第41回毎日農業記録賞《一般部門》最優秀賞・新規就農大賞


たくさんの出会いとともに歩む私の農業

高 博子さん(43)=石川県七尾市

たくさんの出会いとともに歩む私の農業 高 博子さん(43)=石川県七尾市

夫「農業をしたい」 「やるべきだ」と私

私は鹿児島出身で家は非農家です。

大学から福岡にでて、偶然趣味のバドミントンを通じて夫と知り合いました。結婚する前、夫から「農業をしたい」と相談され、私も「是非やるべきだ」と勧めたことが、私の農家人生のスタートになりました。

親や親せきの反対もありましたが、やると決めたことを覆すのが嫌いだったので、とにかく農業で大成すると決め、何処に研修に行く時間もなく、結婚式を挙げてすぐに就農しました。

私たちが就農した能登島は能登半島と富山湾に浮かぶ1周約70キロメートルの海と山に囲まれた自然豊かな土地です。富山県で有機農業をしている知人が能登島にも畑を持っていて、島の話を聞いたのが移り住んだきっかけです。でも実は能登島どころか石川県にすら一度も来たことがなく、友人、知人も全くいない土地でした。そこで、とにかく地域の方と知り合いたくて、積極的にいろいろな活動に参加しました。

地域内の役も、依頼があれば勉強になると思い、できる限り引き受けました。資格や認証なども自己啓発と思い、必要だと思ったものは時間のある限り取るようにし、研修会や経営に役立つ勉強会などにも参加しました。

当初は約2ヘクタールの遊休農地を地元の役場の方に紹介してもらい、農家生活がスタートしました。私たちが実践しているのは「土づくり」を基本とした、ミネラル豊富な能登島の赤土を生かした独自の農法です。

農薬をやらないことはもちろんのこと、草も全て畑にすき込みます。「土」が良ければ野菜も元気に育ってくれる、それがわかるのは何年か後でしたが……。

農業を続けていくうちに地元の方から少しずつ認めてもらい、耕作面積も増え、現在では耕作放棄地を含めて20ヘクタールの畑を耕作しています。

野菜の種類も当初の5種類からお客様のニーズの多様化により品目が増加。要望に応え続けた結果、現在は約300種類にまで増えています。

当初は県内のスーパーマーケットに卸したりするなど相対取引が主力でした。転機は、食育活動の一環で三國清三シェフという著名な方と出会い、「普通の野菜しかないの?」と聞かれたことでした。どのような野菜が良いのか尋ねると、西洋野菜など色とりどりのさまざまな野菜を教えてくださいました。

多くのシェフ通じ栽培品目も増える

三國シェフとの出会いから首都圏への販売に少しずつ興味をもったころ、石川県が新幹線の開業プログラムを見込んで開催する県産食材求評懇談会というイベントに、「出店してみないか」と声をかけていただきました。

これが初めて東京へ商談に行ったイベントでした。2006(平成18)年から現在まで12回開催され、全て出店させていただいております。

そこで待っていたのは、都内の有名レストランのあこがれのシェフばかり。ミシュランの星付きレストランの方もいらっしゃいました。

畑にも視察に来ていただき、何を話せばいいのかわからないまま私たちが伝えたのは、自分たちがしているありのままの野菜の育て方や土づくりでした。そんな出会いから野菜を気にいっていただき、お付き合いが始まりました。

06年に始まったイベントで出会ったシェフの方々とは、その後もほとんどつながっており、今では毎年、畑の視察にシェフの方や得意先の方が年間300名ほどいらっしゃいます。畑を見ると、料理をする時のお皿のイメージがより一層わくそうです。シェフの方々には独立した後輩方を紹介していただいたり、口コミでうちの野菜を広めていただいたりして、より一層お客様が広がっています。

「お客様のニーズに合わせる」という自分たちの農業のスタイル、スタンスは就農当初から変わっていません。でもいろいろなシェフとの出会いを重ねたことが、栽培品目の増加につながっていったのです。

