第40回毎日農業記録賞《高校生部門》優秀賞・中央審査委員長賞


想(おも)いをつなげ!梅リレー

堀口達矢さん(16)=群馬・勢多農林2年

堀口達矢さん(16)=群馬・勢多農林2年

朝焼けに染まった空は、ウグイスの鳴き声を聴いて輝きを増し、心地良い風は私を包み込む。早起きが苦手な私も、この美しい朝の魅力に夢中となる。

梅専業農家を営む我が家の夏は忙しい。なぜなら「梅もぎ」という恒例行事が始まるからだ。梅もぎは、早朝の気温がまだ低い時が最適である。気温が上がると、果実から水分が抜けてしまったり、糖度が低下してしまったりするからだ。「梅もぎ」と聞くと、手で梅の実をもぎ取るだけの簡単な作業に思われがちだが、実際は、三脚を何度も上り下りし、樹を見上げ、手を伸ばし、実を落とさないように慎重にもぎ取らなくてはならない。常に時間を気にしながら素早く行わなくてはならない大変な作業だ。

何より、早起きが苦手な私にとっては、朝4時に叩き起こされ、意識も朦朧とする中、無理矢理立ち上がらされ、外に出るという流れが一番大変なことである。玄関を出て、三脚とコンテナを軽トラックに積み込むと、家族総出での恒例行事が始まる。始まってしまえば、大変とか眠いなどと感じる間もないまま、静かで忙しい、それでいて美しい時間が梅林に流れる。自分が機械かと錯覚する程、無心となり真剣にひたすらもぐといった感じだ。

私の家は、群馬県西部に位置する榛名地域の梅専業農家である。群馬県は、東日本一の梅の生産量を誇り、栽培面積は和歌山県に次ぎ全国第2位。その中でも我が榛名地域が県内一の栽培面積を占めている。榛名町全体で420ヘクタール、約12万本もの梅の樹があり、梅はもちろん梨やプラムなどの果樹栽培が盛んに行われている。我が家には、約1ヘクタールの梅林があり、主要品種は、白加賀が67本、紅養老24本、織姫7本など、約100本の梅の樹がある。それらの多くは、私が中学2年生の時、大半の樹の老朽化から、父と祖父の判断により新しく改植したもので現在4年目、少量ではあるが、梅の実が収穫できはじめた。永年作物である果樹には、一生のうち最も盛んに収穫できる最果期があり、梅の樹では、樹齢約10~30年といわれている。とすると、私が成人式を向える頃、いよいよ梅もぎが忙しくなりそうだ。

私の幼い頃の思い出というと、姉と梅林でかくれんぼや木登りをしたことだ。春には、梅の樹の下で花見をし、夏には、父の買ってくれた虫取り網を片手に梅林を走り回り、冬には、剪定した枝で焼き芋作りをしたりもした。いつも家族の中心には「梅」があり、私は、「梅」に特別な想いを持っていた。

堀口達矢さん(16)と父親

しかし、父は就農するまでの20脚とコンテナを軽トラックに積み込むと、家族総出での恒例行事が始まる。始まってしまえば、大変とか眠いなどと感じる間もないまま、静かで忙しい、それでいて美しい時間が梅林に流れる。自分が機械かと錯覚する程、無心となり真剣にひたすらもぐといった感じだ。

私の家は、群馬県西部に位置する榛名地域の梅専業農家である。群馬県は、東日本一の梅の生産量を誇り、栽培面積は和歌山県に次ぎ全国第2位。その中でも我が榛名地域が県内一の栽培面積を占めている。榛名町全体で420ヘクタール、約12 万本もの梅の樹があり、梅はもちろん梨やプラムなどの果樹栽培が盛んに行われている。我が家には、約1ヘクタールの梅林があ年近くサラリーマンをしていて、口癖は、「梅農家では儲からない。おまえはサラリーマンになれ」というものだった。私は、そんな父の考えに違和感を持っていた。

