第44回毎日農業記録賞《講評》


農業参入を扱った力作目立つ 上野博史・中央審査委員長

1304編という過去最多の応募作品数は、毎日農業記録賞に対する関心の高まりを示すと同時に、農業が大きく変化し始めたことを示しているのではないか。応募作品の中でもIターン、Uターン、企業の参入などいろいろな形での農業参入を扱ったものが目立った。作品はいずれも成功例の記録だが、努力や創意工夫が並大抵でないことを考えると、その陰に多くの新規参入者の苦難の底溜まりがあると推測される。

新規就農大賞を受賞した山梨の楠さんは、桑の葉茶の販路が拡大したため、桑畑の造成管理に踏み込み、養蚕が盛んであった頃の景観を回復するに至った夫妻の人並み外れた努力を書いた。

環境との調和は、農業を営む上で欠かせない。トキやコウノトリのための環境作りとなると、求められる水準が高い上に、地域ぐるみの取り組みが求められる。中央審査委員長賞を受賞した新潟の齋藤さんの作品と最優秀賞の福井の恒本さんの作品からは、トキやコウノトリが飛来して来たときの感激が伝わってくる。

農業の再生や地域創生に取り組む女性の姿は力強い。クループを作って、生産した農産物をそのまま、あるいは加工して直販する6次産業化を扱った作品群が多いように思われる。その中で、三重の中山さんの作品は農業の一つのカタチを示した。市場出荷で直売以上に収益が上がるようになったという富山の若林さんの作品も目を引いた。

厳しい環境下で農業を営み、光明を見つけるまでを扱った作品も数多い。開拓地で牛の肥育に取り組む長崎の福田さんと、都市型農業のモデルとなる経営を実現した東京の冨澤さんには声援を送りたい。特別賞を受賞した岐阜の青木さんの作品は、農に関連する感銘深いものである。

高校生部門は、新鮮な目で課題を見出し、仲間と協力し、地域に貢献するという流れの作品が多い。バイオテクノロジーを使って実験を重ね「雲仙こぶ高菜」のLED栽培法を完成した中央審査委員長賞受賞の長崎の濵本さんの作品は、課題の発見とその解決への取り組み、結果の高い評価の点で素晴らしい。

秋田の高橋さんの作品は、レタスの水耕栽培装置を考案し、これを使って高齢者の見守りネットワークを立ち上げるというユニークな活動を扱ったもので、農業の持つ効用の幅を拡げた。大分の井さんの作品は先輩達が突破できなかった壁を打開して、柚子の新たな商品化を実現した記録であり、地域おこしにつながっている。

岐阜の米山さんの作品は、地元のローカル線を存続させるために始めた食用ヒョウタンの栽培と商品化に成功し、地域の活性化に寄与したことを扱った。農業高校の生徒達は、経済動物の命について考える。京都の中口さんの作品は飼育する家畜への愛情を表現した感動的なものである。若者は、両親や祖父母の営む農業に対して賞賛の思いを抱き、時に懐疑的な眼差しを送る。そして自分が従事する農業についていろいろな思いを描き、それに向かって具体的な取り組みを始める。静岡の石谷さんと福岡の井上さんには、後継者としての活躍を期待したい。

(農林中央金庫前理事長)

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