第66回毎日芸術賞を贈呈


 第66回(2024年度)毎日芸術賞(特別協賛・株式会社ユニクロ)の受賞者が決まり、2月7日に東京都文京区のホテル椿山荘東京で贈呈式を開催しました。

 本賞を受賞したのは、俳優の市村正親さん、作家の奥泉光さん、書家の慶徳紀子さん、歌人の小島ゆかりさん、古楽鍵盤楽器奏者の渡辺順生さんの5人です。特別賞に声優の野沢雅子さん、若手芸術家を顕彰するユニクロ賞には映画監督の山中瑶子さんが選ばれました。

 

贈呈式に出席した(左から)市村正親さんの代理の菅井敦ホリプロ社長、奥泉光さん、慶徳紀子さん、小島ゆかりさん、渡辺順生さん、野沢雅子さん、山中瑶子さん=東京都文京区で2025年2月7日

動画でもご覧いただけます(動画約12分)

 

演劇・邦舞・演芸部門

市村正親さん(俳優)
ミュージカル「スウィーニー・トッド」「モーツァルト!」での演技

市村正親(いちむら・まさちか)さん

◇今年も突っ走ります

 俳優生活50周年の一昨年は、なぜか休みが多く、それまでずっと舞台の上で走り続けていたので「少し休ませてあげよう」と演劇の神様が考えてくれたのかもしれません。しかし、51周年を迎えた2024年はめちゃくちゃ忙しくなりました。もう一度やりたいと思っていた「スウィーニー・トッド」は装置も全部新しく作り直して上演したら、お客さんがたくさん来てくれました。「モーツァルト!」も長期の公演でしたが、毎回新鮮な気持ちで演じられました。この2作品の演技で毎日芸術賞をいただき、僕はずっと走り続けていかなければいけないと思いました。受賞を支えに、今年も突っ走ります。

 

文学Ⅰ部門(小説・評論)

奥泉光さん(作家)
小説『虚史のリズム』(集英社)

奥泉光(おくいずみ・ひかる)さん

◇小説の一番の意味問う

 とんでもない長い小説で選考委員の方々に迷惑をかけました。初めて小説を書いてから40年になります。私はアジア太平洋戦争を題材にいくつか作品を書いてきました。今年は戦後80年。戦争の出来事はますます分かりやすい単一の物語に閉じ込められ、消費されることになるでしょう。でも小説はそういう方向の娯楽、ジャンルではないと思っています。複数の物語が交錯する場に人物や出来事、死者たちを呼び込み、解放していくことが小説の一番の意味だと思います。今回は活字組みにも工夫し、紙の本の可能性を示したい気持ちもありました。それらが評価されたなら、こんなにうれしいことはありません。

美術Ⅲ部門(書道)

慶徳紀子さん(書家)
「間」慶徳紀子書展(東京・セイコーハウスホール)

慶徳紀子(けいとく・のりこ)さん

◇独自の文化、次世代へ

 日本独自の「かな書」という文化を現代にいかに表現できるか。新しい試みというか、実験を若いころから続けてきました。その方向性である昨年7月の個展を認めていただいて、大変光栄です。料紙、表具なども、今まで見たことのないようなものを、といつも実験ばかりしてきました。

 昨年12月には、ハワイのマウイ島で今回の作品の一部が展示され、外国の方々にも見ていただけ、かな書を紹介することもできて、本当にうれしかったです。今後も自分自身への挑戦はもちろんですが、日本独自の文化を次世代に手渡していくことにも心を寄せながら、学び続けていきたいです。

文学Ⅱ部門(詩・短歌・俳句)

小島ゆかりさん(歌人)
歌集『はるかなる虹』(短歌研究社)

小島ゆかり(こじま・ゆかり)さん

◇心が呼吸をするように

 先月の半ばまでは受賞の喜びで浮かれていたのですが、長く介護していた母が月末に亡くなりました。明日(8日)が葬儀です。いろんな仕事で福岡や京都などに行き、歌の仲間と話をすることで心が支えられましたが、帰りの飛行機や新幹線で一人になると悲しみが押し寄せてきました。するとなぜか心の中の水槽が泡立つように歌の言葉が上ってきて夢中で歌をつくってしまう。そんな自分にあきれながら、私にとって歌をつくることは心が呼吸するようなもので、それによってこれまで生かされてきたんだなと改めて感じました。今回の受賞はいろんな意味で本当に忘れがたい、かけがえのないものになりました。

音楽Ⅰ部門(クラシック・洋舞)

渡辺順生さん(古楽鍵盤楽器奏者)
アルバム「フローベルガー&ルイ・クープラン:チェンバロ精華集」/J.S.バッハ:トッカータ全7曲のチェンバロ演奏会

渡辺順生(わたなべ・よしお)さん

◇チェンバロの魅力広く

 今回のCDは、特に出来のいいものでした。マイクの前では、演奏していた楽器の素晴らしさに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)としました。現在、演奏会で使用されるチェンバロのほとんどはレプリカですが、300~400年前に作られたオリジナルには、夢のような音のする楽器があります。その魅力を知ってからは、世界中を巡り歩いてきました。そんな旅の中で出会ったのが、今回の楽器でした。

