔をせずに行うのが一般的であり、激しい痛みが子豚たちを襲います。去勢の他にも、子豚たちは、豚どうしが傷付くこと、肉の毀損を防ぐための断尾や切歯、母豚では妊娠中114日間の身動きを制限する分娩ストールなどがあり、さまざまな苦痛を味わうことを知りました。

 私は、高校で畜産を学び、養豚業は生業であり、私たちの生活に不可欠であることも理解しています。しかし、たとえ生産性を重視するにしても、そのために豚たちに苦痛を与えることを本当の意味では理解することができませんでした。

 そのような中、私はある考え方を知りました。それは、アニマルウエルフェア、すなわち動物福祉です。動物たちが日々の生活の中で苦痛を味わわず、心理学的幸福を与えられるようにする考えのことです。近年では、このアニマルウエルフェアの考え方は畜産分野でも取り入れられ、世界の主流となりつつあるグローバルGAPでも、豚の去勢、断尾、切歯が制限されていることを知りました。

 そして豚では、性腺刺激ホルモンを特異的に中和することで精巣機能を抑制し、雄臭をコントロールすることができるインプロバック等の免疫学的去勢製剤が開発され、去勢と同様の効果が得られることが分かりました。主にヨーロッパやオーストラリアなどの国々に普及しており、日本も2010年に承認されました。

 しかし、日本では、コストや安全性、肉質に影響が生じるのではないかという懸念から、普及していません。私はこの事実を知った際に、インプロバックを普及させたい、また効果が本当に得られるのか実際に確かめてみたいと強く思うようになりました。そして3年生の課題研究を通して、実際にインプロバックについての研究を行うことを考えていました。先生に相談したところ、神奈川県では入手困難であったため、研究を行うことはかないませんでした。

 普及しない理由として、コストや安全性、肉質への影響に対する懸念以外にも、獣医師の免疫学的去勢製剤への理解も必要であることを感じました。そして、このままでは今までと何ら変わりない、経済動物として私たち人間のために命をささげてくれている豚たちが苦痛を味わい、出荷されるのはおかしいのではないか、と私は改めて思いました。

 一方で、東京オリンピック・パラリンピックの開催にあたり、その食材として提供される日本の畜産物を生産する家畜たちのアニマルウエルフェアへの対策が遅れていることも問題となっていました。この二つの出来事から、私はアニマルウエルフェアの考えが日本はあまりにも浸透していないことを思い知らされました。

 私はどうにか工夫をして、雄豚を去勢せずに、インプロバックも使用せずにおいしい豚肉の生産ができないか考えました。そして、性成熟が始まる前に出荷する、つまり雄の生殖活動が始まる前に出荷するという方法に至りました。雄豚特有の臭いや肉の硬さは性成熟を迎えてから顕著になることが分かっており、その前に出荷することで、苦痛を味わわずに出荷まで快適に過ごすことができるのではないかと考えたからです。アニマルウエルフェアを重視して飼育を行うことが目標であるため、去勢をせずに飼育することの他にも、断尾や切歯をしない、豚一頭一頭が快適に自由に過ごせるように飼育面積を確保することにしました。そして私が一番大切だと考えている、「豚に人間を大好きになってもらうこと」を実践しました。豚の飼育管理を行う上で、給餌や除糞、体重測定など豚と人間が接触する際に豚が人間嫌いであると、飼育管理がやりづらくなるばかりではなく、豚にストレスがかかってしまいます。私はこの課題研究を行うにあたって、一番苦労したことが豚の人間嫌いを改善することでした。子豚の頃に何度か無理やりに体重測定を行ったことがきっかけで、何頭かの豚は人間を見るたびに逃げ回るようになってしまいました。それらをどうにか改善できるように、日々の管理で声をかけたり、豚房に入り興味を持って近づいてきてくれるまで待ったり、一番嫌いな体重測定も自分から入るまで待ち、無理な誘導はしないなど、たくさんのことに気を使いました。そして徐々に人慣れし、最終的には人間が大好きになり、目があったり、呼んだりしただけで走ってきてくれるほどになりました。

 そして月日がたち、性成熟が始まる前の、約4カ月を過ぎた頃に無事出荷をしました。性成熟が始まる前に出荷したものの、やはり臭いや肉質が劣るのではないか、やはり去勢は絶対にしなければならないものかな、といった不安がたくさん頭をよぎりました。ですが、そのような私の不安は見事に裏切られ、見た目や臭い、味も去勢した豚との変化はあまりみられませんでした。加工していただいた精肉店からは「去勢しなくても、このような素晴らしい肉ができることは驚きだ」と高い評価を得ることができました。

 試食してもらった先生や友人からもおいしいという声を多くいただきました。しかし、一部の方には少し雄の臭いや味がするといった意見があったため、加工品であるベーコンを作り試食していただきました。「少し臭いがする」というご意見の方からも、「これならおいしく食べられる」との声をいただき、加工品としての可能性もひろがりました。これらの経験から、私は去勢などの苦痛を味わわずとも、豚たちは出荷まで快適に過ごすことができる。この方法なら日本でも豚のアニマルウエルフェアは実現できる、と確信しました。

 しかし、課題も残りました。性成熟が始まる前に出荷するため、去勢した豚よりも約1カ月半早く出荷しなければならないことです。苦痛を味わわずに過ごすことはできるものの、去勢をした豚よりも生きられる期間が短い、あるいは出荷体重、枝肉重量が小さくなる、等の欠点があります。

 私は高校卒業後、農業大学校に進学し、養豚についての知識・技術をさらに向上させていきたいと考えています。そして、これらの課題の改善策を進学先でも研究していきたいと思っています。最終的には新規就農をし、自分で養豚場を経営したい、年々減少している次世代の経営者として養豚の未来に貢献したいと考えています。去勢、断尾、切歯をしないなど、アニマルウエルフェアにのっとった飼育管理を実践し、今回取り扱うことができなかったインプロバック等の免疫学的去勢法についての研究も進め、一般消費者の方々の理解を得つつ日本中に普及させることを目標に、日々精進していきたいと思っています。今後の日本がアニマルウエルフェアを重視し、豚を含めた動物たちが幸せな一生を送れる日が早く来ることを私は願っています。

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