第67回毎日芸術賞を贈呈


 第67回(2025年度)毎日芸術賞(特別協賛・株式会社ユニクロ)の受賞者が決まり、2月6日に東京都文京区のホテル椿山荘東京で贈呈式を開催しました。

 本賞を受賞したのは、ピアニストの井上二葉さん、造形作家・批評家の岡崎乾二郎さん、作家の小川洋子さん、劇作家・演出家の鄭義信さん、建築家の藤本壮介さんの5人です。若手芸術家を顕彰するユニクロ賞には作曲家・音楽家の坂東祐大さんが選ばれました。

 

贈呈式に出席した(左から)井上二葉さん、岡崎乾二郎さん、小川洋子さん、鄭義信さん、藤本壮介さん、坂東祐大さん=東京都文京区で2026年2月6日

動画でもご覧いただけます(動画約10分)

 

音楽Ⅰ部門(クラシック・洋舞)

井上二葉さん(ピアニスト)
ガブリエル・フォーレ歿後百年記念コンサート/エラールピアノ演奏会/井上二葉独奏会

井上二葉(いのうえ・ふたば)さん

◇美しいものに仕える幸せ

 「これだけ長い間続けてこられたのは、周りの方のおかげです」。1世紀近く音楽の世界で過ごしてきたピアニストは謙虚だった。
 戦前を知る95歳。激動の時代を生きてきた。技術の発展に伴い、手軽に音楽を聴ける世の中になった。「ですが本来音楽とは、人間が楽器や声で奏でて、その場で空気を通して感じるものだと考えています」
 移り変わる世の中で、演奏家として自分にできることは何か。「あまり演奏されないものを生で提供すること」と考え、フォーレの作品に取り組んだ。難しさもあったが「美しいと思うものに仕えて過ごせることは幸せなこと」と語った。
 「今回(受賞を機に)、フォーレという名前に光を与えていただけましたこと、本当にありがたく思っています」。その言葉には、作品に誠実に向き合う姿勢がにじんでいた。

 

美術Ⅰ部門 (絵画・彫刻・工芸・グラフィック)

岡崎乾二郎さん(造形作家・批評家)
「岡崎乾二郎 而今而後」展(東京都現代美術館)

岡崎乾二郎さん(造形作家・批評家)

◇時代超え残すべき仕事を

 体を揺らすように歩き、壇上に立った。手につえはない。「来年は走っているかもしれません」。そう宣言し、会場を沸かせた。
 脳梗塞で倒れたのは2021年。半身不随となったが、リハビリの末、大作が描けるまで回復した。多くの人に励まされ「自分の仕事には公的な意味がある。自分は美術作家であると自覚しました」。〝再デビュー〟から5年。「平和が脅かされる時代になっても、残すべきものがあるという理念を示すために作っている」とつくづく思う。
 病気になった後、制作の量は増えた。「前より面白いことをやっている」との自負があるが、「すべては手伝ってくれているみんなの力」と感謝する。「僕の理念としては、こういうものも人間が作れたんだということを残していけるよう今後も頑張るつもりです。理念は絶対、変えちゃいけません」

文学Ⅰ部門(小説・評論)

小川洋子さん(作家)
小説『サイレントシンガー』(文芸春秋)

小川洋子(おがわ・ようこ)」さん

◇活字から音を聞くように

 まず一言、「このような芸術家の方々と一緒に賞を受けることを光栄に思います」と喜びを語った。
 受賞作について「人と言葉を通じて関わり合うことの裏側にある暴力、狂気に恐れを抱いて言葉を手放す人たちの話」と紹介。自分自身と出会うための沈黙と孤独の大切さ、そこに宿る希望について述べ「人間が言葉を獲得する前からあった空気の振動のようなものに耳を澄ませ、活字の中から音が聞こえてくるような体験をしてもらいたい」と作品に込めた思いを語った。
 今年で作家生活38年。「『小川洋子に小説を書かせよう』と粘り強く付き合ってくださった皆さんに心から感謝を申し上げます」と謝意を表した。音楽Ⅰ部門で受賞の井上二葉さんのスピーチの言葉を借り、「物語に奉仕する気持ちで私は書き続けなければと改めて思いました」との決意で結んだ。

演劇・邦舞・演芸部門

鄭義信さん(劇作家・演出家)
舞台「焼肉ドラゴン」「泣くロミオと怒るジュリエット2025」「白い輪、あるいは祈り」の作・演出

鄭義信さん(劇作家・演出家)

◇関係者の情熱のたまもの

 「普段は役者さんやスタッフにガーガー言っていますが、こういう場で話すのはちょっと苦手です」とはにかみ笑い。「古くからの知己の岡崎乾二郎さん、『密やかな結晶』の舞台化以来、親しくさせていただいている小川洋子先生とご一緒に賞をいただけたことをうれしく、誇りに思っています」と喜んだ。
 受賞対象作品はいずれも再演作品。「3作品ともとても愛着のある作品ですが、再演には力量も熱量もかかります」と明かす。「役者は変わるし、例えば『焼肉ドラゴン』は昨年で4回目の上演でしたが、観客の期待は上演のたびに高まる。それに応えるためにみんなが努力し、情熱を燃やす。だから僕一人の力というより、スタッフ、キャストら舞台に関わる人たちの力で今日この場に立っていられるのだと思います。本当にありがとうございました」と感謝した。