「勢多農林高校に入学して、梅農家を継ぎたい!」高校受験が近づいたある日、私がそう言うと、いきなりのことで両親は驚いているようだった。若いうちから梅栽培に取り組んでいけば、30 代から梅栽培を始めた父以上のことが自分にはできるはずだ。なによりも我が家の梅を、父の代では終わらせたくない。そう考え決意したのだ。

先日、学校の授業で梨の摘果をした時のことだ。ついこの前まで白い花一色だった園は、青々と葉が生い茂り、一面緑の世界に変わっていた。しかしよく見ると、これから開こうとするオレンジ色の若い葉もあり、全ての葉が展葉し完成するまでには一カ月程かかるということだった。植物は、葉が太陽を浴び光合成により生産した養分で育つ。

草を刈る堀口達矢さん

そして、先生に問いかけられ考えた。まだ葉が十分でない時期、「この小さな実はどうやってできたのだろう…」「梅の花は、全く葉のない時期に、花を咲かせる…」

落葉果樹は、結実し子孫を残した後、落葉までの間、翌年のための養分を生産し樹体内に貯える。その貯蔵養分によって、発芽、開花、幼果を成長させるのだ。その時、果樹の新たな魅力に気づいた。常に未来のことを考えながら生きる姿、永年作物の魅力である。

我が家の梅には、栽培に関わった先祖代々の命や想いが宿っているだろう。私が梅栽培を受け継ぐということは、樹を受け継ぐと同時に、先祖の命や想いも受け継ぐことになる。自分の想いを樹に託すことで、未来に残すことができる。そして樹の命、つまり先祖代々の命や想いを大切に守ろうという責任感が生まれる。先代からの熱い想いが詰まった樹に新しく自分の想いが加わり、次の世代にも、自分の想いを受け継いで欲しいと願う。そうやって果樹農家は、先代から途絶えることなく受け継がれてきたのではないだろう か。

現在、生産者のほとんどは農協へ青梅を出荷している。価格は、その日集まった梅の平均的な品質で設定されるため、生産者全体で品質を向上できれば、設定価格を上げることができる。しかし、品質にバラツキがあり、生産者がそれぞれの品質に見合った儲けを得ることが出来ていないのだ。そのため、意識が高まりにくく、品質にも影響するように思われる。地域全体で良い梅を栽培すれば、高く売れることは間違いない。

では皆が、より大きく、形・色・味の良い梅を栽培するためにはどうしたらいいのだろうと考えた。これが、私の考える我が榛名の梅の一つ目の課題である。

私の通う勢多農林高校では、120本ある梨が主力であり、4本しかない梅の樹には、これまであまり手がかけられていなかった。樹高も高く、実も小粒で生理落果が多く、病害虫被害も多く見られた。そこで、2011(平成23)年から私たち果樹班は、「ウメ樹勢回復プロジェクト」に取り組んでいる。

私は、我が家の梅の剪定作業を手伝ったことがある。梅栽培にとって剪定は最も重要な作業とされている。そのためか、私はなかなか切らせてもらえず、「何で切らせてくれないの?切るくらい俺にだってできるよ」と言うと、父は、「お前にはまだ早い。何も考えないで切ったら樹が駄目になるだけだ」と真剣な表情で言った。その言葉を聞いて、私は悔しいながらも納得し、父の切った剪定枝を運びながら、父の姿を見ていた。そのとき父は、生理落果の激しかった木に対し、多くの枝を切る強剪定を行っていた。

そのことを思い出した私は、学校の梅に思い切って強剪定をしてみることにした。とはいえ、仕上がった姿は頼りなく、切り過ぎてしまった気がして、「来年、実ができなかったらどうしよう」と、すごく不安だった。