 今ではチェンバロは珍しい楽器ではなくなりました。多くの人々に支えられながら、長い道のりだったけど、ここまで来たな、と。これからもチェンバロのファンを一人でも増やしていきたいと思います。

特別賞

放送部門

野沢雅子さん(声優)
テレビアニメ「ドラゴンボールDAIMA」での主人公・孫悟空の声など長年の功績

野沢雅子(のざわ・まさこ)さん

◇182歳まで頑張りたい

 私、おしゃべりは、どんなに長いセリフでも言えるんです。ただし、今言ったようにセリフです。台本に書いてあれば、どんな素晴らしい言葉でも言えるんですけど、それがないと何も話せない無口な野沢です。

 こういう賞をいただくことは、本当にうれしいことで、「なんで私が」と思ったんですけど、いただけるものはいただこうかな。もう私も年だし。でもこれからも、どのくらい(仕事が)できるか分からないですが、私が勝手に決めた年代としましては、182歳までやろうと思っています。皆さん私をみかけたら、「頑張ってね」と一言声を掛けてくれたらうれしいです。

 

ユニクロ賞

映画部門

山中瑶子さん(映画監督)
映画「ナミビアの砂漠」

山中瑶子(やまなか・ようこ)さん

◇社会と関わり、良い作品を

 映画という芸術が好きで、映画に生かされてきましたが、芸術家だと思えたことはありません。生活のために、映画のことだけを考える余裕はありませんでした。でも「ナミビアの砂漠」のおかげでやっと、映画監督としての生活が始まるのではないかと予感しています。日本では、若い人が生きるために働く悪循環で、夢や希望を持てないと思います。そういう人たちにこの映画を見てほしいですが、入場料金が高すぎます。このシステムをどこからどう変えたらいいか分かりません。ただ、切実な思いはあります。社会とどう関わり、良い映画を作り続けるか。気を引き締めて、人生を楽しむことも忘れずに、頑張っていきたいです。

 

受賞者略歴

◇市村正親(いちむら・まさちか)さん
 埼玉県出身。1973年、劇団四季に入団し「オペラ座の怪人」などで人気に。退団後も「ミス・サイゴン」をはじめミュージカル作品で活躍。「NINAGAWA・マクベス」などセリフ劇でも存在感を示す。75歳。

◇奥泉光(おくいずみ・ひかる)さん
 山形県生まれ。国際基督教大大学院博士前期課程修了。1986年作家デビュー。94年芥川賞受賞。アジア太平洋戦争をテーマにした小説を多く発表してきた。2018年「雪の階」で毎日出版文化賞などを受賞。芥川賞選考委員。68歳。

◇慶徳紀子(けいとく・のりこ)さん
 東京都生まれ。熊谷恒子、松井如流に師事。毎日書道顕彰、サンスター国際賞受賞。「現代のかな」を希求して8回、個展を開催。毎日書道会参事、日本書道美術院常任顧問、かな書道作家協会会長、恒香会代表、朱香会主宰。83歳。

◇小島ゆかり(こじま・ゆかり)さん
 名古屋市生まれ。早稲田大在学中にコスモス短歌会入会。2006年に「憂春」で迢空賞受賞。「馬上」で芸術選奨文部科学大臣賞、「六六魚」で詩歌文学館賞のほか、22年に「雪麻呂」などで大岡信賞を受賞した。紫綬褒章。68歳。

◇渡辺順生(わたなべ・よしお)さん
 神奈川県鎌倉市生まれ。1973年に一橋大卒業後、アムステルダム音楽院でチェンバロ奏者のグスタフ・レオンハルトに師事。帰国後は精力的な演奏活動で古楽の啓蒙と普及に努めた。2010年度、サントリー音楽賞受賞。74歳。

◇野沢雅子(のざわ・まさこ)さん
 東京都出身。国産初のテレビアニメ「鉄腕アトム」(1963年)に出演。「ゲゲゲの鬼太郎」「銀河鉄道999」「ドラゴンボール」などで主人公の声を担当。2022年日本アカデミー賞会長功労賞、23年菊池寛賞受賞。88歳。

◇山中瑶子(やまなか・ようこ)さん
 長野県出身。初監督作「あみこ」(2017年)がベルリン国際映画祭などで上映される。商業映画第1作「ナミビアの砂漠」(24年)はカンヌ国際映画祭の監督週間に出品され、国際批評家連盟賞を受賞。27歳。

選考委員(敬称略)

 片岡真実(森美術館館長)、河合祥一郎(英文学者)、高樹のぶ子(作家)、船山信子(音楽評論家)、前田浩智(毎日新聞社主筆)


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