第39回毎日農業記録賞 《高校生部門》優秀賞・中央審査委員長賞


5人と3頭~肥育の日々~

加藤里佳さん(18)=島根県立出雲農林高校3年

5人と3頭~肥育の日々~ 加藤里佳さん(18)=島根県立出雲農林高校3年

「肉を食べるって凄いことなんだけんな」。いつかの先生の言葉を思い出します。今ならあの時よりずっと、その深くて重い意味を理解できます。約半年間、2頭の牛との日々がそれを教えてくれました。

私は、出雲農林高校動物科学科で大動物を専攻しています。そこでプロジェクト活動として、友達4人と和牛肥育の研究活動をすることになりました。島根ワイナリーでワインを醸造する際に出るワイン粕を、牛の飼料として有効利用しワインビーフを生産して、地域の特産品化を目指すという継続研究です。私達が肥育をしていく牛の名は、是福8と平子1の2。黒毛和種で雄の去勢牛でした。まだ人馴れしているようには見えず、実際私も和牛の扱いにはあまり自信がなく、乳牛と比べて怖いというイメージがありました。それでも、これから仲良くなってみせる、いい肥育成績を残してみせる、という思いを胸に、悪戦苦闘の日々がスタートしました。

毎日の餌やりは5人交代で行い、朝・夕牛舎に通います。餌をあげるだけでも、作業中にどつかれるなどして大変でした。それよりも一番苦労したのは、週1で行う体測と洗体です。初めて行った時、平子は大暴れ、是福はまず牛舎から一歩も出てくれず、どうしたらいいのかもわからずに2時間近く頑張ったのを覚えています。それからは、是福はどうしたら動いてくれるのか……、ルートや引き方を考えて作業するようになりましたが、やはり難しい。平子はとにかく暴れるので怖く、私はいつも腰が引け、網をもつ手は震えていました。何度も逃がしてしまっていました。そして、先生にも怒られていました。なかなか言うことを聞いてくれない2頭に対していらいらしてしまう気持ちと、「牛は悪くない!」と、それを押さえつける気持ち。扱いができない自分が悔しくてたまりませんでした。

餌をやる加藤里佳さん

でもそれは、まだこの2頭が心を許してくれていないからではないのか。扱いの技術を高めることはもちろんだけれども、まずもっと、この2頭と近くなりたいと思うようになりました。だから、上手くできなくても牛出しはすすんでやるようにし、一緒にいる時はどんどん声をかけてスキンシップをたくさんとるようにしました。そうやっているうちにいつの間にか、仲良くなっていました。多少暴れられても恐怖心はあまりなく、焦らず対処できる力もついていました。そして、2頭は私達5人にとってアイドル的な存在になっていました。是福は、クセ毛で鼻垂れの歯並びの悪い面白い顔。体格は大きいけれど安心感があって、走れば犬のように横に並んで一緒に走ってくれる心優しい牛です。平子は、目がクリクリしているイケメン顔。暴れん坊で気が強そうに見えるけれど、泣き虫で本当は優しい牛です。私達は個性的な2頭が愛しくてたまらず、初めは憂うつだったあの週1の管理が、笑いのあふれる楽しい時間となっていました。しかし、肉を生産するための肥育。出荷の日が近づいていることもわかっていました。

5月15日、是福8出荷。最後の洗体もいつも通り、笑って楽しくやっていたけれど、もうこの顔を見ることも、なでてやることもできない……そう考えると寂しくてたまりませんでした。平子ともお別れをさせ、いよいよトラックに乗せました。「なになに?」とでもいうような、キョトンとした顔。私達は泣き顔で「ありがとう」と、何度も何度もこの言葉を繰り返していました。そして、トラックが見えなくなるまで手を振り続けました。こんなにも別れがつらくなるとは、初めの頃は思っておらず、想像していたよりずっと絆が深まっていったのだと気付きました。

いつも2頭がいた牛房には平子だけが残され、目に見えて、平子はおとなしくなりました。私達が心配するくらいの変わりようでした。最後、是福を出していた外パドックを小窓からぼーっと眺め、でもあの日を思い出したくない様子にも見えました。あの時の平子は、必死に是福を呼んでいて、本当にこの2頭は仲良しだったのだと思います。

加藤里佳さんと仲間たち

6月1日、平子1の2出荷。嫌がると思っていたトラックにすんなりと乗り、是福と同じでキョトンとした顔。「明日行くけん待っとってね!」と、私達はトラックを追いかけ送り出しました。

