第58回(2016年度)毎日芸術賞の受賞者


第57回(2015年度)毎日芸術賞(特別協賛・信越化学工業株式会社)と千田是也賞の受賞者が決まり、東京都文京区のホテル椿山荘東京で賞を贈呈しました。
毎日芸術賞はあらゆる芸術分野を対象とし、特に優れた成果を上げた個人・団体に贈ります。千田是也賞は演出家を対象にした賞です。目覚ましい活躍をした気鋭の演出家を表彰します。

第58回(2016年度)毎日芸術賞の受賞者
受賞した(左から)石井ふく子さん、河口龍夫さん、黒沢清さん、筒井康隆さん、堤剛さん、藤井ごうさん

放送部門

石井ふく子さん

石井ふく子さん

受賞対象

TBSテレビ「居酒屋もへじ―母という字―」「渡る世間は鬼ばかり」のプロデュース

◇「ホームドラマ」確立

かつてイギリスの小説家ジェーン・オースティンが「田舎の2、3軒の家があったら小説の題材に十分」と言って、イギリス小説のスタイルを確立させたように、石井ふく子プロデューサーは「下町の2、3軒の家」を題材に日本のテレビ界に「ホームドラマ」というジャンルを確立させた。家族一人一人を巡る喜怒哀楽の機微を、誰が聞いてもピンとくるようなセリフで綴(つづ)る石井ドラマのスタイルは、「風習」を描くという点でもオースティンの小説を連想させる。

このスタイルは、往年のヒット作「ありがとう」や「肝っ玉かあさん」から、長年にわたる国民的連続ドラマで近年スペシャル版として継続された「渡る世間は鬼ばかり」やシリーズ5弾目となった「居酒屋もへじ」に至るまで一貫して変わらない。家族、親戚、地域社会にとって普遍的なテーマをその時々の時代に照らして描いているので、常に懐かしさと新しさを味わうことができる。これぞ第一人者の仕事と言えよう。(英文学者、小田島恒志)

美術1部門(絵画・彫刻・工芸・グラフィック)

河口龍夫さん

河口龍夫さん

受賞対象

個展「河口龍夫―時間の位置」(埼玉県川口市立アートギャラリー・アトリア)

◇観念の具現化、貫いて

河口龍夫は観念の世界を実体として捉えようとする独自の姿勢を半世紀にわたって一貫させてきた瞠目(どうもく)すべきアーティストである。たとえば昨年の秋の大規模な個展(川口市立アートギャラリー・アトリア)で発表された新作「DARK BOX2016」は、会場の前に建設中の巨大な地下貯水池の内部の闇を鉄鋳物の容器の中にボルトとナットで”封印”したものだが、どっしりと重いオブジェはまさに不可視の闇を現存させるための装置であったといってよい。

初期の代表作として知られる「陸と海」(1970年)は砂浜に並べた4枚の長い板が波に洗われる光景を撮影したシリーズ写真だが、それらもまた地表を分かつ陸と海の境界が今ここに現象としてあるという事実を、いわば体感的に浮かび上がらせるものであった。若き日から今日まで、思索の深さとユニークな詩的発想が一体化した制作を継続させてきたこのアーティストの軌跡は、改めて高く評価されるべきであろう。(美術評論家、建畠晢)

映画部門

黒沢清さん

黒沢清さん

受賞対象

「クリーピー 偽りの隣人」「ダゲレオタイプの女」

◇映し出す生と死の狭間

黒沢清監督は生と死、この世とあの世の境界を撮ると言われている。時に現実的に、時に幻想的に。現実と幻想の狭間(はざま)を映すと言ってもいい。「クリーピー 偽りの隣人」では、地域社会におけるコミュニケーション不足の問題を背景に、人が人の心を支配していく恐ろしさを、ホラー映画タッチで描いていく。人の生を死のごとく、死を生のごとく扱う不気味な(クリーピーな)隣人が迫って来て現実と非現実が交差し、もはや悪夢としか言えなくなる。

