第42回毎日農業記録賞《一般部門》 優秀賞
千年の村の庭づくり
佐々木利子さん(58)=秋田県にかほ市
鳥海山麓の「千年の村」でガーデンカフェ「Time(タイム)」を営む。カフェを開くきっかけは、自分と同様に花と料理が好きだった妹との約束だった。2001~03年、最愛と父と母、そして妹を相次ぎ亡くし悲嘆にくれるなか、妹との約束を果たし、重労働の開墾作業をこなしてカフェを開園させた。欧州の農家民宿などを視察して環境整備に努め、丹精込めて作り上げた庭は、全国コンテストでグランプリに輝き、全国からファンが訪れる著名な存在となった。
ささき・としこ
1956年生まれ。高校卒業後、会社勤めを続けながら夫(58)との間に2女を育てる。2004年、自家製野菜中心のランチなどを供するガーデンカフェ「Time(タイム)」をオープン。鳥海山の噴石などを利用し、300種を超える季節の花々が咲き乱れる庭園は09年、全国ガーデニングコンテストで最優秀にあたる「ゴールドメダル」を獲得した。
日本の四季とからむしに出会う
水野江梨さん(37)=福島県昭和村
名古屋市近郊から奥会津に位置する福島県昭和村に移り住み、イラクサ科の植物で織物の原料となる「からむし」に出会った。四季の変化に富んだ奥会津の地でからむしを育て、茎の皮から繊維を取り出し、機織りで布にするまでの作業を学んでいる。農作業に始まり、品物に仕上げるまでの行程は地道な手作業の連続だが、技術を守り続けてきた地域の「姉さま」たちの思いに触れ、里山に息づくたくさんの輝き、素晴らしさに気がついた。
みずの・えり
愛知県清須市生まれ。子供の頃から工作が好きで、2011年の秋、知人から福島県昭和村が「からむし織体験生」を募集していることを知らされ応募。合格して移り住んだ。縁もゆかりもない土地だったが、村の住民の温かい人柄に支えられ、今では「ふらりとお茶を飲みに行ける家が何戸もできた」と振り返る。
農業の楽しさ
小辻孝輔さん(30)=茨城県つくば市
長崎出身で、筑波大学で考古学を学んだ。卒業後「一人で何かをしたい」と将来を模索しているとき、イチゴ栽培を営む先輩から、休耕地になりかけた農園の立て直しを持ちかけられた。迷いはあったが、農作業の手伝い先で知り合った、あるおじいさんの言葉から「自分の人生より長いスパンでものを見られる」農業の可能性に気づき、就農を決意。イチゴ狩りの農園経営に乗り出した。想像力豊かな農業の仕事の楽しさを伝えていきたい。
こつじ・こうすけ
1983年、長崎県佐世保市生まれ。筑波大で考古学を専攻。会社勤務を経て、2008年から「つくばねファーム」を営む。インターネットを通じて知り合った優季さん(31)と結婚し、14年1月に長男・民君が誕生。農業仲間とヤギのチーズ作りにも乗り出している。
二人(とも)に築いた我が家の農業
吉野茂子さん(59)=千葉県勝浦市
宮崎県の専業農家の次女として生まれた。専門学校で知り合った夫と結婚し、千葉県勝浦市で就農した。当初は生活費を賄うのも難しかったが、夫婦で夢中で働き、地域の信頼を得て耕作請負面積を広げていった。2010年、夫が突然の病気で他界し窮地に陥ったが、近所の人々や、宮崎の実家の助けで乗り切り、息子も就農して後を継いでくれた。たくさんの人に感謝して農業に励みたい。夫にはこれからも見守っていてほしい。
よしの・しげこ
1955年、宮崎県延岡市の農家の次女として生まれる。82年、茨城県の農業系専門学校で知り合った英昭さんと結婚し勝浦へ。夫の実家の1ヘクタールで稲作 を始め、耕作依頼を受けるうち23ヘクタールに拡大した。 2012年、英昭さんが58歳で急死。現在は長男御木さん(27)と農業を続けている。
開墾から始まった自分の居場所づくり
長田容子さん(31)=山梨県上野原市
親の転勤で引っ越しを繰り返し、「自らの拠点となる田舎がない」と感じていた。そして古民家に住んで農的な暮らしをする生活に憧れた。上野原市で古民家に暮らす同年代女性と知り合い、移住を決行。地域の人々を交えたさまざまなイベントを企画し、交流を深めつつ、地域の活性化を図る取り組みを実践した。そして25歳差の地元の大工さんと結婚。2児の母となった今も、この地に集う人が一緒になれるような空間づくりに尽力している。
おさだ・ようこ
北海道出身。学生時代は都内の新聞社や広告デザイン会社でアルバイトをしながら勉強していた。2007年11月に山梨県上野原市に移住、地域活性化や農村と都市との交流につながるイベントなどを多数企画する。現在は1男1女の母。