私は肥育をやろうと決めた時から、最後の食肉処理まで見届けたいと思っていました。今まで、マウス、鶏、と自分の手で処分しましたが、その実習から、命の重さ、命を頂くということ、人間は生かされているということを学びました。今回も、私達がしてきたことはどういうことなのかを理解するためにも真実を見るべきだと思いました。だから、先生方に協力してもらい許可を取って、翌日食肉公社で処理の様子を見学させて頂きました。是福の時は行くことができなかったので、その分平子をしっかり見て学んでこようとみんなで決めました。

着替えて処理場に着くと、私は息を飲みました。今日は泣かないとみんなで決めていましたが、泣くどころかあまりの迫力に圧倒されていました。顔の皮がはがされ、四肢が切られて吊るされている牛。放血され、もがいている牛。思わず、銃の音に肩がすくみました。私達は平子を探しましたが、見つけた時はもう、吊るされていました。正直、あまりの平子の姿に言葉が出ませんでした。きっと平子は最後も、涙をポロポロ流していたに違いありません。間に合わず、最後に声をかけてあげられなかったのが心残りとなってしまいました。その後は、メモをとりながら説明を聞き見学していきました。牛が命を捧げてくれるこの場所は、なんとも寂しい場所だと感じました。淡々と進む作業の中で、あの大きくてたくましい牛がとてもはかなく見えました。強い気持ちがなければこの仕事は務まらない、自分が潰れてしまいそうです。とても大変で、でも重要で誇りある仕事だと私は思いました。食肉公社の見学で牛が牛肉になる瞬間を見て、どんなに私達が多くの命を頂いているのかが改めて身に染みました。

肥育成績としては、是福8がB―2、平子1の2がA―2と、特に是福は少し残念な結果となってしまいました。それは、飼料設計のミスなど私達の未熟さによるものだと後々気付きました。もっと肥育の知識を身につけてからやっていれば……、もっと先生に指導を仰いでもらっていたら……、後悔が残りました。ただ、成績はついたけれど、愛情をたっぷり注いで育てた2頭のワインビーフは、私達の誇りに間違いありません。

笑顔の加藤里佳さん

また、是福のバラ肉が手に入り、本校の教職員、島根ワイナリー内のバーベキューハウスの方に食べて頂いて食味検査を行いました。うれしい意見はもちろん、厳しい意見も多くとても参考になったのと、喜ばれる牛肉を生産することの難しさをとても感じました。私達も一切れ、ゆっくりとかみ締めて食べてみると自然と笑顔になり、私は「おいしい。ありがとう」とつぶやいていました。平子の肉は部位別に多数の方が買われていきどこにいったのかわからず、私達が入手することはできなくなってしまいました。行方不明となった平子の肉……。気落ちしていたある日、本当に偶然、ある焼肉店で平子のロース肉が出されていることを知りました。奇跡的に見つかった驚きと共に、一般の方に食べられているということが本当にうれしくてたまりませんでした。

2頭の肥育研究の日々は私達5人にとって一生忘れることのできないものとなりました。「是福も平子も幸せだったよね?」。一人の言葉に、みんながうなずきました。私達に育てられてきっと幸せだったと、そう信じています。肉は、肥育、解体、流通を経て食べることができます。どの過程でも、消費者のために頑張っている人達がいます。人間が生きるために奪っている、まだ生きることのできた家畜の命があります。感謝の気持ちを忘れてはいけないと改めて強く思いました。また、肥育という肉生産に携わって肥育の難しさを痛感し、ただそれ以上に、愛情を込めて牛を育てる楽しさと喜びが強くなりました。

今は2頭の肥育結果を踏まえて、新たに牛を肥育しているところです。名前はななこ6、雄の黒毛和種です。臆病な牛でやはり悪戦苦闘中ですが、きちんと向き合えば牛はそれに応えてくれるとわかっているから大丈夫。是福と平子の時のことも生かして取り組めています。そしてななこの精肉は出農ワインビーフとして、本校で開催される農業祭で販売することが決定しました。一般の方を対象にアンケートをとり、様々な意見を聞こうとも思っています。多くの地域の方に食べて頂けることがとてもうれしく、楽しみで仕方ありません。ななことの時間は、残りわずかです。悔いの残らないように精一杯の愛情を込めて、最後まで大切に育てていきます。ななこのため。そして、食べて頂いた方の「おいしい」。この一言のために。

かとう・りか

高校2年の夏休みに体験した牧場研修で畜産に関心を持った。写真部に所属し、飼育のかたわら動物の写真を撮るのも楽しみという。

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