外国を舞台に外国人キャストで撮った「ダゲレオタイプの女」では、生と死の境界がいつのまにかぼかされていく。現実を生きているのか、幻想なのか。そもそも、生きた人間を固定して映す写真の撮影方法そのものが黒沢監督のモチーフとシンクロしており、さらにそこに植物の「生と死」が重なる。どちらの作品でも「時間」という縦軸に「空間」(=特定の家)という横軸を配した構成が美しく、まさに芸術と呼ぶにふさわしい。(英文学者、小田島恒志)

文学1部門(小説・評論)

筒井康隆さん

筒井康隆さん

受賞対象

小説「モナドの領域」

◇「円熟」無縁の野心作

半世紀を超える筒井康隆氏の作品史は、突拍子もない奇想、ナンセンス、言語実験のオンパレードだ。常識・制度・権威を徹底的に笑いのめす強靱(きょうじん)な反骨精神、無意識の最深部から湧き出てくる不気味なイメージ群、現代思想の最前線にまで通暁している高度な理論武装が共存する、奇っ怪なエンターテインメント。もし筒井氏がいなかったら日本の文学シーンはどれほど貧しく単調な風景となっていただろう。

その筒井氏がついに、全知全能の神を――いや、「神以上の存在」である「GОD」を主人公として、神学問答と存在論的思弁と猟奇殺人が渾然(こんぜん)一体となった晴朗な喜劇を書き上げた。作者自身の分身とも言える「GОD」は、深遠な真理とも阿呆(あほ)らしいギャグともつかぬ哲学的漫談を饒舌(じょうぜつ)に語りつづけて倦(う)むことがない。いつものことながら、こんな小説がありうるのかとわれわれは驚かずにはいられない。「モナドの領域」は、円熟の境地などはいっさい無縁の若々しく冒険的な野心作である。(詩人・作家・評論家、松浦寿輝)

音楽1部門(クラシック・洋舞)

堤剛さん

堤剛さん

受賞対象

「J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 全曲演奏会」(長野県・軽井沢大賀ホールなど)

◇バッハの多彩、浮き彫り

堤剛は15歳で日本音楽コンクールを制して以来、ほぼ60年にわたり日本チェロ界の泰斗として第一線で活躍してきた。チェロ音楽の「旧約聖書」と呼ばれるバッハの「無伴奏組曲」全6曲に関し、堤はこれまでに3度の録音を残しているが、昨年8月に軽井沢で、9月に札幌で行った全曲演奏会は、バッハ音楽への敬愛とあくなき研究心を抱いた演奏芸術家としての真摯(しんし)な姿勢の表れである。

各組曲はそれぞれ性格を異にする6楽章から成り、全6曲で36もの音楽に命を与えることになる。一気に演奏するには計り知れないほどの体力と精神力を要するのだが、堤は6曲を番号順ではなく、第1番、5番、2番、6番、4番、そして最後に第3番という順で弾いた。こうした独創的な解釈で、バッハ音楽の多彩さを浮き彫りにしたのである。さまざまな舞曲リズムの躍動感、緩徐(かんじょ)な流れに漂う荘厳さ、そして高度な技巧で彫琢(ちょうたく)された繊細な表現は、巨匠の域にあると言ってよい。(音楽評論家、平野昭)

特別賞

坂本冬美さん

坂本冬美さん

受賞対象

アルバム「ENKA~情歌~」

◇新たな大人の歌、開拓

いい曲、イコール、いい歌ではない。いい曲はそれにふさわしい歌い手に歌われて初めて”いい歌”となり、たくさんの人々のハートをつかむことができるのだ。その意味では坂本冬美ほど最強の歌い手はいない。
絵に例えるならば、原曲は”デッサン”と言っていい。となると後はどんな手法で色をつけていくかが勝負となる。水彩画の得意な人は水彩画で、油絵も同様だが、坂本のすごいところはデッサンに合わせて、水彩画と油絵を見事なまでに使いわけられるということだ。もちろん一朝一夕にしてなったわけではない。コブシをきかせた演歌を極めただけでなく、彼女はあえてコブシを封印し「また君に恋してる」では大人のラブソングともいうべき”熟恋歌”という新境地を切り開いた。そして常にチャレンジし続けている。そのチャレンジ精神があるからこそ”演歌”という枠を超えて”冬美ワールド”ともいうべき新しい地平<大人の歌>を切り開くことができたのである。(音楽評論家、富澤一誠)

