第64回毎日芸術賞を贈呈


 第64回(2022年度)毎日芸術賞(特別協賛・信越化学工業株式会社)の受賞者が決まり、2月9日に東京都文京区のホテル椿山荘東京で賞を贈呈しました。

 本賞を受賞したのは美術家の遠藤彰子さん、俳優の加藤健一さん、歌手の加藤登紀子さん、小説家の桐野夏生さん、歌人の永田和宏さんの5人です。

毎日芸術賞を受賞し記念撮影に臨む(前列左から)永田和宏さん、加藤登紀子さん、前田浩智・選考委員(毎日新聞社主筆)、松木健・毎日新聞社社長、秋谷文夫・信越化学副会長、遠藤彰子さん、加藤健一さん、桐野夏生さん (後列左から)建畠晢・選考委員、船山洋子・選考委員=ホテル椿山荘東京で、2022年2月9日

 

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美術Ⅰ部門(絵画・彫刻・工芸・グラフィック)

遠藤彰子さん
開館30周年記念「物語る遠藤彰子展」(神奈川・平塚市美術館)

◇自分の世界観、さらに追求

 「身に余る賞をいただき、大変光栄に思うと同時に身の引き締まる思いです」とにこやかに語った。

 本格的に描き始めたのは二十歳のころ。デビューからも半世紀がたった。思い出すのは、子供のころの体験だ。「絵を描くのが大好きで、道路の上にろうせきで描いていました。自分を描き、海や山を描き、もう少したつと物語を作るようになりました。そのころの感覚が原点となり、今大きな絵を描く動機となっています」と振り返った。

 近年取り組む大作シリーズは、日常の事象を描く細部と、「人間にはどうすることもできない感覚」を表すための構図を組み合わせながら描いている。アトリエには脚立が5台あり、上ったり下りたり、動かしたりしながら毎日筆を握っているという。「70代半ばになりましたが、まだまだ制作を続けていきたい。受賞を励みに、一つ一つ自分の世界観、人間観を追い求めてやっていきたいです」

 

演劇・邦舞・演芸部門

加藤健一さん
舞台「スカラムーシュ・ジョーンズor七つの白い仮面」「サンシャイン・ボーイズ」での演技

◇物心両面、ファンの支えで

 「この3年間、そしてこれからも、ずっと加藤健一事務所を応援してくださる皆さんに、『こんな素晴らしい賞をいただいたよ』と大声で報告したいと思います」。張りのある声を一段と大きくして力を込めた。

 2020年以来、新型コロナウイルスの感染拡大によって、演劇界は多大な影響を受けている。自身の事務所も例外ではない。「本当でしたら、おととしの夏ぐらいに、私の演劇事務所は消滅しているはずでした。釜のふたが開かないというか、米びつの底が見えるというか」

 そんな時、「カトケン頑張れ」と、金銭面、精神面で支えてくれたのがファンたちだった。「お金を渡してくださったり、エールや手紙を送ってくださったり、たくさんのお客様に助けていただきました」と明かす。3月末から受賞後初の公演「グッドラック、ハリウッド」が始まる。感謝の思いを込めた舞台になりそうだ。

音楽Ⅱ部門(ポピュラー)

加藤登紀子さん
CDアルバム「果てなき大地の上に」

 

◇やまぬ戦火に命の希望を

 コロナ禍に追い打ちをかけるように、世界を震撼(しんかん)させたロシアの軍事侵攻。故郷を追われたウクライナの人々を支援しようと制作したCDで受賞した。「令和の『令』は、『命』という漢字から『口』を外すとそれに近い。言葉というもの、あふれ出す思いを取り上げられたような時代になりました」と切り出した。

 その上で、表題曲は幼少時の引き揚げ体験も取り込みながら作詞作曲したと説明。戦火をくぐり抜けた母親から聞かされた「生まれたばかりのあなたが希望だった」という言葉を引用し、「何があっても生まれた命には未来しかない。一番深い絶望の中で、命が守られること以上の光はない。それが今一番伝えたいことです」と訴えた。

 「戦争を早く終わらせてほしいという声を世界で響かせないといけないと思います。心に思うことは誰にも止められない」。そう力を込めて、「今年も頑張って歌っていきます」と誓った。

