第65回毎日芸術賞を贈呈


 第65回(2023年度)毎日芸術賞(特別協賛・株式会社ユニクロ)の受賞者が決まり、2月8日に東京都文京区のホテル椿山荘東京で贈呈式を開催しました。

 本賞を受賞したのは、俳優の大竹しのぶさん、画家の大竹伸朗さん、俳人の柿本多映さん、作家の北方謙三さん、ジャズピアニストの山下洋輔さんの5人です。新設された40歳未満の若手芸術家を対象とするユニクロ賞には、指揮者の沖澤のどかさんが選ばれました。

 

贈呈式後 記念写真
贈呈式後に記念写真に納まる(右から)柿本多映さん、大竹伸朗さん、大竹しのぶさん、北方謙三さん、山下洋輔さん、沖澤のどかさんの代理で出席した京都市交響楽団副楽団長の森川佳昭さん=東京都文京区のホテル椿山荘東京で2024年2月8日

 

動画でもご覧いただけます(動画約5分)

 

演劇・邦舞・演芸部門

大竹しのぶさん(俳優)
舞台「GYPSY」「ヴィクトリア」「ふるあめりかに袖はぬらさじ」での演技

◇芝居見る人の光になれば

 「第1回からのそうそうたる受賞者の名前を見て、この中に入るんだと思うと緊張しました」と心境を明かした。「考えてみれば16歳でデビューして50年この仕事をしています。50年たったからといって、何が変わるわけでもなく、一つ一つの作品と向かい合って、必死になって生きてきました」と振り返った。

 2023年は素晴らしい舞台に恵まれた。「若い時、緒形拳さんに言われました。役者は10年に1回、『これだ』と思える役に巡り合えたら幸せだと。去年携わった3本では、本当に毎日毎日お芝居をするのが楽しかった。感謝しかありません」と思いを語った。

 「自分たちの作る芝居が、歌が、音楽が、真実や正義、そして希望を伝え、少しでも見る人の光になれば、こんなにうれしいことはありません。これからも、がんばって仕事をしていきたい」

 

美術Ⅰ部門(絵画・彫刻・工芸・グラフィック)

大竹伸朗さん(画家)
「大竹伸朗展」(東京国立近代美術館、愛媛県美術館、富山県美術館)

◇自分の衝動に正直に進む

 「回顧展という節目で評価をいただき、光栄です」。スーツの下に、青い絵の具で自らペイントしたシャツを着て、壇上に立った。

 「既にそこにあるもの」に手を加え、自分のものにしてきた。道端で使い古したまな板にみせられたこともある。「そういうものに突然出合うと『パズルのピースをはめろ』と投げかけられたような気持ちになる」

 安定したスタイルを壊したとしても、衝動に正直に進んできた。「そうして40年がたつと、矛盾点だと思っていたものが、全て重なる瞬間がある」。そう思えた初めての展覧会だった。

 最後に名前を挙げたのは、妻の倫子さん。「まな板を持って帰ろうが、8㍍のブイを持ち帰ろうが、笑って受け入れてくれた。東京から拠点を移したときに、倉庫を使えと言ってくれた妻の亡き両親にも感謝の意を添えたいと思います」

文学Ⅱ部門(詩・短歌・俳句)

柿本多映さん(俳人)
句集『ひめむかし』(深夜叢書社)

 

◇動物や植物に見守られて

 生まれ故郷で自宅のある大津市から贈呈式に臨んだ。黒地に金や紫、緑の模様が入った華やかなドレス姿は、10日で96歳という年齢を感じさせないあでやかさを印象付けた。

 実はスピーチの原稿を用意していたが、「こんなところに長いこと出たことがないので」とアドリブに。「一人の年老いた人間として、ただ家の周りをうろうろしているだけですが、そんな者にも動物や植物は目立たない目でいつも見てくれているんですね。それが私の長年生きた財産だと思っております」と俳句の創作活動を振り返った。

 会場には父が最高位の長吏(ちょうり)をつとめた大津市の古刹(こさつ)・園城寺(おんじょうじ)から親族の現長吏らもお祝いに駆けつけた。持ち前のユーモア精神で最後に「ただ感謝だけでございます。どうぞみなさん長生きしてくださいませ」とあいさつし、参加者の笑いを誘った。

文学Ⅰ部門(小説・評論)

北方謙三さん(作家)
小説『チンギス紀』全17巻(集英社)

◇ただ物語の中を浮遊する

 贈呈式の10日ほど前に肋骨(ろっこつ)を4本折るアクシデントに遭ったことを明かし、出席者を驚かせた。「まだ痛いが、今はもう手を動かしても大丈夫。普通に戻って骨折は何だったのかと考えると、物語の中に骨折があったような気がする。私にとっては全てが物語に収れんされるんです」