千田是也賞

藤井ごうさん

藤井ごうさん

受賞対象

「カムアウト2016←→1989」(ザ・スズナリ)、「郡上の立百姓」(紀伊国屋ホールなど)、「海ゆかば水漬く屍」(スペース雑遊)の演出

◇窓口広くじっくりと

演出家のタイプに二つあると思っている。一つはそのデビュー時から、いきなり頬をぶたれたごとくに強い印象を与える人と、もう一つは長い時間をかけて、いつしか心の奥に影を投げかけてくる人である。今回の受賞者、藤井ごうさんは、私にとっては後者だった。受賞対象は、燐光群の「カムアウト」(坂手洋二作)、青年劇場の「郡上の立百姓」(こばやしひろし作)、椿組の「海ゆかば水漬(みづ)く屍(かばね)」(別役実作)で、いずれも新作ではない。というよりも、戯曲自体がよく知られているうえに、初演時の演出家もまた、ベテランと言える人ばかりである。順番に挙げれば、坂手、村山知義(職業劇団の初演時を取る)、藤原新平。

藤井さんの力量がよく分かるのは、こういう舞台と比べても、遜色を感じさせなかった点にある。しかも戯曲の作風が違う。この窓口の広さは、今後も藤井さんの命の泉になるだろう。フリーという立場ならではの道を突き進んでもらいたい。大いに期待している。(演劇評論家、大笹吉雄)


■受賞者略歴

◇いしい・ふくこ
東京都生まれ。新東宝の女優などを経て、1961年にTBS入社。「肝っ玉かあさん」「ありがとう」などをプロデュース。舞台演出家としては「なつかしい顔」「おしん」などを手がけた。89年紫綬褒章受章。90歳。

◇かわぐち・たつお
神戸市生まれ。多摩美大卒業後、同市で結成した前衛美術家集団「位」での活動が注目を集めた。1990年代後半から各地の国公立美術館で個展が相次ぐ。筑波大名誉教授。76歳。

◇くろさわ・きよし
神戸市生まれ。1983年「神田川淫乱戦争」で監督デビュー。2008年「トウキョウソナタ」でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞、15年「岸辺の旅」で同部門監督賞、毎日映画コンクール日本映画優秀賞。61歳。

◇つつい・やすたか
大阪市生まれ。同志社大文学部卒。「時をかける少女」「虚人たち」(泉鏡花文学賞)「文学部唯野教授」「朝のガスパール」(日本SF大賞)「わたしのグランパ」(読売文学賞)など。82歳。

◇つつみ・つよし
東京都出身。チェロを故斎藤秀雄に師事。ミュンヘン2位、カザルス1位など、数々の国際コンクールで入賞を果たす。桐朋学園大学長(2004~13年)や、サントリーホール館長も歴任。13年、文化功労者。74歳。

◇さかもと・ふゆみ
和歌山県出身。1987年の「あばれ太鼓」以来、「夜桜お七」「ずっとあなたが好きでした」など数々のヒットを飛ばす。フォーク「また君に恋してる」のカバーなど演歌の枠を超え活躍。明治座公演の座長も務める。49歳。

◇ふじい・ごう
1974年生まれ。東京都出身。立教大卒。97年文学座付属演劇研究所入所。研修科卒業後、演出活動開始。高瀬久男(文学座)に師事。演出したメメントC「ダム」が2014年度文化庁芸術祭優秀賞。42歳。


◇選考委員(敬称略)

<毎日芸術賞>
小田島恒志(英文学者)▽建畠晢(美術評論家)▽松浦寿輝(詩人、作家、評論家)▽平野昭(音楽評論家)▽小松浩(毎日新聞社主筆)
<千田是也賞>
大笹吉雄(演劇評論家)▽水落潔(同)

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