文学Ⅰ部門(小説・評論)

桐野夏生さん
小説『燕は戻ってこない』(集英社)

◇作品自体への評価、感無量

 直木賞など国内の主な文学賞に輝いてきたが、今回の受賞の喜びはひとしおらしい。

 「1993年に江戸川乱歩賞を受賞して今年で30年目。その節目の年に作品そのものを評価する賞をいただき、大変うれしい。私自身や私の活動に対する賞をいただくことも大変名誉ですが、やはり作家としては作品を評価してもらうことが何より」と声を弾ませた。

 受賞作は29歳の女性が代理母出産を持ちかけられ、悩み迷う物語。「若い女性の心のゆらぎ、生殖医療への思いを描くときに、女性編集者に助けてもらった」と明かした。

 「30年も書いていると、つらいこともたくさん経験する。こんな仕事やめようと何度も思ったが、そのたびに助けてくれたのが編集者や友人。一つの言葉で表せないことはたくさんある。それは作家が物語という形で示していくしかない。賞を励みにこれからも書き続けていく」と力強くうなずいた。

文学Ⅱ部門(詩・短歌・俳句)

永田和宏さん
歌集『置行堀(おいてけぼり)』(現代短歌社)

◇命のある限り詠み続ける

 「(受賞作は)毎日歌壇の選者を長くつとめた妻の河野裕子が亡くなり、無念の思いが一つの基調になっている。そういう歌集で毎日芸術賞をいただいたのはとてもありがたい」と語った。

 短歌を始めたのは10代後半から。原点といえる第1歌集『メビウスの地平』(1975年)について、選考委員の松浦寿輝さんが「刊行直後に胸をときめかせて読んだ」と選評で紹介していたことに触れ、「50年も前のことを覚えてくれている人がいる。歌人としてこんなうれしいことはなかった」。

 歌人と細胞生物学者の〝二刀流〟は「結局どちらも捨てられなかったが、振り返ると二つのことを苦しみながらやってきたのは自分の人生を2倍面白くしてくれました」。これまでに詠んだ歌は6000首以上。「あと何年生きるか分かりませんが、死ぬまで歌をつくり続けるのが歌人だと思っています」とさらなる創作を誓った。

受賞者略歴

◇遠藤彰子(えんどう・あきこ)さん
 東京都出身。1986年「遠い日」で安井賞を受賞。近年は大型作品を発表し、過去・現在・未来、現実と虚実が地続きの世界を描く。ダイナミックな画面構成のなかに、叙事詩的世界を表現。芸術選奨文部科学大臣賞。武蔵野美術大名誉教授。75歳。

◇加藤健一(かとう・けんいち)さん
 静岡県磐田市出身。1968年に劇団俳優小劇場の養成所に入所。その後、つかこうへい事務所の作品に多く客演した。紀伊国屋演劇賞など受賞多数。2015年公開の映画「母と暮せば」で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。73歳。

◇加藤登紀子(かとう・ときこ)さん
 旧満州(現中国東北部)ハルビン生まれ。1965年、東京大在学中にデビュー。66年「赤い風船」で日本レコード大賞新人賞。ヒット曲に「ひとり寝の子守唄」「知床旅情」など。ジブリ映画「紅の豚」でマダム・ジーナの声優を務めた。92年、仏政府シュバリエ勲章受章。79歳。

◇桐野夏生(きりの・なつお)さん
 金沢市生まれ。成蹊大卒。1980年代から創作を始め、93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞。98年『OUT』で日本推理作家協会賞、99年『柔らかな頰』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞など受賞多数。21年から日本ペンクラブ会長を務める。71歳。

◇永田和宏(ながた・かずひろ)さん
 滋賀県生まれ。京都大理学部卒。歌人、細胞生物学者。「塔」短歌会前主宰。歌集『風位』で迢空賞など受賞多数。宮中歌会始の選者、朝日歌壇選者をつとめる。2009年に紫綬褒章。20年からJT生命誌研究館館長。京都市在住。75歳。

毎日芸術賞選考委員

 小田島恒志(英文学者)、松浦寿輝(作家、詩人、評論家)、船山信子(音楽評論家)、建畠晢(美術評論家)


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