第38回毎日農業記録賞 《一般部門》最優秀賞・中央審査委員長賞、農林水産大臣賞、全国農業協同組合中央会会長賞


「トマトとともに広がるご縁~その小さな記録~」

髙松勝雄さん(69)=栃木県、高松農園代表

ハウスでトマトに囲まれ
ハウスでトマトに囲まれ

自家製ハウスで トマトの集約栽培

ビニールハウス栽培を始めたのは1964(昭和39)年秋のことです。就農当初からの水田・酪農経営から一転、ハウスでの集約栽培による経営改善を図りました。当時は露地栽培が中心で、必要な資材やモデル的ハウスがなかった時代です。「自然に逆らう農業だ」などと言われたこともありました。自家設計図を町の鉄工所へ持ち込み、幌型アングルハウスが誕生しました。屋敷林にある孟宗竹(もうそうちく)を切りだし、肉厚な部分は鉄骨を固定する杭(くい)とし幌屋根の骨には割竹を利用した手製ハウスです。

初めての作物は「さがみ半白」「落合一号」といった黒イボキュウリでした。落葉、稲藁(いなわら)、米糠(ぬか)、鶏糞を発酵させる踏み床での発芽育苗です。水分加減が発熱に関係します。夜中でも観察するためハウスに足を運び、元気に生育する様に感動したものです。作型を前進して早出しによる有利販売を実現したいものと仲間との技術交流に充実した日々を過ごした思いがよみがえります。

66年、「ハウス栽培用カーテン開閉装置」の考案でその実用化が認められ、発明協会から表彰を受けました。農業用ビニールの出現で果菜類の早出しを狙った半促成ハウス栽培が盛んに行われていた時代です。冬場の太陽光をうまく取り入れ、健全な生育で1日でも早い出荷を実現するために気が抜けなかった作業として温度管理があります。

赤く熟れているトマトを選び収穫
赤く熟れているトマトを選び収穫

ハウス内に定植されたトマトやキュウリは夜間の冷え込みを防ぐため、二重トンネルにコモをかけるなど手間のかかる朝夕の作業でした。ハウス内は結露水が落ち、藁コモによるホコリが立ち、衣類を濡らし体力を要するきつい作業でした。このきつい作業を何とか省力化できないものかと常々考えておりました。カーテン開閉装置は、こうしたコモかけ栽培に比べ作業時間は10分の1となり、この装置により規模拡大が図れました。当時は連日バスでの視察者訪問があり閉口しましたが、大学農場、先進県の篤農家ハウスなど現地講習を行い多くの交流が得られました。

次いで省力化アイデア第2弾「髙松式谷間換気装置」です。連棟ハウスの団地化で日中の温度管理について調整が瞬時にできる装置を発表しました。開閉ヒモを引くだけで長さ50メートルハウスでも簡単に谷間を開閉でき、しかも風や雨の問題も無い画期的なものであったと思います。全国のハウス農家からは今でも「髙松式」はお前のことであったのかと、当時を懐かしく話してくれる友人に出会うことがあります。

ハウス栽培であっても自然に逆らって天候をもコントロールなどできるはずもありません。太陽光を最大限取り入れ、健全なしっかりした生長をどこまで手助けできるかが成功へのカギとなります。毎日の日課として手をかける仕事は別ですが、省力化できることは手を省き生産性向上に努めなければなりません。年間の作業を通して装置化・自動化でカバーできないのが収穫作業と荷造りです。

省力化アイデア次々 手製選果機も製作

86年、収穫専用一輪車を考案しました。それまではハウス内の狭い畦(うね)間で手かごに摘んだトマトやキュウリを、往復しながら外に持ち出しており、腰に負担がかかる作業でした。これを何とかしたいと考えたのが専用一輪車です。専用コンテナを載せ押しながら前進し、狭い個所も通り抜けできる構造で便利なものです。その後改良を加え、現在は作業者それぞれの体に合った個人専用車です。全ほ場が養液栽培になってからは三輪タイプにして積載量も50㌔位となり、片手で押せる改良車となりました。施設栽培では同じような姿勢の作業が多いため、体に楽で能率的な工夫を創出するのが楽しくもあります。

ペレットボイラーの火を確認
ペレットボイラーの火を確認

選果では果実を傷めず等級別の大きさに選別を行います。JAなどの大きな出荷組織では大型選果場がその役割を担っていますが、個人では熟練者の手作業による選別が行われていた当時のことです。70年に手製選果機1号を製作しました。この選果機も改良を加え使用を続けていたのですが、荷造りと直売コーナーを設けた新築作業舎の落成で処理能力を大きくするのと同時に、作業者全員が椅子で仕事ができるよう改善しました。出荷先はスーパーや直売所への直納になっているため、納品先ごとに量目が異なります。そして問われるのは品質の良さです。鮮度、見映えも大切ですが、味が決め手です。繰り返しお買い求めくださるトマト作りにやりがいを感じています。

ハウス栽培を始めたころは、二重トンネルコモかけ方式のキュウリ作りです。次にハウス加温機の導入を機に、トマト、キュウリ、メロンの栽培を始めました。その後、規模拡大が進むにつれ、トマト専作になりました。トマトの連作で土壌障害など心配があり、64年、大きな転機となる養液栽培プラントを導入しました。土耕ハウスの一角にテストプラントを設置、試験栽培を行ったのです。限られた労働力で農家生活をどう守るかと悩んでいたころです。静岡や千葉に研修で車を走らせた思い出があります。