 受賞作『チンギス紀』全17巻をはじめ、「大水滸伝」シリーズ全51巻やハードボイルド小説など多数の作品を世に送り出してきた。ボツになった原稿も含めると、手書きした原稿用紙の高さは3人分の背丈に匹敵するという。「『大変でしたね』と言われるが、大変なことは何もありません。ただ物語の中を浮遊していた。そんなふうにして今ここにいるんだと思います。そしてもう一度長いものを書く予定です。つまり、もうしばらく私は物語の中を浮遊します」と締めくくった。

音楽Ⅱ部門(ポピュラー)

山下洋輔さん(ジャズピアニスト)
重量盤アナログレコード「村上春樹presents山下洋輔トリオ再乱入ライブ」

◇好きなことはやめられぬ

 1分20秒の短いスピーチ。マイクスタンドの前で、真顔のままこう切り出した。「このような素晴らしい賞をいただいて、もうこれ以上音楽をやらなくてもいいのではないかと思いました。私、高齢なんですよ」

 会場がどっと笑いに包まれる中、「81です」と告げて来場者を驚かせた。26日には82歳になる。「もうやめてもいいと思ったのですが、やはりこうして話しているうちにも、やっぱり好きなことはやめられないと思いました」。晴れやかな表情で、尽きることのないピアノ愛を語った。

 幼少時から楽譜のない自由な演奏を好み、即興性の高いフリージャズで国際的に活躍してきた。一貫して制約に縛られない人生。この日のスピーチもアドリブで臨み、軽やかに締めくくった。「明日以降もどこかでピアノを弾いていると思います。その時はどうかおいでください」

ユニクロ賞

沖澤のどかさん(指揮者)
京都市交響楽団常任指揮者就任披露演奏会の京都公演と東京公演

◇即時性の現代に生の音を

 新設されたユニクロ賞の受賞について「1回目なので、私のこれからの活動によって、この賞の価値が変動してしまう可能性もある。とても身が引き締まる思い」と語った。その上で、「常任指揮者の就任記念となる門出のコンサートを最高の形で祝福していただいた」と喜びを語った。贈呈式には所用で出席できなかったため、ビデオメッセージを寄せた。

 一方、クラシック音楽の真価について「現代は即時性が求められるが、その対極をいく。1、2時間、生身の人間が演奏する生の音を体感することの価値が今、見直されるべきではないかと思う」と指摘。「日本のオーケストラのレベルは世界基準に達しているか、それ以上だと思う。京都の素晴らしいオーケストラと一緒に世界に羽ばたいていきたい。この賞が、その後押しとなってくれた」と感謝した。

 

受賞者略歴

◇大竹しのぶ(おおたけ・しのぶ)さん
 東京都出身。1975年に映画「青春の門-筑豊編-」で本格デビュー。舞台、テレビドラマ、映画の多くの話題作に出演する。2011年に紫綬褒章受章。24年はミュージカル「スウィーニー・トッド」などに出演予定。66歳。

◇大竹伸朗(おおたけ・しんろう)さん
 東京都生まれ。1980年代初めにデビューし、絵画だけでなく彫刻、映像や音など多岐にわたるメディアを用いて制作活動を展開。主要国際展にも参加するなど、海外でも大きな評価を得ている。68歳。

◇柿本多映(かきもと・たえ)さん
 大津市生まれ。京都女子専門学校(現京都女子大)卒。40代後半から句作を始め、赤尾兜子らに師事。句集に「夢谷」「仮生」など。2017年に現代俳句大賞、20年に「柿本多映俳句集成」で蛇笏賞を受賞。95歳。

◇北方謙三(きたかた・けんぞう)さん
 佐賀県出身。中央大卒。1970年「明るい街へ」でデビュー。2004年「楊家将」で吉川英治文学賞、11年「楊令伝」(全15巻)で毎日出版文化賞特別賞など受賞多数。13年に紫綬褒章、20年に旭日小綬章を受章。76歳。

◇山下洋輔(やました・ようすけ)さん
 東京都出身。国立音楽大卒。1969年に山下洋輔トリオを結成。既成概念にとらわれないフリージャズで国内外の一流アーティストと共演を重ね、99年に芸術選奨文部大臣賞、2003年に紫綬褒章、12年に旭日小綬章。81歳。

◇沖澤のどか(おきさわ・のどか)さん
 1987年、青森県生まれ。東京芸大大学院を経て、ハンス・アイスラー音楽大ベルリンに留学。2018年に東京国際音楽コンクール<指揮>、19年に仏ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。

選考委員(敬称略)

 片岡真実(森美術館館長)、河合祥一郎(英文学者)、船山信子(音楽評論家)、松浦寿輝(作家、詩人、評論家)、前田浩智(毎日新聞社主筆)


過去の受賞者リスト

 

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