建築部門

藤本壮介さん(建築家)
大阪・関西万博会場デザインプロデューサー・大屋根リングの設計/「藤本壮介の建築:原初・未来・森」展(東京・森美術館)

藤本壮介(ふじもと・そうすけ)さん

◇次世代に希望つなぐため

 「建築は一人でつくることはできないんです」。大学卒業後、何もせずにぶらぶらと過ごした日々を信じ支えてくれた両親や、一緒にものづくりをしてきた仲間への感謝を述べた。
 大阪・関西万博では、分断が進む世界へ「多様なものが一つにつながることができる」という希望のメッセージを発信したいと大屋根リングを設計した。開幕の日、大勢が集うさまに感激したという。「夕焼けの空を見たり、どこかの国の音楽に合わせ踊ったり。人々がともに過ごす場をつくれたことがありがたい」
 万博は終わっても分断の世は変わらない。だが、希望のメッセージは万博を体験した若者や子どもたちの記憶に刻まれたと信じている。「彼らが希望を胸にこれからの世界をつくってくれることを願っています。僕もそれを受け止める場をつくっていきたい」。力強く締めた。

ユニクロ賞

音楽Ⅱ部門(ポピュラー)

坂東祐大さん(作曲家・音楽家)
新作ワーク・イン・プログレス「キメラ―あるはずのないメソッドの空想」/テレビアニメ「怪獣8号」第2期サウンドトラック

坂東祐大さん(作曲家・音楽家)

◇日本発の可能性を求めて

 「身に余る光栄」と緊張を隠さずに語り始め、「東京芸大付属高校から同大大学院までの9年間、西洋音楽を専門的に、深く勉強したが、30代に入り『これでいいのか』と思うようになってしまった」と明かした。
 受賞対象の公演「キメラ」は「日本人の作曲家ができることは何か」を突き詰め、「勉強によって自らにインストールした作曲のOS(基本ソフト)を問い直した先に生まれた」。「守破離でいうところの破(型を破る行為)を徹底的にやった。今の心境は、この先どうやって作曲したらいいのか、もう一回再構築していくところ」だという。
 作曲活動は「締め切りに追われる生活」と冗談めかしつつ、「日本から発信する作曲にどういう可能性があるのか。険しい道だが、今日受賞された皆さんと同じような高みに行けるように頑張りたい」と決意を新たにした。

 

受賞者略歴

◇井上二葉(いのうえ・ふたば)さん
 本名・小池二葉。オーストラリア・シドニー生まれ。東京音楽学校(現東京芸術大)研究科修了。1953年のデビュー後、渡仏しラザール・レヴィに師事。エリザベト音大名誉教授、日本フォーレ協会顧問。95歳。

◇岡崎乾二郎(おかざき・けんじろう)さん
 東京都生まれ。1982年パリ・ビエンナーレに招かれる。2002年ベネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館ディレクター。著書に『抽象の力 近代芸術の解析』『感覚のエデン』など。武蔵野美術大客員教授。70歳。

◇小川洋子(おがわ・ようこ)さん
 岡山県生まれ。早稲田大卒。代表作に『博士の愛した数式』『ミーナの行進』など。国内の数多くの文学賞を受賞するほか、全米図書賞や英ブッカー国際賞の最終候補に挙がるなど海外にも多くの読者を持つ63歳。

◇鄭義信(チョン・ウィシン)さん
 兵庫県生まれ。代表作に「ザ・寺山」(岸田國士戯曲賞)、「焼肉ドラゴン」(鶴屋南北戯曲賞)、「パーマ屋スミレ」など。「月はどっちに出ている」(毎日映画コンクール脚本賞)といった映画脚本も執筆。68歳。

◇藤本壮介(ふじもと・そうすけ)さん
 北海道生まれ。東京大工学部建築学科卒。2014年、仏モンペリエ国際設計競技最優秀賞(「ラルブル・ブラン」)。主なプロジェクトに「武蔵野美術大学美術館・図書館」(10年、東京)、「白井屋ホテル」(20年、群馬)など。54歳。

◇坂東祐大(ばんどう・ゆうた)さん
 大阪府出身。東京芸大大学院修了。2015年に第25回芥川作曲賞を受賞。演奏会用作品の他、映画やテレビドラマのための音楽、米津玄師や宇多田ヒカルの楽曲アレンジなど多方面に活動を展開している。35歳。

選考委員(敬称略)

 片岡真実(森美術館館長)、河合祥一郎(英文学者)、高樹のぶ子(作家)、船山信子(音楽評論家)、福島良典(毎日新聞社主筆)


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