農業を始めたころは、畑で間引きをしたり、スーパーの規格に合わないため出荷できず、畑に置き去りになった野菜を見たりすると、「育てた野菜を全て食べてほしい」と思っていました。そのうち、お店に食べに行ったりシェフの方に話を聞いたりする中で、いろいろとアイデアがわいてきました。

一つは、野菜の規格ごとに売り分けをすることでした。やってみると、間引きした野菜から規格外のものまで、ほとんど売れることがわかりました。そこからお客様の注文が増えていきました。

「一軒でいろいろな野菜が揃う、八百屋さんのような農家だね」

お客様にこう言ってもらえるようになりました。自分たちで全て育てているから、野菜のことも育て方も食べ方も全て説明できる。そこが私たちの強みです。

さらに、毎年同じことをやっていてもいつか飽きるだろうと思い、提案型の営業の取り組みも始めました。その中で取り入れたのがエディブルフラワーやハーブの栽培です。お客様のため、常に何か新しい提案を考え続けたい、そう思っています。

能登にはとてもいい言葉があります。

「能登はやさしや土までも」

この言葉を聞くと、なんとなくホッとするような感じがします。

12年、先進国で初、そして日本でも初の世界農業遺産GIAHS(ジアス)に能登が認定されました。能登は、特有の伝統産業や農村文化が保全され、現在も維持されている地域です。人も地域も素晴らしいところです。野菜を含め酒、魚や塩など、良い食材の宝庫です。それも含めてこれからもPRできたらと思っています。

今では年に多数回、東京のレストランのシェフによる、石川県の生産者の食材を使ったコラボイベントを開催していただいております。

失敗を恐れないで学ぶことが強みに

振り返ってみると、就農当初は技術もなく、農業経験もありませんでしたから、農業経営だけでは暮らしが成り立ちませんでした。主人は朝2時に起きる漁師のアルバイトを4年間続け、帰ってから畑の仕事をしました。冬は併せて郵便局の請負アルバイト、私も冬の郵便局の仕分けのアルバイトを10年ほど続けるなど、週に1000円でやりくりする生活をしばらく続けました。

どんなに苦しくても3年間は最低続けよう、次は5年、その次は10年と乗り越えていくうちに、13年があっという間にたちました。

農業をしていて良かったのは、野菜と魚に困らなかったことです。お米もご近所の方がたまにくださったりして、たくさんの方に支えていただきました。本当に感謝しています。

農業だけで生計が成り立つようになってからは、雨の日も雪の日もほぼ一年中休まず、お客様の要望がある限り出荷しています。

とにかく失敗を恐れない、失敗から学ぶことがうちの強みであり戦略であると思います。良いと思ったことはやる、駄目なら考える。自分に限界を作らず、なぜできないかを考える。その繰り返しで、今まで来ました。

そんな私たち夫婦は、就農する時から仕事も家事も、ほとんどどのような仕事であっても互いに共有し合い、どちらでもできるような体制にしています。

機械の操作、メンテナンス、家事全般、特にお客様の対応は情報を共有し、どちらに尋ねられても答えられるようにしています。

毎日仕事をしながら、野菜作りからお客様のことまで、こと細かに相談しながらやっています。私ひとりでは農業をやることはできなかったと思います。偶然の出会いとはいえ、主人に出会えて一緒に農業をすることができ、心から良かったと思っています。これからもずっと思いやりをもって一緒にやっていきたいです。

仕事も家事も共有 1+1=無限大に

1+1は無限大。そう考えている方も多いでしょうが、私は本当にそう思っています。今は「高農園」として社員もおり、そうしたスタッフの助けも得ていろいろな可能性を追求しています。

最後に、農業は私にとって天職だと思っています。農業って、素晴らしい自然を通じてこんなにもたくさんの出会いと感動を与えてくれる、素晴らしい仕事です。

地域の一員として、農業を通じて地域の良さを発信するだけでなく、能登を「レストラン系野菜」の一大産地にしたい。それが私の今の目標です。

たか・ひろこ

鹿児島市生まれ。大学を卒業後、会社員などを経てバドミントンを通じて知り合った利充さん(41)と結婚。家族は夫婦と「新鮮野菜が大好物」というミニチュアダックスの愛犬アッシュ(オス、8歳)。

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