『女性から若い世代へ…農業の魅力を』=もんぺおばさんからの発信=
中井あけみさん(65)=滋賀県栗東市
結婚当初は鉄工所を経営する夫の仕事を手伝っていたが、夫が集落の農業組合長に就任したのを機に、本格的に農家として歩み出した。田舎のおばさんの良い面を継承し、体現する願いを「もんぺおばさん」の言葉に託し、地域の仲間とともに朝市や田植え体験、そば栽培にそば打ち体験、伝統食のフナずし作り、農業大学校生の研修受け入れなど多彩な活動を実践している。今年7月には市の農業委員を拝命した。地域農業のためにさらに頑張りたい。
なかい・あけみ
1949年、滋賀県栗東市生まれ。24歳で結婚後、夫の牧造さん(66)が家業の農業を継ぐ。自宅に「もんぺおばさん田舎工房」を構え、牧造さんが手作りした石窯で天然酵母のパンを焼いたり、所有する田んぼで農業体験をしてもらったりと多忙な日々を送る。
夢を追いかけて
住田富美子さん(65)=島根県大田市
小規模酪農家の夫と出会って嫁いだが、自分は農家生まれではなかったので、最初は近寄る牛すら怖かった。経営規模の拡大を目指し、国営農地開発地に大きな借金を背負って入植。夫婦で無我夢中で働いて借金を完済、経営を安定させた。義父母のもとから中学に通った長男、次男も親の後を継いで、酪農の道に入った。今は酪農経営の傍ら、農業女性のネットワーク化の取り組みや牛乳の消費拡大運動などにも積極的に参加。活躍の場を広げている。
すみだ・ふみこ
1949年生まれ。酪農家に嫁いだのを機に、搾乳などを一から学んだ。保育士としても働き、3人の子供を授かった。30年前に家族で始めた「中山農場」は、今では200頭の乳牛を飼育するまでに。県内の酪農家に呼びかけ、女性のネットワーク「みるくクイーン」のリーダーとしても活躍している。
田舎の地域から、1000年つながる農業と食を育てる。
海島未来さん(32)=高知県香南市
東京に生まれ育ち農業とは無縁だったが、今は食と農、環境にかかわる生き方をしている。転機は沖縄の離島に移住したことで、自然豊かな地で暮らしていても、作物の生産は経済の論理と無縁ではなく、さまざまな不自然がつきまとう現実を知った。その後高知県の里山に移り住み、ミカン山を運営する団体の代表になった。栽培も販売も経験がないままの挑戦だったが、多くの支援者の励ましを力に、毎日をミカン山で過ごしている。
うみしま・みく
1982年、東京都出身。NPO法人「しあわせみかん山」代表。高校卒業後から全国を旅して回る。人の温かさと山の暮らしに魅力を感じ、2008年に高知に移住。12年春から世話人の途絶えた同県香南市のミカン山を継ぎ、ミカンの自然栽培に取り組む。
『出会い』に恵まれた人生
楠田耕三さん(45)=長崎県南島原市
島原半島の小集落の養蚕農家に生まれ育ったが、小さいころは家の手伝い、農作業が嫌でたまらなかった。高校卒業後に勤めた会社も2年で辞めてしまったが、伯父の指示でイチゴ栽培を始めた。徒手空拳だったが、経営規模を徐々に拡大させ、軌道に乗せることができた。その後、農林業体験を通じて交流人口の拡大を目指すNPO法人の設立にも参画。障害を抱える次女に深い愛情を寄せつつ、都会の子供らを受け入れる農林業体験民泊の取り組みに情熱を燃やしている。民宿の屋号には、次女ひかりさんの名を取った。
くすだ・こうぞう
1969年生まれ。23歳でイチゴ農家を始める。10アールで始めたハウスを42アールまで拡大。海抜315メートルにハウスを持つ自称「おやまの苺(いちご)やさん」。1男2女の父。2012年から自宅を農業体験宿泊受け入れの民泊施設にして、中学1年生の次女ひかりさんの名前をつけた。
『ほのぼの茶屋』本日も開店します。
窪田エツ子さん(62)=大分県中津市
大分県耶馬渓町の実家は、四方を山に囲まれ、自然のなかで自給自足の暮らしをしていた。その暮らしに寄せる強い郷愁と母を誇りに思う気持ちが、郷土料理保存の取り組みにつながった。直販所に出すまんじゅうを作るための加工場を整備。そして隣地を改装して、田舎料理を提供するお昼の定食屋「ほのぼの茶屋」をオープン。郷土料理の本も自費出版した。自分なりの方法で母から受け継いだ技術を次世代につなげていこうと、日々挑戦している。
くぼた・えつこ
1952年生まれ。高校を卒業して地元の銀行に務めた後、21歳で近所の酒屋の後継ぎと結婚した。だが、店はコンビニエンスストアに押され、売り上げが落ち始めた。そのころ店頭に並べたエツ子さんの手作りおにぎりが飛ぶように売れたという。このアイデアが「ほのぼの茶屋」に結び付いた。