ピースする堀口達矢さん

1学期が始まりしばらくして、遠隔地農場にある果樹園に行くと、私たちの梅は、たしかに量は少なめであったが、青々として美しい大玉の実をつけていた。枝の減少で、自然と実の量も減り、一つ一つの実が、贅沢に貯蔵養分を使えたのだと思う。枝を切ったことで、地下部の根とのバランスが崩れ、それを回復するために、地上部の栄養成長が強まり、新しい枝がたくさん発生していた。こうして私たちの梅は、がっちりとした体つきに生まれ変わりはじめた。それと同時に、光が注ぎ、風が吹きわたり、病害虫を発生させない生育環境までもが完成していたのだ。これはまさしく、私の求める良質で大玉な果実を得る最適な剪定だったのだ。

私たちの梅は、弱った樹自身が、「自分にはもうこれ以上実を育てられない」と、実を落としてサインをくれた。樹自身の体力や能力を察してあげること。樹一本一本を、愛情を持ってよく観察し、診断して管理することの大切さを、身をもって知ることができた。

さらに、ハッとしたことがある。「そうだ!我が家のあの樹は、小ぶりなものの毎年たくさんの実を成らせる」「あの樹は、大玉できれいな実を成らせる」樹一本一本に、特性やくせがあったことを、思い出したのだ。

そこで私は、我が家自慢の優良樹の子孫を増やし残したいと考え、「ウメ樹勢回復プロジェクト」を進めとるともに、さらに、個体特性の把握と優良樹の選別をテーマとした研究を始めることにした。

個体特性の把握では、収穫した果実の調査だけでなく、樹一本一本の樹勢診断と栄養状態を調査しデータ化していく。

調査事項は、第一に、最も樹勢を把握しやすい「新梢伸長調査」である。葉が完全に展開し新梢伸長が停止したら、新梢丈を測定し記録した。

第二に、冬季の芽の状態調査である。ふっくらと充実した芽が多くあるか、芽の状態と数を調査観察していく。

第三に、骨組みとなる主枝・亜主枝が極端に下垂していないか、枝が丈夫で生き生きと広がっているかなどの枝の状態を診た。

第四に、幹の形状の観察である。幹表面に凹凸が多いものは、根も貧弱で樹勢が弱い証拠である。

さらに第五として、定期的に葉緑素計で葉の葉緑素を測定し比較する。これらの調査から、優良樹と不良樹の違いや傾向を明らかにし、不良樹の改善方法を提案することを目指して、研究に取り組み始めた。

梅の瓶を持つ堀口達矢さん

そして、私の考える我が榛名の梅の二つ目の課題は、多くの生産者が、外部から苗を購入しているという現状である。苗が成木となり、その土地で良質な実を成らせるかどうかの判別には10年近くかかり、結果不良とわかったときにはもう後戻りできない。また、外部で改良された苗は、いくら遺伝的にすばらしいものであっても、それが榛名地域に適していなければ意味がなく、確実に良質な実を得る手段とはいえない。しかし、地域の優良樹由来の苗なら、その土地で確実に良質な実を成らせるはずだ。

私は、我が榛名地域が誇る歴代の優良樹の子孫を、苗木として残し、地域に普及させていきたい。そして、榛名地域全ての梅林を、優良樹の苗木に更新し、力強く生き生きとした、梅の木と生産者であふれる榛名地域にしていく。私の話を一人でも多くの人に耳を傾けてもらえるよう、自分自身が梅農家としての高い意識とプライドを持ち、新しいことにチャレンジしていきたい。そのために、高校卒業後は、苗木生産技術と個体特性に応じた剪定方法を学ぶため大学に進学しようと考えている。さらに、榛名地域以外の生産地の情報収集や研修を重ね、自分の知識を高め学び得た知識を活用し、地域に還元したい。

「梅農家では儲からない」と言った父…

「地域のための苗木生産と、個体特性に応じた剪定方法を確立させ、身近な人から、地域全体を巻き込んで意識改革を起こしたい」。それが、私の夢であり、私の代に課せられた使命だ。

ほりぐち・たつや

両親らと5人暮らし。昨冬はフィリピンでの農業研修に参加した。

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