89年に長男が就農したのを機にガラス温室の建設を行い、全施設が養液栽培によるトマトづくりとなりました。廃液を排出しない循環型の養液栽培を選びました。養液を加温または冷却することで根系保持ができ、計画性のある作型導入ができるようになりました。条件さえ合えば、早くて旺盛な生育で大きな収穫が期待されるという利点がある反面、冬場日照が弱まり密閉ハウスで湿度が高まると灰色カビ病などの病害対策が課題となります。

98年6月、従来のハウスの全面建て替えをすることになりました。換気の良さ、カーテン装置の信頼性、作業者に喜ばれる環境改善など、理想を実現したいと取り組みました。

08年、脱炭素を目的とした木質ペレット温風暖房機をガラス室に導入しました。換算すると、1シーズン当たり、杉の木1700本が吸収する量に相当するCO 2の削減効果があったとみています。燃料費について大差はないのですが、導入経費が割高で、また灰掃除などの作業が増えるものの、ペレットの原料は山林資源や竹材、トマトの残渣(ざんさ)など末利用資源の活用と産業創出が期待できます。この取り組みにより環境保全型農業の一環を担っています。

地産地消の活動拠点 直売所オープン

96年、地産地消活動として地元直売センターをオープンいたしました。会員数140名、農村レストランと県立公園内売店、プール食堂を経営、年商3億5000万円規模の大規模施設です。地元消費者を中心に数多くのリピーターが訪れてくださいます。直売所があることで消費者の生の声を聞くことができ、生産に力が入ります。また、消費者ニーズの変化や、生産者意識のギャップに気付かされることもあります。直売所活動は単に農産物の販売だけでない役割があると考えています。日本農業の現状や生産現場の現状を理解いただく活動です。イベントなど様々な交流を行い、食と農をともに育む「協働」する努力を続けたいと考えています。

農園そばの無人販売所には県外からもお客が来る
農園そばの無人販売所には県外からもお客が来る

天皇皇后両陛下髙松農園をご視察

トマトと向き合って47年がたちました。ハウスの建設や栽培現場の視察で実に多くの人達との出会いがありました。

03年秋、天皇皇后両陛下から「トマト養液栽培農家御視察」という栄誉ある機会にあずかりました。ほ場を御案内、そのあと妻達の季節の手料理を囲む御懇談の御席となりました。厳粛高貴な一時は我が家にとって忘れ得ぬ出来事となっています。

その時の思いを妻が詠んだ歌があります。

恙(つつが)なく ひとつの事を成し終へて
ふく秋風の しみ透りゆく 三枝子

近年では担い手不足、環境問題、食の安全・安心問題など農業を取り巻く環境は非常に厳しいものとなっております。しかし、厳しい状況だからこそやりがいもあるのです。私は、常に効率化、省力化を意識し、作業装置や器具の開発・改良に努めてきました。これからの農業は若い人が魅力を感じるものであってほしいのです。農業は天候に左右される仕事であり、昔から「晴耕雨読」の言葉のように、いつか休みが取れればいいという考えが、かつてはありました。しかし、これからの農業はきちんと休日を取り、仕事にも余暇活動にも大いに生きがいを見出してほしいのです。「休みを取る」思い切りが必要なのです。そのためには「家族経営協定」を結ぶなどで経営改善に努め、休日はリフレッシュを図りながら、若い人たちが「このような農業がしたい」と思えるようなメリハリをつけた経営をする必要があります。

コンテナのトマトを選別
コンテナのトマトを選別

我が髙松農園にはたくさんの若者が訪れてくださいます。幼稚園児から小中学生、高校生、大学生、社会人など、社会科学習やインターンシップとして、また時には寝食を共にして頑張る研修生として。ハウス栽培を志す若者達も新しい技術の習得にやってきます。早々に栽培技術を学び、研修が終わるころには自宅のハウスを建設する段取りが完了するまでに成長していく姿には驚かされます。そんな彼らは各地でリーダーとして活躍しています。

また、海外からは韓国、タイ、フィリピン、アフガニスタン、バングラデシュ、メキシコの人達もいらっしゃいました。政府高官や、日本で教会の仕事に関わりながら1年間自転車で髙松農園に通い続けた牧師さんなど、一宿一飯の「ご縁」に我が家の子ども達も通訳者を通して貴重な交流体験ができました。その他にも教育関係者、農業関係者などとの交流を深めています。トマト栽培を通して、たくさんの人が髙松農園に集まってくださり、そうした人達との「ご縁」が広がっていくのです。

また、直売所での消費者との「ご縁」も大切にしたいと思っております。直売所での消費者との交流は今後も続けていきたいと思っております。私はトマト農家ですが、直売所などで他の人が作ったトマトを買います。「なぜ?」とよく聞かれますが、生産者であると同時に、常に消費者の視点に立った農業をしたいのです。消費者に支持される品質、価格のもと、消費者を裏切らない作物を作り続けることが信頼関係を築く最短ルートだと思っています。

生命産業とまで言われる農業に関わる一人として、地域社会と連携し、新しい基幹産業として農が中心となった食、エネルギー、福祉への取り組みの中で役割を果たしていきたいと思います。また、トマトづくりを通し、これからも地域や消費者の皆様との「ご縁」の輪を広げていきたいと考えています。

たかまつ・かつお

髙松農園代表。目指しているのは自然なうま味がたくさん詰まったトマトを作ること。趣味は登山。行動派でもあり、トマトの原産地とされるアンデス高原を旅して歩いたこともある。

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