第40回毎日農業記録賞《一般部門》 最優秀賞


顔の見える関係に風評被害はない!

斉藤登さん(53)=福島県二本松市

顔の見える関係に風評被害はない! 斉藤登さん(53)=福島県二本松市

公務員を退職し就農1年で東日本大震災に遭い、ブログで被災の様子を発信した。放射能でホウレン草が出荷停止となったところ「野菜を食べて応援したいが、スーパーに並ばない」という声が寄せられ、試みに米をネットショップに載せると2時間で完売。近所の農家にも声をかけ、取り組んだ。農園のページの1日のアクセスは震災前の20件程度が4月には2000件程度に急増。1日に200万円近い売り上げの日もあった。夏からは東京への移動販売を始めた。販売ボランティアは「東京でできる被災地支援を探していた」と手伝ってくれた。今は会員制のセット野菜販売などに切り替えている。震災で多くの人々とつながることができた。応援いただける方々と共に苦境を乗り切る。

さいとう・のぼる

県職員として土木や観光などを担当。11年10月、農林水産省に「6次産業化」の認定を受けた。

農業を繋(つな)いで行くために

中屋末人さん(63)=栃木県壬生町

農業を繋(つな)いで行くために 中屋末人さん(63)=栃木県壬生町

25年前、高度成長で都市と農村が引き裂かれる状態が悔しく、両者をつなごうと夫婦で4人の子を連れて就農。有機栽培野菜の宅配に取り組んだ。10年前、双子の姉妹が農業を仕事にしたいと現れ、継続的に農業を営む仕組みを作ろうと5年後に法人化した。有機農業を通じて、11年10月には東日本大震災のチャリティーコンサートも開いた。

有機農業を通じたつながりで、ヨルダンのオリーブオイルの有機認証取得や、パレスチナでの栽培指導にも関わることになった。農業の仕事は普遍的で、どの国にも大事だ。農業は「絶滅不可産業」だと思う。人間の命を繋ぐために食料を作り続けるために、国家の対立や資本の論理ではなく、この産業を絶滅させない知恵を絞っていくべきだと思う。

なかや・すえと

長野県松本市出身。現在、5ヘクタールの土地で年間約70種類の野菜を作る。

夫と歩んだ道

坂本久美子さん(63)=群馬県桐生市

夫と歩んだ道 坂本久美子さん(63)=群馬県桐生市

埼玉県東松山市の中学の同級生だった夫の花栽培の夢に引き込まれ、結婚して73年に黒保根村(当時)で就農した。ハウスが風で飛ばされたり、長女を早産で亡くすなどの苦労があった。83年の赤城国体メーン会場の装飾が評価され、人生の転機となった。オランダの国際園芸博覧会「フロリアード92」の展示で金賞を受賞。夫が7年かけて作った私の名前と同じ西洋アジサイの品種「ミセスクミコ」が脚光を浴び、世界で評価された。

夫は07年に病気で倒れ療養しているが、もう一度育種の現場に戻してやりたいと願う。夫が倒れて次女夫婦が就農を決意し、経営をバトンタッチする日も近い。夫と農業を続けてきて本当によかった。夫と二人三脚で走り続けた自分の人生、これからも花を咲かせてゆきたい。

さかもと・くみこ

日本大学農獣医学部園芸学科で学んだ夫に誘われ移住。さかもと園芸(http://sakamotoengei.com/)役員。

春蘭(しゅんらん)の里の取り組み

多田喜一郎さん(64)=石川県能登町

春蘭(しゅんらん)の里の取り組み 多田喜一郎さん(64)=石川県能登町

16年前、限界集落と言われる地域で、民間の春蘭の里実行委員会を7人で結成した。97年に農家民宿1軒で始まった宿泊は、昨年度5600人となり40軒態勢の整備をしている。定住者も出て、諸大学の学生が出入りするようになった。地域内には加工所2カ所、直売所2カ所、廃校を利用した宿泊施設、体験施設など四季を通じて楽しめる所がある。

1年前にはイギリスBBCの番組で紹介され、世界農業遺産のスポットとして注目された。春蘭の里は住民が元気で、老後も自分たちで支え合い、若者の声があふれる魅力ある地域を目指している。よそ者、若者などさまざまな人材が集う里は、今や地域おこしの代名詞。土地オーナー、大学などの後押しで、確かな農村再生の夜明けの足音が聞こえている。

ただ・きいちろう

旧能都町と現能登町の町議を2010年まで18年余り務めた。家族は東京に住む長男も加えて4人。

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